第25話

 先に奏一と言い争いを始めてしまったのは奏美だが、元来こういった争い事は苦手である。兄妹間ならまだしも、他人同士が目の前で争っているのは、恐怖でしかない。


 めぐみは玲の胸倉を掴み、激しく揺すりながら怒鳴り散らし、玲も開き直ったのか、負けじと言い返す。


 見学する体制になっていたレモンサーカスの面々だったが、流石といおうかMARINAがいち早く奏美の異変に気付いた。素早く奏美の顔を胸に抱きとって、視界と耳を塞ぐ。続けてAMIとKARENが立ち上がり、言い争う二人との壁になったことを確認したYUNAが、めぐみの肩を後ろから叩いた。

「ねえ、一旦落ち着かない?」


 その手を邪険に払いながら、頭に血が上って見境のないめぐみが吼える。


「うっさい! 関係ない奴は引っ込んでな!」


 一瞬だけ目を剥いたYUNAだったが、冷静に、さっきよりゆっくりと、もう一度めぐみの肩を叩く。


「もう一度だけ言うね。一旦落ち着こう?」


 今度は勢いよくYUNAの手を払っためぐみが振り返る。


他人ひとのバンドの問題に首突っ込むなっつってんだよ!」


 めぐみの言ってはいけない一言で、レモンサーカス全員の目が据わった。スタジオの温度が一気に低下する。レモンサーカスで喧嘩っ早いのは、一番年下のKARENである。


「なんや――」

「―― めぐみちゃん、今アタシの友達のバンドを馬鹿にした?」


 買ったとばかりに挑みかかろうとしたKARENに被さるようにして、MARINAの胸の中から声がした。


「もしそうならアタシ、めぐみちゃんとはバンド出来ないよ」

「カナ?」


 抱き締めるMARINAをぐいと押しのけて、奏美が顔を上げた。


「ごめんね」


「俺も同じく。バンドじゃなくて、お前ら二人の問題だろ?」

 拓海が続く。


「それは――」

「―― もういいっつってんだよ。お前らの仲を気にしながら、バンドなんて出来ねえよ。それとな、先生とレモンサーカスのみんなに謝れ」


「なんでだよ!」


 めぐみは頭を抱えながら叫んだ。


「なんで上手くいかねえんだよ! なんでまた解散なんだよ!」

「そりゃお前……」

 これには拓海も溜息を吐くしかない。


「こいつ等だって、運が良かっただけじゃねえか! アタシだって同じくらい叩けるのに!」

「違うね。チャンスをモノにしたんだ。アイドルって言われようが、色物扱いされようが、我慢して頑張って、今があるんだ。お前は我慢できんのかよ、アイドルバンドって言われてよ?」


「……」


「あとは俺が謝っとくから、お前らもう帰れよ。これ以上暴言吐かれたら堪んねえし。頼むから帰ってくれ。そんでもって猛烈に反省してくれ」


「……」


「あの、拓海――」

「――またな」

 拓海は玲に何も言わせなかった。

 めぐみは拳を握りしめながら、無言で出て行ってしまい、その後を、アタフタと荷物をまとめた玲が、ペコペコと頭を下げながら追った。



「ホントにすんませんっした。カナちゃんもごめん」

 スタジオの入り口を背に、拓海は土下座である。


「タッ君はわるないし」

「悪くなーい」

「そうだよ。ウチ等のこと、あんな風に思ってくれてたなんて、ちょっと感動だよ」

「そうね。ちょっと泣きそうになったわ」


「タッ君もだけど、ボクはカナを抱き締めたい」

「抱き締めてるやん」

「カナ、よかったの?」

「良くないけど、レモンサーカスが馬鹿にされるのは嫌。その辺のアイドルより可愛いのは事実だけど」

「よしカナ、今日は一緒に寝よう」

「お泊り会やな!」

「寝よー!」

「あーもう、アミ煩い」


 取り敢えず、女子チームはまとまっているようなので、奏一は拓海を手招きした。


「いや、俺が悪かったよ。いきなりあんなこと言い出さなきゃよかったんだ」

「いえ、先生。いずれこうなったっす。カナちゃんを巻き込んだことも含め、ホントすんませんっした」


「本題を切り出し辛くなった……」

「何すか?」


「あのな……レモンサーカスの冬休み、蓼科のスタジオで合宿なんだわ。そんで、拓海と奏美も参加な」

「え、俺もっすか?」

「お前が居なきゃ、俺が困るだろうが。女子六人バーサス俺一人とか無理だから」

「いや、俺一人増えたところで焼け石に水っすよ……」

「安心しろ。ドラムの村さんとベースの研さんも、偶に来てくれる」

「偶にって……」

「来ないよりマシだ」


「あ、それであいつ等も連れて行くために……」

「まあ、そういうことだったんだけどな」

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奏~Soh~ 謡義太郎 @fu_joe

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