第5話 フクロウと彼女

「ねえ、みてあれ」


公園を散歩していると、彼女が木の影に隠れているなにかを指す。

「動いてる」

立ち止まってその影を見てみると、たしかに動きがある。しかし、おそらく猫だろう。ここら辺は、よく野良猫が昼寝している姿を見かけるからだ。


「ねえ」

と、彼女がやたら興味を示し、私の腕を引っ張って影の正体を探ろうとする。

「猫じゃないの?」

「猫じゃない。もっと小さな、なにか」


付き合い始めて1週間足らずだけに、興味津々の彼女の期待に応えようと、つい口が出た。

「回り込んでみようか」

言った矢先に後悔した。正直、僕は猫が苦手だ。

予想不可能な行動をし、何かと人間を惑わせる。興味を持ってもいないのに、こちらをじっと見てきて、急に走り出す。それに、家に勝手に住み着かれたかと思えば、一気に数が増え、去勢手術やら何やらで出費がかさんだ。猫にいいイメージなんかない。可愛いなんて、流行病みたいなもので僕には効かない。


そんな話は今はいい。猫だろうがそうでなかろうが、驚かせないように、木の後ろに遠くから回り込む。

「いないなあ」

もう一度言うが、僕は猫が苦手だ。ここに猫がいたら、僕はびくっとして怖がるだろう。猫がいると予想していても、身体が反応してしまう。だから、いなくていい。

「逃げちゃったんじゃない?」

正直安心している。逃げちゃっていい。

「なーんだ」

彼女はつまんなそうにしていたが、これでいい。その場を離れようと歩きだした。そのとき、

「あっ」

と、彼女が何かに気がついた。

「いた」


い、た?

と急に鼓動が早くなる。

「ほら」

彼女の目線の先に、僕も目を向けようとした。すると、左のふくらはぎに、柔らかい筆のような何かが、すっと触れて消えていった。


「あっ」

驚く僕をみて、彼女が笑顔をみせた。

「猫じゃないよ」


そこにいたのは、フクロウ。

「はじめてみた、フクロウ」

「うん、おとなしいね」

よちよち歩きで動いてはいるようだ。

「でも、様子がおかしい」

と、彼女は恐れもせずにフクロウに近づく。

「野生の動物なら、人間がこんなに近づいてきたら逃げるもの。でも、この子は逃げない。きっとケガをしていている。ね、ほら」

彼女の言うとおり、フクロウはケガをしていた。左の羽根がくしゃくしゃだ。彼女が慣れた手つきでフクロウを保護する。


僕はというと、一瞬でも猫だと感じてしまった感覚から、フクロウと彼女に近づくことができなかった。というより、動物全般が苦手だ。

なんだろう、この情けない気持ちは。


「おまたせ」

どうやら、フクロウの手当てが済んだらしい。

「どうしたの?」

「いや、なんか情けなくて」

「なんで? ちゃんと見守っていてくれたじゃん。動物が苦手なくせにね」

「え、知ってたの?」

「誰だと思ってるの?」

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ショートショート作品集 柚月伶菜 @rena7

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