軒下にガーゴイル

藍上央理

軒下にガーゴイル

 雨降って地固まる、と言うけれど、碧琉あるの人生もそうなのかもしれない。


 孤児院でもあるあおぞら園の外へ、十五歳の年で出ることになった。それは、今までの親がいないという人生を帳消しにできるほどの、新たな始まりだった。




「忘れ物ない?」


 園長のこずえ先生から、心配そうに言われた。


「あんまりもの持ってないから」


 碧琉は答えた。


 嬉しいとも悲しいとも寂しいとも違う。なにが待ち受けているか分からない、期待感が胸に溢れてくる。





 あれは一週間前。桜の舞い散る春のさなかだった。あおぞら園では初めての、黒塗りのベンツに乗った金髪の少女が現れた。少女の到着を梢先生が事前に連絡を受けていたのか、すぐに出迎え、園長室へ連れ立っていった。


 園では、皆が外庭を望める窓に張り付き、その少女がなんの用事でやってきたかに興味津々だった。碧琉自身が一番の年長として、率先して年下の園児達を連れ、廊下を行進していく。碧琉は中学三年になったばかり。碧琉より年下の子供達は碧琉の子分のようなものだった。園児一人ひとりに指示し、行儀よく、さらにこっそりと園長を付けていく。


 閉じられた扉にまずは碧琉が張り付く。ほかの園児も中の様子を知りたがり、碧琉の服の裾を引っ張った。


「しっ」


 碧琉は園児達に向かって、人差し指を口元に当てて、静かにするように合図する。


 そっと、扉に耳を付ける。中の様子が微かに聞こえてきてもおかしくないはずなのに、物音一つしない。薄い扉に仕切られた廊下にすら、中でどんな会話が交わされているか漏れ聞こえてこない。


 碧琉は園児達を残し、外に出ると、園長室側の裏庭に回った。窓から中を覗き込もうという算段だ。裏庭には壁に沿って花壇が作られている。園児達が二月に植えたチューリップの赤い花がもうすぐ咲きそうだ。その花をよけ、碧琉はつま先だった。建物自体、底が高めに作られているせいで、窓枠がギリギリ碧琉の目線くらいにあるからだ。


 窓からそっと園長室を覗く。ソファに座った梢先生と、金髪の少女が見えた。窓に背を向ける形で少女は座り、真向かいに先生が座っているため、先生とばっちり視線が合う羽目になった。しかし、梢先生はおかしそうに口元を緩めて碧琉を見つめると、すぐに視線を少女に戻した。


 碧琉は息を潜めて、少女を観察した。


 黒い制服。光の当たり具合によっては紺色に見える。髪は黒々としているが、まるで粘土で作ったかのように固められていて、かつらのように見えた。顔は角度のせいで全く見えない。小さな背中が見えるだけだ。


 今日は少し曇っていて、太陽もあまり顔を出さないが、風が少し強いせいか、雲の流れが速く、時折顔を出す。そのたびに、ちょうど西日の当たる園長室に太陽の光が差し込む。光が部屋を満たすと、少女の制服が青く照り返って見える。その背中に、なんだか小さなゴミのような布きれが見えた。コウモリの翼に似た、おかしな形の布。しかし、太陽が雲に隠れてしまうと、その布は目に見えなくなってしまった。


 唐突に少女が立ち上がった。梢先生も慌てて立ち上がる。碧琉は頭を引っ込めると、急いで中に戻り、扉に張り付いた園児達を率いて、走って廊下の端に逃げた。

 足音で園児達が先ほどまで部屋のすぐ外にいたのを知っているはずだが、梢先生は素知らぬふりで少女を玄関まで案内した。門まで少女を見送ると、その背中に向かって深々と頭を下げた。


 碧琉が梢先生に呼び出されたのは、その後のことだった。





 碧琉はてっきり先ほどのことで梢先生から小言でももらうのかな、と覚悟していた。


 しかし、園長室の机の前に立つ先生は、いつも通りの優しい笑顔で、碧琉を迎えた。


 こっそり覗いたりして、怒ってないのかな、と碧琉はいぶかしむ。微笑む園長の表情からは、その心の内側は知ることができなかった。


 部屋には向かい合わせの黒いソファ、窓際に仕事机、出入り口左側の壁に取り付けられた木製の戸棚だけがある。窓側を除いた壁一面に園児達が描いた梢先生の自画像や、初代からの園長の肖像画が並んで飾ってある。卒園——いわゆる引き取られた子供達の写真も壁を賑わせている。碧琉の視線は、しばし卒園した子供達の写真にとどまった。


 座りなさい、と梢先生が言った。部屋には先ほどまで男性と梢先生が座っていたソファがある。くたびれてすり切れた革のソファに、碧琉は座った。落ち着かなくて浅く腰掛け、しきりに梢先生を見つめていた。小言をもらうかもしれないという懸念のせいで、表情もぎこちなくなってしまう。いつもの碧琉らしくなく、無言のまま、梢先生の言葉を待っていた。


「どうしたの? いつもの碧琉君らしくないわね」


 梢先生が皺だらけの優しい顔を微笑ませた。


「さっき、お客様が見えられてたの、碧琉君は知ってるわよね?」


 先生が仕事机の椅子に座って、ソファに腰掛ける碧琉を見つめた。仕事机の引き出しからなにかを取り出し、また立ち上がる。碧琉が赤ん坊のときよりも背が小さくなった梢先生を、碧琉は凝視する。優しい笑顔は幼いときのままだ。怒っても、すぐに笑顔になる。叱られても、愛されてないと感じない先生との交流のおかげで、あおぞら園の生活が本当の意味では辛くなかった。皆がもらわれていく中で、碧琉だけが成人近く成長しても、それを嘆くことはなかったと思う。


「碧琉君が、いままで、新しいお父さんやお母さんに会えなかったのは、本当のおばあさんがいたからなの」


 碧琉は先生の言葉を聞き、目を大きくした。


「僕におばあさんがいたんですか!? じゃあ、なんで、教えてくれなかったんですか? それより、なんでおばあさんは僕を引き取り来なかったんですか!」


 矢継ぎ早に質問した。


「驚くわよね……。でも、秘密にすることが、その人との約束だったのよ」

「約束? 秘密ってなんですか!?」


 碧琉は訝しげに眉をひそめた。碧琉の快活な表情が一瞬にして曇った。


「碧琉君が生まれて、すぐにご両親が亡くなった……、碧琉君のおばあさんはある事情で家にはいつもいなかったの。いつも家にいない人が、赤ちゃんを育てるわけにはいかない。それで、友人でもある私に、碧琉君を預けたの。秘密にしてくれと言われたのは、おばあさんの職業のせい」

「おばあさんの職業ってなんですか? 僕と一緒に暮らせないような危ない仕事をしてたんですか?」


 碧琉は眉をしかめて、不思議そうに首をかしげた。


「信じないと思うけど、碧琉君のおばあさんの職業は、魔女だったの」

「はぁ? 魔女って、あの、昔話とかに出てくる魔女ですか!?」


 碧琉は素っ頓狂な声を上げた。やくざだとか、ギャンブラーだとかいわれた方が納得いく。


「魔女だなんて、なんの冗談ですか!? 先生、僕をからかってるんですか?」


 碧琉の表情はさらに険しくなった。


 反対に梢先生の顔は困ったように苦笑いを浮かべていた。


「普通、信じられないわよね。初めて彼女に会ったとき、わたしも碧琉君と同じ反応をしたから」

「コンピューターや宇宙にだって人間が行ってるような時代に、なんで、魔女なんてすぐにばれる嘘を吐くんですか?」


 信じなくて当然だという顔つきで、碧琉は先生を見つめ返した。


 先生が仕切り直しのつもりなのか咳払いをした。


「信じなくて当然よ。でも、おばあさんは、手紙を碧琉君に残してくれたの。さっきの人はその手紙を碧琉君に届けに来てくれたのよ」


 先生の差し出された手の中に、一通のエンボス地で作られた封筒があった。表書きには横文字の流麗な英字。



 TO ARU



 と、書かれていた。手紙を受け取り裏返すと、紋章の入った蝋封がなされていた。臙脂色の蝋を剥がし、中の紙を取り出す。蝋引きした特殊な薄い透かし模様の入った紙だった。




『TO ARU


 我が持ちうる全てを譲る


 FROM MAGA』




 たった一行だった。何度読んでもそれしか書いていない。


「これだけ? 孫の僕にほかになにか言うことはなかったのかな? 先生は聞いてないんですか?」


 碧琉はがっかりした。再び、先生の顔を見つめる。


「いいえ、なにも。眞雅まがさんはそういう人だから」


 梢先生はそれだけ言うと、口頭で告げた。


「都内に一軒家があるの。そこを受け継ぐことになったのよ」

「家……。ここを出るんですか?」

「そうなるわね。ここを出ると言うことは、もう、あおぞら園の生田いくた碧琉君ではなくて、真御須まごす碧琉君になるのよ」


 その名前を聞いた途端、碧琉の体にびりびりとした電流が流れた。毛が逆立つような、肌が粟立つような、気持ちの落ち着かない、不思議な気分が広がる。


 今まで仮に使ってきた、梢先生の苗字である生田とは違う。本当の名前を聞いたときは誰でもこんな気分になるのだろうか。


 碧琉は両腕をさすりながら、つばを飲み込んだ。深く息を吐き、口の中で、自分の新しい名前を口ずさむ。


 やはり痛いような軽く指すような痛みが全身を包む。なんでだろうと思いつつ、碧琉は訊ねた。


「その家はどこにあるんですか? さっきの女の子が案内してくれるんですか?」


 すると、梢先生が頬に手を当てて、困ったような顔をした。


「それがね、あの子は言付けをしに来たと言って、この紙をくれたの」


 渡されたメモ用紙。名刺の大きさの厚紙だった。金色の枠模様が施されている。その枠の中に美しい丁寧な印字がされている。


 都内にこんな場所がある、と初めて知った。


「行き方は裏に書いてあるわ」


 裏返すと、確かに書いてある。あおぞら園から近いJR駅から、聞いたことのない駅までの案内。それだけだった。


「後は駅に降りれば分かるとは言ってたけど……。それだけで大丈夫かしら」

「先生も付いてきてくれるんですか?」

「一人で、と言う約束なのよ」


 園長は心配そうに言った。


「誰も来てくれないんだ……」


 碧琉も不安を隠せず、先生を見返した。






 翌朝、ボストンバックに十三年間の全てを詰め込み、碧琉は駅の構内に佇んでいた。切符売り場で指定された駅を探す。



 恵良けいら



 五十音順の駅名の中から、その名前が浮かび上がって見えた。掲示されている金額を発券機に投入し、切符を受け取る。


 恵良方面行きの電車はすぐに来た。ホームに入った途端、到着した。行き先表示に恵良経由とあったので、構内放送を聞くまでもなく、碧琉は電車に乗り込んだ。


 電車は四両編成。都内の電車にしては少ない気もする。ほかに乗り込む乗客もおらず、碧琉は好きな席を陣取った。車両内を見渡すが、やはり誰もいない。


 なーん


 と言う鳴き声に気づき、今まで顔を向けていた反対側に目をやると、黒猫がいつの間にか乗り込んでいて、対面式に並ぶ長いすの端に箱座りしている。


 いつの間に乗ったんだろう……。いつ降りるんだろう、それより降りられるんだろうか。車掌は気づかないのかな……。


 碧琉は黒猫に向かって、手を差し伸べ、呼んでみた。しかし、黒猫は目を細めて碧琉を見つめ返し、そのまま無愛想なようすで目を瞑ってしまった。


 電車の窓から、朝の光が差し込んでいる。もう九時過ぎだ。陽も高くなりつつある。日差しも長く伸び、碧琉の足下を照らす。もちろん、黒猫も太陽の光を浴びている。


 不思議なことに、黒猫の毛並みは粘土のようにしっとりと体を覆い、ふわりとした感じに見えなかった。そのせいか、箱座りして丸くなった猫は、まるで陶器か真鍮の置物のように見える。日が当たる度に青黒く照り返る。背中の毛が少しだけこんもりと盛り上がって、絡まって毛玉になっているように見えた。猫のくせに毛繕いしないのかな、などと碧琉は思った。


 そうこうしているうちに、『恵良駅ー、恵良駅に到着します。お降りの方はお忘れ物のないようにお願いいたします』というアナウンスが流れた。


 腕にはめたデジタル時計を見ると、一時間半も時間が過ぎていた。そんなに乗っていただろうか、と首をかしげる。電車が恵良駅のホームに滑り込み、やがて停車して扉が開くと、先ほどまで箱座りしていた黒猫がするりと影法師のように構内に出て行った。


 碧琉は慌てて猫の後を追うようにして、恵良駅に降り立った。恵良駅は無人駅だった。駅の係員がいるはずの窓口にも人影はない。碧琉は落ち着かない気持ちで改札口に切符を差し込んだ。貪欲に切符は飲み込まれ、仕切りが開き、碧琉は駅外に出られた。


 表に出ると、薄霞がかかった町並みが見えた。霧、なのだろうか。早朝でもないのに、不思議だった。道は一本しかないように見える。


「気味が悪いな……」


 思わず独りごちた。人っ子ひとりりいないと、今までたくさんの人間に囲まれて過ごしてきた分、心細く感じるのだ。


 霧の合間から窺える道を進むと、背後が霧に囲まれる始末だった。かろうじて、電信柱に表示されている住所板が見えるだけだ。


 幸いなことに方向は間違ってないようだった。次第に、メモに書かれた住所に近づきつつある。霧が少しずつ晴れて来始めた。二階建ての日本家屋が目の前に見えてくる。立派な門構えだ。門の軒下に、小鬼の青銅像がぶら下がっている。


 しかし、よく見ると、小鬼とも違う。顔は鼻面の長い肉食獣。猿にも似ていて、どことなく唇はくちばしのように尖っている。その口元からは鋭い牙が漏れて見える。額には一本の角。黒々としていて、牛の角の質感に似ていた。手足は人間のもののようにも見えるが、指は極端に短く、やはり猿に似ている。爪は黒く、角と同じ質感だ。しかも、背中に羽が生えている。コウモリのような小さな羽が、小鬼の背中に付いていた。碧琉は門の下まで寄っていき、じっと小鬼を見つめた。


「変な顔……」


 ふと小鬼の真下に目をやると一枚板の表札があり、表札には真御須まごすという明朝体の黒文字が彫られていた。


「ここか……」


 ようやく着いた、と碧琉は呟いた。近いような遠いような、不思議な距離感は否めなかったが、明らかに出発してから三時間は経過していた。


「今日から、僕の名前は真御須碧琉まごすあるか……。まだ、しっくりこないなぁ……」


 碧琉は深い息を吐きながら肩から提げていたボストンバッグを道路に降ろした。名前を口走っても、電流のような刺激は感じなかった。あの衝撃が、自分の名前を初めて知ったときのものだったのか、今でも分からない。


「そうさ、おまえの名はマゴス・アル。あたしの前で名前を名乗ったことで、マガとの契約は成立したぞ」


 どこからともなく声がした。碧琉は、はじかれたように周囲を見渡す。誰もいない。あれほど濃く立ちこめていた霧はすでに晴れ渡り、建ち並ぶ住宅ももはっきりと見ることができる。向かいの家の木でできた垣根さえもよく見えた。


「どこ見てんだよ、こっちだこっち」


 碧琉は間近からかけられる声の主を探して、軒下を見上げた。まさか、屋根の上に誰かがいるなんて期待はしてなかったのに予想に反して、碧琉の視線は一点に集中した。


 青銅製の小鬼だと思った像が、頭の向きをやや傾けて、碧琉を見つめていた。白目の部分が黒く、瞳の部分が黄色い。その目玉がぎょろりと碧琉に向けられている。


 言葉が継げず、あんぐりと口を開けたまま、碧琉は小鬼を指差した。


「ようこそ、ケイラのマゴス邸へ。あたしの名はガーゴイルのシュッツァー。おまえの守護者になる」


 碧琉の目は点になったまま、ぺらぺらとしゃべる青黒いガーゴイルを見つめていた。


「おい、黙ってないで、なんとか言ったらどうなんだ」


 碧琉の視界がくるくる回り出した。不思議だ。地面がふわふわし始める。まるで綿の上に立っているみたいだった。小鬼を見つめているつもりだったが、大きな音がして、火花が散ったかと思ったら、いつの間にか青い空を見ていた。後頭部が痛い。碧琉は空を眺めながら、宙を舞う光の小鳥を見て呟いた。


「ありえない……」


 その視界に黒い影が被さる。さらに碧琉の目が丸くなった。


 金髪の房が顔に掛かる。孤児院を訪れた金髪の少女だ! 透き通った金色の瞳がまっすぐに碧琉を見下ろしている。


「受け入れろ、そんでもって早く起き上がって屋敷に入れ。おまえのために張った結界が切れるから」


 碧琉は後頭部をさすりながら、しげしげとアスファルトにうずくまる金髪の少女——シュッツァーを見た。光の当たり具合によっては青く見える金髪。硬質な輝きを放っている。さっきまで恐ろしく醜いガーゴイルだったのに、今はありえないほどの美少女に変身していた。


「こんなことありえない……」


 寝転がったまま、ぶつくさ目の前のことを受け入れようとしない碧琉に向かって、シュッツァーが拳を碧琉の額に軽く当てた。その冷たさに、碧琉は息を飲む。まるで石の彫像そのものだ。


 渋々、碧琉は一番気になることを口にした。


「結界ってなに?」

「電車からずっとおまえのために張ってきた結界のことだよ。魔力補充のないあたしにはこれが限界」

「電車って、JRの?」

「当たり前だろ!」

「当たり前って言われても、こんなこと普通にあることじゃないよ!」

「だけど、あるんだ。受け入れろ。ずっと付いていてやって、さらに守ってやってたんだから」

「頼んでない。それに、こんな変な物見なかった」

「変なものじゃない。あたしの名はシュッツァーだ。黒い猫がいたろ。あれ、あたし」

「あの猫が!?」


 碧琉は驚いて、起き上がった。電車の中で箱座りしていた黒猫が、目のまえの美しい少女だと、すぐには信じられない。


「猫がこんなきみだなんて信じられないし、守ってくれなんて言った覚えなんかないよ」

「守ってたぞ。マガの命令だからな。それに、まだ契約もしてないうちに、おまえみたいなひよっこに指図されてたまるもんかい」


 かわいい顔を不機嫌そうにしかめた。


「契約って言うけど、意味が分からないよ」

「さっき、おまえは名前をあたしに告げた」


 碧琉は少し前のことを思い出してみる。確かに門前で自分の新しい名前を呟いた。


真御須碧琉まごすある?」

「そうだ。それ自体に力がある。あたしはその力に縛られ、マガからおまえに契約の移行をしたんだ」


 新しい名前、初めての町、見知らぬ祖母である眞雅まが、現実にはあり得ないはずの、少女へと変身したガーゴイル。その全てが頭の中で渾然として、収まるところに収まってくれない。碧琉は頭を掻きむしった。後頭部のたんこぶに指があたり、思わずうめいた。


「あー、もう、なにがなんだか分からないよ!」

「だけど、受け入れろ。おまえはもうケイラのマゴスなんだからさ」


 飄々とシュッツァーがのたまった。


 碧琉に選択の余地はないのだろうか。困惑した心持ちで、碧琉はただただ道路に座り込んだのだった。

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軒下にガーゴイル 藍上央理 @aiueourioxo

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