第11話 いつかのこと

 いつのことだったか、炎が死ぬ様を見た。


 あれは、秋も終わりのことだった。植物を集めに行った私は、出先の森の間際、やや荒れた草原の端で、死にかけた炎を見つけた。あまりそんなものを見かける機会もないので、私は炎を怒らせないよう気を付けながら、そっと近寄っていった。


 炎はもう、すっかり弱っていた。揺らめき方がすでに普通でなかった。言葉にするのが難しいが、死にかけた、炎は腐ったような揺らめきを見せる。やや歪み、形が曲がり、色合いも少しおかしかった。そして何より、動きがなかった。元気に生きているうちは自由に飛びはね、どんな動物よりも活気に満ちて振る舞うのに、今や彼は、陽炎かげろうのようだった。


 私はしゃがみ込み、炎を看取ってやることにした。炎は苦しそうに草の合間を這って進み、どこか遠くへ行こうとしていた。そういえば、天変地異が起きたときには生きている炎は一斉に姿を消す、と聞いた憶えがある。自分の死の時も同じなのだろうか。叔父さんの書き物にも、炎の死についての詳細な記述はなかった。私は黙って、炎を見据えた。


 木々の影が落ち、やや暗い草原を、炎は少しずつ進んでいった。炎が擦っても、周囲の草葉は焦げ付きもしなかった。炎が発する光は、悲しいほど弱かった。暖かみもほぼなく、ただ、あやふやな影が地面に映るだけだった。


 やがて、炎の歩みは止まった。炎はそこで、静かに燃えているだけになった。もうここまで来ると、揺らめき方にも異常なところはない。ただただ、微かに燃え続けているだけだ。火勢が弱いくらいで、動きもせず、その場で燃えている。私はすぐそばまで近寄ると、そんな炎をじっと見ていた。


 炎はずっと、音も立てずに燃えていた。


 私は炎に手を伸ばした。指先で触れてみる。すると、意外なほどに熱かった。私は小さな声を上げて、手を引いた。数本の指先が火ぶくれになった。私は涙ぐみながら、指を口に中に入れて冷やす。ひょっとしたらもう熱くなくなっているのではないか、と考えたのが甘かった。全く変わっていなかったのだ。ひどく熱かった。指先の痛みは刺すように悪化していった。私は涙を流した。


 そうするうち、不意に炎は、ふっと消えてしまった。


 あ、と思ったときにはもう、どこにも見あたらなかった。あっけないといえば、あまりにあっけなかった。どこかへ吸い込まれたのか、霧のように散ったのか。渦を巻いて消えたようにも見えた。もう炎は、どこにもなかった。私は炎がいなくなった場所を、一人でじっと見ていた。


 それから立ち上がると、集めた植物をしっかりと抱えて、村へと戻っていった。

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生きている炎 彩宮菜夏 @ayamiya_nanatsu

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