マタタビと酔っぱライオン

穂村一彦

マタタビと酔っぱライオン

「おぉ~い、博士ぇ~助手~」


 としょかんの外から、我々を呼ぶ声がしました。気の抜けるような、のんびりボイス。これは珍しいお客なのです。


「ライオン。めんどくさがりやのあなたがわざわざ来るなんて、どうしたのです?」

「いやぁ~、ちょっとね~」


 としょかんに入ってくるなり、すぐさま床に寝転ぶライオン。行儀が悪いのです。


「それがさぁー、ヘラジカが勝負だ勝負だーってうるさいから、逃げてきたんだよねー」

「としょかんを避難場所にしないでほしいのです。まったく。我々は忙しいのですよ」


 暇人は無視して、私は助手と一緒に材料を運ぶ作業に戻ります。

 もうじきかばんたちが来ます。それまでに料理用の食材を用意しておかなくては。


「あ、博士。カゴから何か落ちたよ」

「拾って戻しておいてください。我々は手が離せないのです」

「はいはい。んー、何これ? 変なにおい~」

「ああ、それはマタタビですね」


 マタタビはどんぐりに似た形をした緑色の実です。あまりおいしくないですが、かばんなら何か使い道を見つけるかもしれないと、一応摘んできたのです。


「ほら、いいから早くカゴに戻すのです、ライオン。……ライオン?」


 ライオンは手に持ったまたたびの実をじっと見つめ、そして、


「あはははははっ!」


 きゅ、急に笑い出したのです!


「どうしたのです、ライオン!?」

「ま、マタタビだってー! あはは、変な名前ー!」

「ええ……?」


 足をバタバタとばたつかせながら、顔を真っ赤にして爆笑しています。


「またたびー、あはははは! 変な名前、変なにおいー!」


 いくらなんでも様子が変なのです。マタタビという名前にそこまで笑える要素があるとは思えな……ん? マタタビ?


「し、しまったのです!」

「どうしました、博士?」

「マタタビの匂いは猫科の動物を酔わせる作用があるのです!」

「ええっ!?」


「あれー? なんか地面が揺れてるぞぉ~?」


 立ち上がろうとしますが、あっちにフラフラこっちにフラフラ。完全に酔っ払いなのです。


「どうしましょうか、博士?」

「そうですね。酔いがさめるまで、静かなところでおとなしく寝かせて……」


「たのもー!!」


 大地を震わすような大声とともに、勢いよくドアが開かれます。

 ああ、もう! めんどくさいときに、めんどくさいのが来たのです!


「ライオン! こんなところにいたんだな! さぁ、私と勝負だ!」


 ヘラジカがライオンにむかって臨戦態勢をとります。としょかんの中で暴れないでほしいのです!


「挑み続けて72回! 今日こそ決着をつけるぞ!」


 今にも突進してきそうなヘラジカを、ぽけーっと見つめるライオン。そして再び、


「あははははっ!」


 さっきよりも大声で笑いだしました。予想外の反応にヘラジカも戸惑っているのです。


「ど、どうしたんだ、ライオン! 何がおかしい!」

「あはははは、72回戦って一回も勝てないのに、まだ戦おうとしてるー! あはははは、おもしろーい!」

「なぁっ!? き、貴様、バカにしているのか!」


 怒りで肩を震わせ、顔を真っ赤にします。今のライオンと同じくらい赤いのです。こ、これはまずいことになるですよ……


「もう許せん! さぁ、勝負だ! うおおおおっ!」


 ヘラジカがライオンに突進していきます。ヘラジカは非常に力の強い動物です。こんな攻撃をくらったら、ライオンといえどもただでは済まないのです!


「よっと」

「えっ!?」


 タックルが直撃したと思った瞬間、さながら柳の木が風に揺れるように、ライオンは軽やかなステップで攻撃をかわしていました。


「ちょっ、な……!」

「えいや」


 バランスを崩したヘラジカ。ライオンの手がヘラジカの肩に軽く触れます。の、瞬間! ヘラジカはぐるんっと大きく縦に一回転です!


「ぐえ!」


 そのまま床に叩きつけられるヘラジカ。何が起きたかも理解できていないでしょう。間違いないのです、今のは……!


「酔拳なのです!」

「すいけん?」

「酔えば酔うほど強くなる、伝説の戦い方なのです!」


 ヘラジカはすぐさま立ち上がります。


「くそっ! もう一回だ、ライオン!」

「えー、まだやるのー?」

「当たり前だ! お前を倒すまでは終われん!」

「…………」


 その言葉を聞くと、ライオンはぺたんと座り込んで、


「……ふぇ」

「えっ?」

「うええええぇぇんっ!」


 こ、今度は泣き出したのです!?


「ど、どうしたんだ!」

「うえええん、ヘラジカは私のことが嫌いなんだー! だからいつもケンカしようとするんだー! うええええん!」

「い、いや、そういうわけでは……!」

「私はヘラジカのこと大好きなのにー! 仲良くしたいのにー! うええええん!」

「ええっ!?」


 完全に子どもなのです……

 ヘラジカはしどろもどろになりながら、


「わ、私は決してお前が嫌いというわけじゃないぞ? その、決闘は、私の趣味みたいなもので……」

「ほんとに……?」

「あ、ああ。だから、私は、わ、私だって、ライオンのことが、す、好きだ!」

「わーい!」


 ライオンが満面の笑顔でヘラジカの胸に飛び込みます。そのまま二人一緒に床に倒れ込みました。


「こ、こら、ライオン! いきなりそんな……!」

「むにゃ……」

「……寝てる?」


 安心したように、ヘラジカにもたれかかりながら寝息を立てるライオン。ヘラジカは頬を赤らめたまま、我々に助けを求めます。


「おい、どうなってるんだ、これは!?」

「ただのよっぱらいなのです。どうせ起きたら全部忘れているのです」

「え、そうなのか? それは、残念……いや、良かったのか? いや、けど……」

「いいから早く、連れて帰ってほしいのです」

「う、うむ。騒がせたな」


 ヘラジカは呑気に眠りこけるライオンを背負い、へいげんちほーへ帰っていきました。ふぅ……やっと静かになったのです。


「大騒ぎでしたね、助手」

「騒いだらおなかがすきましたね、博士」


「おーい!」


 ちょうどいいタイミングで、かばんとサーバルがやってきました。


「待っていたですよ。さぁ、早く料理を作るのです」

「我々はおなかぺこぺこなのです」


「よーし、がんばろうね、かばんちゃん! ……あれ?」


 元気よく部屋に飛び込んできたサーバルが、足を止めました。


「なにこれ? なんか落ちてたよ?」

「ああ……それは使わないので捨ててしまうのです」

「え、捨てちゃうの?」

「はい。それはマタタビといって、猫科の動物にはとても危ない…………あ」


 し、しまったのです! サーバルは……!


「あれ? サーバルちゃん、どうかしたの?」

「……みゃ」


 サーバルは……サーバルも……猫科の動物だったのです!


「みゃああああっ! かばんちゃーんっ!」

「うわああああっ! た、食べないでくださーい!」


 真っ赤なへべれけ顔でかばんに抱きつくサーバル。


「……今日はもう、料理を食べられそうにないですね、助手」

「そのようですね、博士」

「がっくり」

「がっくり」


(おわり)

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マタタビと酔っぱライオン 穂村一彦 @homura13

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