Bパート

思い出仕舞い込んで

「……ん? かばんの“ふぃぎゅあ”はどこにあるんだ?」

「ボクのだけ……ありませんね」


 “ふぃぎゅあ”を使って遊ぶ中で、何の気なしにヘラジカさんが言った一言――それはツチノコさんが“かぷせるとい”を回している間に、ボクも薄々気づいていたことでした。


「……このパークは元々ヒトの為に作られたものなのです。だから――」


 博士が言わんとしていること、きっと気づいていて触れずにいてくれたフレンズもいたのだと思います。


『無事セルリアンを倒せた&かばん何の動物か分かっておめでとうの会』


 ステージの上でも発表したように、ボクは……ヒトでした。ヒトのフレンズでした。……ヒト。それがどんな動物なのか、どこを縄張りにしているのか分からないけど――それでも、他のみんなとは少し違うかなって気はしてたんです。


 ラッキーさんボクにだけ話しかけてくれた理由。あの時言っていた言葉。


『オ客様ノ安全ヲ守ルノガ、パークガイドロボットノ、ボクノ勤メデス』


 ――お客様。


 ボクの居場所がパークの外側にあるような、そんな寂しさをふと感じて。その時は『ボクはお客様じゃないよ』と返して、ラッキーさんも分かってくれたけど……。それは分かってくれたラッキーさんが特別で、パークの他の部分ではそうじゃない。


 ボクも動物のはずなのに。そんなつもりじゃないのに。

 どうしてボクは、こんなにもみんなと違うんだろう。


「――っ」

「かばんちゃん!? どこに行くの!?」


 ボクが発表した時、みんなは純粋に喜んでくれたけど――ヒトがどんな動物なのか分からない事が。分からないことが、分かっていくことが、だんだんと怖くなって。……ボクは気が付いたら走り出していたのでした。




 日もすっかり落ちて、『ゆうえんち』も夕陽の色に染まっていて。


 ――どれだけの時間、一人でいたんだろう。途中で見つけた椅子に座って、頭の中もこんがらがったままで。ただぼんやりと海に出たときのことを考えていたけれど、それも突然、背中にかかった重さに中断されてしまう。 


「うみゃっ! 捕まえた!」

「わわっわわわわわわ!」


 突然、がしっと首に腕を回され、思わず飛び出してしまった口癖を――途中で飲み込みこんで、そっと振り返ります。


「た、食べないで……食べないよね」

「食べないよ!」


 大丈夫、本気で食べられるなんて思っていないよ。それは幾度となく二人で繰り返したやりとりで。サーバルちゃんも笑って返してくれた。


「ここにいたのか、かばん!」

「みんな……」


 橙色に染まった地面を這うように、こちらに伸びている沢山の影。


「どうしてここに――」


 ……って、サーバルちゃんは耳がいいんだっけ。

 ううん、耳だけじゃなくて鼻も、爪も、ジャンプ力も。


「まったく、あなたは分かっているのでしょうか」

「あの時――サーバルほどじゃないにしても、我々も怖かったのですよ」


「…………?」

「黒いセルリアンをーみんなで撃退したときのことさー」


 一ヶ月前の、みんなでパークの危機を救った夜のこと。

 自分でも、あれは無茶をしちゃったなと思う。


「……凄く大きかったですもんね。ボクも足が震えちゃいました」


 でも……。どうしてもサーバルちゃんを助けないとと思ったら――自然に体が動いてしまったんだもの。早く走れなかったボクでも、うまく泳げないボクでも、空も飛べないボクでも。それでも、どうにかしなきゃって――


「違うのだ! かばんさんがセルリアンに食べられてしまったことなのだ……かばんさんがいなくなってしまうと思ったのだ!」

「アライさん……」


 いつもは少し怒ったような目つきのアライさんだけれど、今は少し悲しそうで。それでも真っ直ぐに言ってくれたおかげで、みんなが言っていることの意味がはっきりと分かりました。


「フレンズがセルリアンに取り込まれても、サンドスターの力を奪われるだけで死にはしないわ。最悪、記憶を失ってしまうだけ。……でもね、友達に自分の事を忘れられるというのは、とても悲しいことなの。貴方の記憶が無くなってしまったとき、貴方がいなくなったとき。一番悲しい思いをするのは他でもない、貴方と仲良くしていたフレンズなのよ?」


 カバさんがゆっくりとボクとサーバルちゃんの目の前まで来て。そっとボクの手を取り、真剣な目つきでこちらを真っ直ぐに見据えて。


「初めて会ったとき、私が言ったこと覚えているかしら」


 あなた何にもできないのね――じゃなくて。


「自分の力で生きていくのが、ジャパリパークの掟……」


 サーバルちゃんに出会って、『じゃんぐるちほー』に向かう途中で。右も左も分かっていないボクがかけられたのは、そんな厳しい忠告でした。それでも、ゲートを越える時に二人が助けてくれたことはちゃんと覚えています。


「……えぇ。ただ、誰かと仲良くなることだって、もちろん悪い事ではないの。お互いが助け合って生きているフレンズもたくさんいますわ。……だけれど、相手に甘えすぎてしまう、頼りすぎてしまうのはとても危ないことですのよ」


 これも初めて会ったときに言われたこと。『サーバルにばかり頼ってちゃだめよ』と、確かにカバさんはそう言っていました。


「助け合いながらでも、まずは自分の事は自分でできるように。でないと、頼っていた存在が急にいなくなると――そこから先、とても厳しい生活を送らざるを得なくなってしまうから」


 後ろで聞いていたみんなの中で――キタキツネさんが、そばにいるギンギツネさんの服の裾をギュッと掴むのが見えました。


「……でも、あなたももう一人で生きていける、立派なパークの一員よ。それなら、私からできる助言は一つだけ――」


 そこでカバさんは一旦言葉を区切ります。大きく息を吸って、もう一度口を開いた時には、その目はまた、優しい色をしていました。


「――本当に辛い時は誰かを頼ったっていいの。自分がいなくなったら悲しむ仲間がいると分かってるなら猶更ですわ」


『前に心配で追いかけてしまったことがあったかしらね』と笑いながら、カバさんは続けます。


「一人じゃどうにもならない事があったとき、手遅れになる前に助けを求めてくれた方が、ずっと安心できるのよ。誰だって、なにかあってから後悔したくはないの」

「…………はい」


 ボクたちがみんなと出会ったそれぞれの場所から、みんなが駆けつけてくれたことを後でサーバルちゃんや他のみんなから聞きました。特に博士さんたちは、地図が読めなかったり暗い所がよく見えないフレンズさんを連れてくるのに、あちこち飛び回ってくれていたことも。


 ……みんなをそれだけ心配させてしまったことに、少し落ち込んでしまいます。そんな時、カバさんと替わるように前に出てきたのは、博士さんと助手さんでした。


「……仕方ないですね。我々が元気づけてやるのです」


 二人はボクの目の前に、何かを差し出します。

 それは小さな、小さな白と茶色の――


「我々ほどではないにしても、お前も賢いので忘れないと思うのですが」

「できればこの人形を見る度に、我々のことを思い出して欲しいのです」


 それは博士たち二人の“ふぃぎゅあ”でした。


「安心していいのです。ツチノコが回し過ぎて、みんな二つは持ってるですから」


 一緒にいたみんなも、次々と自分の“ふぃぎゅあ”を手渡しでくれます。それはもう、持ちきれないぐらいに。


「……ほらよ」


 そして、最後はツチノコさんの――あれだけ粘ってようやく獲得した幻の、正真正銘たった一つだけの“ふぃぎゅあ”でした。


 ……そんな大切なものをボクに?


「あの、いいんですか……?」

「あ゛ぁ゛? オレがこんなもの持ってたって仕方ないだろうが!」


「でも……」

「視界に入る場所に置いときたくないんだよ! 黙って持って行け!」


 ツチノコさんの言葉は、口調こそ厳しいものだったけれど――ボクにはそれが、とても温もりの籠ったものに聞こえました。


 無理やりにボクに“ふぃぎゅあ”を押し付けるようにして、『フンッ』と鼻を鳴らしながら向こうへと言ってしまうその背中が、しっぽが、ぶんぶんと左右に揺れていて。そんなツチノコさんの様子に、思わずクスリと笑ってしまって。


 ……そうですよね、こんなところで仲間外れだなんて、寂しいですよね。


「……みんな、ありがとうございます」


 そうしてボクは、みんなから受け取った“ふぃぎゅあ”を――たくさんの思い出と共にかばんに仕舞い込みます。


 かばん――サーバルちゃんに付けてもらった素敵な名前。

 やっと見つけた、ボクの得意なこと。かばんを持ったボクだからできること。


 ようやく全部詰め終えて。ずっしりと重たくなったかばんを背負い直して。

 そこでようやく、みんなに何かお返しをしないと、と思ったのでした。


「ボクもみんなに何か残してあげられればいいんですけど……」


「……? 何を言っているのかしら?」

「お前はもう、数えきれないぐらいのものを、私たちに与えてくれただろうに」


 みんなが口々に教えてくれる。ボクとみんなが出会ったときのことを。

 パーク中を旅してきたボクたちが作ってきた、様々なことを。


 川を泳いで渡れないフレンズたちの為の橋を。

 みんなに喜んでもらえる、綺麗な歌い方を。

 カフェがあることを知らせるためのマークを。

 木で作られた立派な家を。

 怪我もしない、楽しく競える遊び方を。

 舌がしびれるほど美味しい料理を。


「私も“かみひこうき”の飛ばし方、教えてもらったよ!」


 そう言ってサーバルちゃんは、正面から抱きついてきてギュッとしてくる。ボクがセルリアンに食べられて助けてもらってから、新しく覚えた愛情表現でした。


「ボクも……サーバルちゃんに教えてもらったこと、たくさんあるよ」


 ボクもお返しにギュッとして。二人で歩いてきた、長い旅の思い出を振り返る。食べ物の探し方も、夜寝る場所の探し方も、上手な木の登り方も。パークで一人で生きていくためのいろんなことを、サーバルちゃんに教えてもらった。


 ……もうすぐまで迫っている別れの時に。ボクは一人でも頑張れるよって。

 安心させてあげるためにも、ちゃんと見せてあげるね。




 そして日ノ出港で別れの挨拶をして――バスの中に一人。

 ……正確に言えば、ラッキーさんも一緒だけれど。


 みんなが見守ってくれるような気もするけど、やっぱり少し心細い。


「新しいエリアのフレンズも仲良くしてくれるかな……」


 手の中でキラリと光る、金ぴかのサーバルちゃん。――キョウシュウエリアでみんなと仲良くなれたのだって、サーバルちゃんがいてくれたからこそだったんじゃないかな。


 バスをどこかにぶつけちゃったり、夜に食べ物をこっそり食べていたり。時々変なことをして驚かせることもあるけれど……。暗くなっていくジャングルの中で、ひっそりと後を追ってきてくれた時――びっくりした以上に、とても嬉しかった。不安を全部なくしてくれるような、そんな不思議な力が、サーバルちゃんにあったような気がするんです。


『デデデ、電池……バスノ電池ガ……』

「ここで!?」


 どうしよう。目的地に着く前に困ったことになっちゃった。ボクじゃバスを引っ張って泳ぐことなんてできないし。カバさんの言っていたように、誰かを頼るにしても、こんな海の上じゃ誰もいないし……どうしよう……。


「――わ、やばいや。こっちも止まらなきゃ、ストップ! ストッープ!」


 ――え? この声って? そう思ったのも束の間、ドシンと重たい物同士がぶつかる振動が音といっしょに響いて。誰が来たのかなんて、確認するまでもなくって――


「わぁ、サーバルちゃん! みんな!」

「えへへ……やっぱり、もうちょっとついていこっかなーって!」


 そう言って笑うサーバルちゃん。ボクにはその笑顔が――これから待っているであろう未来が、金ぴかの人形に負けず劣らず、輝いて見えたのでした。

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12.x話「かぷせる」 Win-CL @Win-CL

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