世界の終わりと私の終わり

りーりん

第1話

 私がカナタ様のお家へ来たのは、自宅療養で死を待つ間の話相手として、でした。

 私のようなアンドロイドが量産されてもう100年は経ったでしょうか。今では話し相手も料理を作る事だって出来ます。

 笑うことも、悲しくて涙を流す事も出来ます。

 でも、涙は偽物。都度補充をする瞬間が悲しくなります。


 人との違いを嘆いて自壊するアンドロイドも珍しくありません。人と同じように楽しみ、悲しんで、恋をしても、それらは全て疑似であって、プログラムであって。

 楽しむように感じる、悲しむように感じる、そうプログラムされているから、「生きている事の実感」を感じる為に自分を壊すのです。

 壊れたアンドロイド達は、皆笑顔だったと聞きました。


「コノハ」

 私を呼ぶ、優しい声。春のおひさまに抱かれたような、ふんわりとした柔らかい声。


「カナタ様、すみませんぼーっとしていました」

 考え事をしていたので慌てて笑顔を作ると、カナタ様は寝ていた体を起こし、私の頭を撫でて言いました。「考え事かい? 珍しいね」と。


 私がカナタ様の元へ来て、半年経ちました。私の役目といえば、お話相手になる事や、外の景色を写真に収める事、身の回りのお世話をする事。

 考え事なんてカナタ様の近くでした事はなかったので、私も少し驚いています。


「なんでもありません、今日も良いお天気ですよ」

 私はカーテンを開けて朝の陽ざしを部屋へ招き入れました。夏の暑さも穏やかになり、過ごしやすい陽気が続いています。

 窓を開けて空気を入れ替え、起き上がったカナタ様に温めのお茶を飲ませました。

 毎朝の日課です。


「もう秋になるんだね、1年があっという間だ」

「本当に、あっという間ですね」

 私も一緒にお茶を飲みます。アンドロイドも人と同じように飲めますが、仕組みはやはり違います。それでも、数年前になってやっと味覚が実装されたので、それから私は毎日のように飲んだり食べたりしています。

 甘いのも酸っぱいものも好きです。食べ物の味がわかるって、とても素敵な事ですね。


「カナタ様、今日のお加減はいかがですか?」

「うん、今日は調子が良さそうだよ。久々にテレビが見たいな」

 カナタ様は子どもにかえったかのように心を踊らせているようです。発病してからほとんど寝てばかりの毎日でしたから、たくさんの情報が見られるテレビの時間が待ち遠しいのでしょう。

 私はベッドの向かいにあるテレビの電源を付けました。丁度旅番組が放送されていて、旅人が雄大な景色に感動しているシーンでした。


「いい景色だ……」

 旅番組に魅入るように、瞳を輝かせていました。


 カナタ様は17歳。幼い頃から体が弱く、学校にも通えなかったそうです。

 そして去年の夏に、発病してしまいました。ウイルスが最初に発見されたのは、遠い外国だそうです。

 あっという間に全世界に広まり、カナタ様と同じ患者は億単位にのぼります。

 ワクチンも薬も無い病。

 感染すると、約1年半かけて体の水分が体内で蒸発してしまいます。

 遺体は砂のように崩れ落ち、骨すら残りません。

 感染していない人も、いずれ感染してしまうそうで、皆おびえて過ごしています。


 人類の歴史は、そろそろ終わりを迎えるかもしれない、と誰かが言っていました。

 テレビ番組は全て再放送、食べ物は製造ロボットが作り、配達ロボットが届ける。

 私は、今の時代しか知りません。テレビに映る人は、とても生き生きとしています。


 もし、カナタ様がもっと昔の時代に生まれていたら、きっと幸せで穏やかな人生を歩めたかもしれません。


 私とは巡り会えないけれど……。


「いつか、こんな景色を見れる日が来るだろうか。アンドロイドになってもいい、この広い世界を歩き回ってみたいよ」

「きっと……。その時は私も連れて行っていただけますか?」

 カナタ様は微笑んで、私の手をそっと握りしめました。


「もちろん」

 私は、繋がれた手を優しく握ります。細くか弱い手が壊れてしまわないように。


 今日はこのまま、夜遅くまでテレビを見て過ごしました。四季折々の風景を楽しみながら、ご当地の食事内容を評価しあったり、今はもうない商品のCMを見てどんな商品か想像しあったり。

 楽しく、そして短い時間を共に。


 カナタ様は、もう長くありません。足の表面は、触れば砂となって崩れていきます。

 足元から蝕むこの症状、本当にひどいと思います。

 どうして、じわじわと命を脅かすのでしょうか?


 ーーーーー


 秋が深まり、街並みも赤々と秋を演出しています。

 景色だけ見ると平和ですが、治安の悪さが悪化していきました。感染してしまった人は自暴自棄になり、後先考えず欲望のままに生活するようになったからです。

 被害にあったアンドロイドもたくさんいます。

 私とカナタ様は人里離れた山のふもとに家があるのでまだ安心ですが、他人事では済みません。

 いつ私達も標的になるかわかりません。私の基本プログラムは家事掃除のメイド型なので武力はサッパリですが、カナタ様を守るためにも動けるようにしなければいけません。


 カナタ様を守る為。

 私は、時々悩んでしまいます。私のカナタ様への想いは、プログラムなのでしょうか。

 心から湧き出るこの想いは、自然と芽生えたものなのでしょうか。

 その答えは、何度悩んでもわかりません。私を作った人も感染してこの世を去りました。


 例えプログラムでも、私はこの心のままに、素直に従おうと思っています。


「カナタ様、ただいま戻りました。今日は駅の写真を撮ってきましたよ。紅葉がとても綺麗でした」

 部屋の扉を開けると、横たわっているカナタ様が優しく迎えてくれました。


「おかえり、コノハ。今日もありがとう」

 私は撮った写真をカナタ様が見えるよう写真立てに飾りました。


「もう電車は走っていないけど、駅単品もなかなか味わい深いね」

「近くにあった大きな木がとても色鮮やかでしたよ、あ、この写真です」

「本当だ……綺麗に色づいてるね」

 私とカナタ様、二人で写真を見ては感想を言い合いました。

 カナタ様はもう起き上がることが出来ません。少しでも起こすと体が崩れてしまうので、テレビも音声だけ聴かせています。


「この病気、痛みがないのが救いだけど、どうせ死ぬなら一思いに死にたいなぁ」

「カナタ様……」

「コノハと同じアンドロイドに生まれていたら、きっと今頃あちこち旅をしていただろうな」

 天井を見つめながら、カナタ様は呟くように自分の思いを言葉にしました。


「アンドロイドは、人に似せた偽物です。そんなに良いものではありません」

「それでも、コノハは僕を好いてくれているだろう?」

「それはそうですけど……でも、私は人としてカナタ様を想えたらよかったと……」

 私はベッドの側に座り、カナタ様の柔らかい髪を撫でました。カナタ様の手はもうありません。

 もう握る事は叶わないのです。


「どんな形でも構わないさ。コノハと、ずっと一緒にいられるならそれが一番いい」

「私はずっと傍にいますよ。これからも、ずっと……」

「ありがとう……」

 カナタ様は少し疲れたのか、目を閉じました。このまま永遠に目覚めないのでは、と思ってしまう程、静かに眠りました。私はいつまでもその寝顔を見ていたくて、目覚めるまで傍に……。



 ーーーーーー


 この日がこなければ良いのに。私は涙のストックが尽きるまで泣きましたが、まだ泣き足りません。もう涙は出ないのに、苦しくて仕方ないです。


「もう、これで最後になるのかな」

 カナタ様は私より気丈に、冷静でいました。命が消えてしまう事を覚悟したからでしょうか。もう、どう足掻いても変えられない諦めも含まれているのでしょうか。

 私は、諦められません。でも、メイド型として私が出来ることなんて、何一つない、それが悔しいです。


「コノハ、僕の傍にいてくれてありがとう」

「カナタ様の命が尽きても、私は、ずっとお傍に……いたいです、本当は、まだ、ずっと……もっと、お話ししたくて……」

 涙はもう出ないのに、泣きながら言葉を精一杯出しますけれど、うまく繋げられません。喉が震えてしまい、声が思うように出てくれないのです。

 カナタ様を抱きしめて、どこにも行けないようにしたいのですが、もう、それも叶いません。


「次に生まれてくる時は、丈夫な体で生まれたいよ。そうしたら、世界を見てまわろう……コノハ、僕は……君が…………」


 カナタ様は、眠りました。安らかな寝顔はいつもと変わりません。

 また起きたら、あの柔らかい声を聴かせてくれるでしょう。

 その時は、言いかけた言葉の続きを、言ってくださいね。


 おやすみなさい、カナタ様……。



 ーーーーーーー



 カナタ様が長い眠りについた後、程なくして人類は絶えたと、知りました。

 今でも製造ロボットは人の為に食べ物を作り、配達ロボットも配達を続けています。

 私のようなアンドロイドは、人のまねをして生活しているようです。

 でも、それも長くは続きません。

 アンドロイドにも寿命があるからです。人の命と同じように、機械の体にも有限の命があります。


 私は、あれからしばらくカナタ様の部屋にいました。何をするでもなく、ただ過去を思い出して、楽しかった日々に浸って。

 カナタ様の体は時間の経過と共に崩れ落ち、ベッドには今もカナタ様の砂があります。

 テレビをつけると、似たような旅番組が再放送されていました。


 何故、そう思ったのか、理由はわかりません。アンドロイドにも理由がわからない行動をする事があるなんて、自分でも驚きです。

 私はカナタ様に「いってきます」と挨拶をしてカメラだけ持ち、部屋を出ました。

 世界を、もっと遠くの景色を見に行く為です。

 そして、写真を撮ってまた戻ってきます。


 ーーーーー


 世界は、とても広い。

 私は、たくさん歩きました。

 山の上も、湖の上も、高いビルにも登って、たくさん写真を撮りました。

 でも、ごめんなさい。

 カナタ様の部屋へ、戻れそうにありません。

 遠くまで、歩きすぎたようです。こんなところで活動停止になるなんて、私はダメなアンドロイドですね。

 でもカナタ様は、「コノハらしいね」と言ってくださると思います。いつだって優しいカナタ様。

 また、会いたいな……。


 私が壊れた後、カナタ様と同じ世界にいけるでしょうか……?

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世界の終わりと私の終わり りーりん @sorairoliriiro

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