タイリクオオカミは動かない

秋田川緑

見てはいけない穴

「先生! 先生が漫画を書くのに一番大事なことって何ですか?」

「そうだね。それはリアリティだと思うよ。描くことに嘘が無い事さ」


 私はタイリクオオカミ。

 漫画家だ。

 ロッジで仕事をしながら、いつも怖い話をして宿泊客を怖がらせている。


「リ、リアリティ……ですか?」

「そう。例えばアミメキリンの今の表情。半信半疑と言った顔をしているね? こう言う表情を見ることで、私は作品に落とし込むことが出来るんだ。嘘がないことは大切だよ」

「は、はぁ」


 実際、リアリティは大切だ。

 今の顔も、実にリアリティがある。

 今も言ったばかりだが、こう言ったフレンズのいろんな表情を見ることで、私はそれを表現するモチーフを得ることが出来るのだ。

 いい表情かお、いただきました。


「で、でも先生、いつも嘘つくじゃないですか?」


 うん? 心外だね。とても。

 説明が遅れたけれど、私が今話しているのはアミメキリン。

 ロッジで探偵をしているフレンズで、私の漫画のファンだ。

 しかし嘘つきか。

 そう言えば、この子には言っていなかった気がする。


「君は私をなんだと思っているのかな? 私は嘘なんかついたことないよ」

「え?」


 これは一度話をしておかなければならないと思う。

 私の漫画のファンとして、何よりも、ジャパリパークに住む仲間として。


「かばんとサーバルと一緒に話をしたのを覚えているかい? あの時にしたセルリアンの話は、全部本当だよ。高速で移動するセルリアンも、フレンズそっくりのセルリアンもいた。今は平和だけれど、このロッジには本当に夢に出てくるセルリアンもいたんだ。私がギロギロで描いたり、話をするのは、実際にった時に困らないように。対策を取れるようにするための注意喚起という意味もあるんだよ」


 アミメキリンは口をあんぐりと開けている。

 うん。やっぱり信じていないかな?


「良いかい? わたしの『ギロギロ』に出てくるセルリアンも、私がロッジで話すセルリアンも、かつてジャパリパークに本当にいたセルリアンばかりなんだよ。からね。リアリティがあるだろ?」

「で、でも。その」


 アミメキリンは困惑している。

 うん、いい表情かおだね。いただき。


「じゃあ、とっておきの話をしてあげるよ。これは、私が今までで一番、恐ろしいと思った時の話さ」


 ――――


 ――話はかなり昔にさかのぼる。

 私が、漫画の取材、要するにネタ探しのためにパークを探検していた時のことだった。

 あれは、確かしんりんちほーだっただろうか。

 鬱蒼と生い茂る木々の中に、一つの小屋があったんだ。


 そこは立派に成長した大木が入り組んでいてね。

 図書館からもかなり離れていたから、多分、博士と助手も来たことが無い場所だったのだと思う。

 小屋というのはこのロッジのとても小さい奴で、木で出来た建物だ。

 とにかく、小さな小屋だったんだ。

 フレンズが一人で暮らしていくにも、すこしだけ狭いと思う。

 入るだけで一杯になるような、そんな感じさ。


 正直、無視しても良かった。

 でも、気になったんだ。

 小屋の中から嗅いだ事の無い匂いがしていたからね。

 私達オオカミは鼻が良いから、中が気になって仕方がなかったんだ。


 ところでその小屋には入り口が無い。

 不思議に思ったよ。

 代わりに、小屋の中が覗ける様な、小さな穴が一つ、壁に空いていてね。

 私はその小屋の周りをぐるぐる回ったのだけれど、やっぱり入り口は無いし、その穴から中を覗くことにしたんだ。


 中は暗かった。

 でも、ぼんやりとは見えた。

 怪我をして動けなくなっているフレンズらしき人影だ。

 ぎりぎり輪郭が分かると言ったレベルだったけれど、少なくともその時はそう見えた。

 酷く、ぐったりとしている様子でね。

 私は思わず声をかけたよ。


「そこにいるのは誰? 大丈夫?」


 すると、小屋の中から声が聞こえるんだ。

 苦しい、痛い。たすけて、って。


「分かった! 待っててくれ! 今、助けるから!」


 私は入り口を必死に探したよ。

 そしたら、隠し扉って言うのかな。

 かがんで、やっと入れるような扉を見つけたんだ。


 すぐさま、私は中に入ろうと顔を突っ込んだよ。

 ところがその瞬間、私は腕を掴まれて中に引きずり込まれた。


 中には何がいたと思う?


「ッ!?」


 この時、私は思わず情けない声を出してしまった。


「こ、こいつ!? この小屋は!?」


 そう、中にいたのは一つの目玉をギョロリと動かす怪物。

 ぐったりしていたフレンズに見えたのは、セルリアンだったのさ。

 顔には一つの目しかなかったけれど、そいつは笑った。

 確かに笑ったように見えたんだ。

 私は掴まれていた腕を引き剥がすと、一気に野生を解放して中で爪を振り回した。

 小屋の中は狭いからね。

 自分のサンドスターの光で、すごく眩しかったのを覚えているよ。


「ウアアアアアア!」

「グオオオオオオオオ!」


 必死だったけれど、爪には手ごたえはあった。

 石を砕いたと言う、手ごたえが。

 私は元来た隠し扉を通り、外に抜け出す。

 生きた心地がしなくて、すぐにその小屋から離れたよ。

 でも、小屋の中からはさっきの声が聞こえて来る。


 苦しい。痛い。おなかが空いた。助けて。


 一つ覚えのように、その言葉は繰り返し発せられていた。

 多分、それしか話せないのだろうし、もしかすると私達には声――言葉を話しているように聞こえるだけで、それが奴の鳴き声なんじゃないかと言う気さえした。

 そして、次第にその声は小さくなり、聞こえなくなったと思った瞬間。


 壁面が割れて、小屋が崩れたんだ。

 多分、中でセルリアンが爆発した時の衝撃のせいだと思う。


 私は戦慄した。


「あ、危なかった。もし、引きずり込まれたのが私じゃなくて、戦えないけものだったら……」


 こいつは罠を張っていたのだ。

 知性のあるセルリアン。

 誰かが声をかけると同時に目覚め、フレンズの声を真似た助けを呼ぶ声を出して、中に引きずり込んで食べる。

 光の無い、真っ暗な場所で眠りながら、ひたすら誰かが来るのを待っていたのだ。

 

 ジャパリパークの掟。

 それは自分の力で生きること。

 でも、私達フレンズは誰かがピンチになっているのを見ると、思わず助けに行ってしまう。

 その本能とも呼べるような行動を見つめなおすのは、恐ろしいほどの精神力が必要だ。

 奴は、その習性を利用してフレンズを食べようとする新種のセルリアンだったのだ。


「恐ろしい奴だった。二度と出遭いたくないものだよ」


 リアル現実の方がホラー。

 私はそれを良く知っている。

 この話の最も恐ろしいのは、あいつの声を聞いただけでは、フレンズが助けを呼んでいる悲痛な声だとしか思えないと言った部分なんだ。


 時々、怖くなって、体が動かなくなる時がある。

 たまに思い出すのだ。

 私を呼んでいた、あの声を。

 思い出すたびに耳にこびりついていて、離れないのだ。


 苦しい。痛い。助けて、と言った、あの声が。


 〈了〉

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タイリクオオカミは動かない 秋田川緑 @Midoriakitagawa

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