補記

 苫田高校の校長室。

 緑茶の入った湯飲み2客を挟んで、ぼさぼさ頭のスーツと、やけに見目麗しい白衣姿の人間が座っていた。

「やってくれたな」

 彼女は抑揚の効いた声を発する。

 彼は黙ったままお茶を口に運んだ。

「お前のせいで、こっちは商売あがったりだ」

「こちらとしては商売繁盛で助かっております」

「笑わせくれるな」

 彼女はソファの背もたれに腕を回し、首を左右に倒す。

「国立先生が挨拶あいさつにきたぞ。これまでお世話になりましたってな。ご丁寧に、使わなくなった睡眠薬まで置いていった」

「いかにも、らしい、ですね」

 彼女は、ばん、と机をてのひらで叩く。

「ぼさぼさネクタイ。お前、最初から計算してたな」

 彼は動じることなく2口目のお茶をすすると、湯飲みを机上に戻した。

「千早とかいう、ここを辞めた先生のところにあいつを行かせて、職場復帰したくなるよう仕向けたらしいじゃないか」

「人聞きの悪い。千早先生なら力になってくれると考えたまでです」

「その結果、国立先生は復帰した。しかも霧子ちゃんを助けるために」

「お詳しいですね」

「その千早某先生に会った日の夕方、国立先生と会ったからな。こっちはうつで首吊ってんじゃないかって心配したってのに、開口一番、何を言ったと思う? 退屈している人を救うにはどうすればいいんですかって。馬鹿ばか野郎、そんなの私が知りたいくらいだって怒鳴りつけた」

「それは豪快ですねえ」

 彼はネクタイを触りながら、笑い声をあげる。

「あえて私に事情を話したのも、そのためなんだろう。国立先生には相談相手がいなかった。さっきの千早うんたら先生は古見にいる。ぼさぼさは校長だから動けない。となれば、怒鳴り込むくらいフットワークの主治医は、渡りに船だったはずだ」

「考えすぎですよ。そんな計算通りに人が動くわけないですから」

「別に動かなくたっていい。近くに置いておけば、国立先生を向かわせることができるからな。子守とかいう人間が営業妨害をしてくるから話をつけてくれとでも言えば、あの責任感の塊は動くだろうさ」

 彼女は、くい、とお茶を一気に流し込む。

「霧子ちゃんだってそうだ。国立先生が戻ってきても、彼女が退学しては意味がない。国立先生もすぐに辞めてしまうだろうからな。だから門田とかいうお友だちを使って、彼女の居場所を用意させた。月島の力になってやれとか、男子バレー部の太宰・安吾とつるむようにしろとか、そうすれば国立先生を呼び戻せるとか、適当なこと入れ知恵したんだろ」

「いやあ、名推理ですね心愛先生」

 ばあん、と先ほどよりも高く、彼の湯飲みが宙を舞った。「下の名前で呼ぶな」と続く。

「心――子守先生は、どこで情報を手に入れられたのですか?」

「内通者を作ってある」

 子守は、手にしていた湯飲みを、勢いよく机に叩きつけた。

 でっかい正義の味方に捕まったと、佐々岡信二がこぼしていたことを、多崎泰一はそういえばと思い出す。

「それで子守先生、本日のご用件は何でしょう?」

「お礼だ」

「お礼、ですか?」

「ああ。ぼさぼさに操られたのははしゃくに障ったが、事態が好転したのは間違いない」

 こういうところが素直だから、心愛ちゃんは面白い、と多崎の口元が緩む。

「いえいえ、それもこれも子守先生のおかげですよ」

「ふん、白々しいぞ」

 すると彼女はソファを立ちあがり、「邪魔したな。もう来ないぞ」と校長室を後にした。

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先生が退屈な人でよかった じんたね @jintane

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