トワイライト症候群

 初めて読んだ時から、心を捉えて離さなかった。思い出したように読み返しては、幽世との狭間の放課後に浸り直していた。
 あの頃――つまり、“校舎”で日々を送っていた頃、放課後というのはどこか不気味な存在だった。不気味で、それでいて居心地が良くて、その日の己の気分によっていくらでも表情を変えた。「この瞬間が永遠であったらいいのに」「この瞬間はいつか終わる、永遠なんてない」――諦観じみた陶酔を、若き日の自分は懐いていた。
 この作品を語るのに、個人の回想なんて必要としないことは重々承知の上なのだけれど、過ぎ去った瞬間を思い出させてくれるような、ふいにあの頃の匂いを嗅ぐような、その場に立っているような、そんな気分にさせてくれる作品は、それだけで素晴らしい価値を持っていると思う。この作品には間違いなくそれがあり、軽妙な文体、引用によってもたらされる奥行きと謎、それら自体が、放課後の学舎の陰のように、こちらを誘う手を伸ばしている。
 きっといつかの放課後に、私の高校にも“犬”が彷徨っていた。思春期の感情が、愛や憎が、後悔や憧憬なんかが、長い年月をかけ、さながら怨念のように堆積するあの場所は、一種の異界であるのかもしれません。今や“放課後”は消え失せ、夕焼けも見なくなって久しいけれど、心の中に居座ったままの学舎は、私に時折夢を見せます。
 その夢は、愛おしくて憎らしい。この作品を読み返した夜は、夢枕でまた、校舎を歩けるような気がします。素敵な作品をありがとう。