第3話

 手近な瓦礫に腰降ろし、アルシアと名乗った少年は美味そうに林檎を齧っている。

 そこに風格という権威は微塵もなくて。

 聡明さばかりは抜きん出ている気がしないでもないが、足をぶらつかせて果実を頬張る姿など、ただの街中の小僧だ。


「はい、自己紹介どぞ」


 棒立ちのタイラーに頓着なく、半分食べきった林檎片手のアルシア。名は確かに「光の導師」ではあるけれど。


「----ご存知じゃないんですか」

「彼女のこと知ってる?」

「いえ、」

「そういうこと」


 と、傍らの少女に視線を流されれば否もなく、先の勢いに少しだけ迷いながらも真正面から彼女に向き直った。


「タイラーです。さっきはすんませんでした」

「あたしこそ、ごめんなさい。てっきりお使いの人かと思って。----玉蘭と言います」


 率直に下げる頭と、素直な挨拶。割って入るのは無論、興味深々隠しもしない声。

 事の流れを無碍にするのが癖なのか。

 少し身を乗り出して、瞬き繰り返す仕草が子供だった。


「ぎょくらん、か。本当に東の人だったんだね、偽名かと思ってた」

「よく言われます」

「だから黒法くろほうね、納得した。でも邪法使いの女の人ってスゴク珍しいよね」

「……ですね。気持ち悪がられちゃって」

「あはは、見た目確かにアレだもんな。でもさ、召喚は女性の方が向いてると思うよ。君は興味深い」

「え……、あの……あ、ありがとうございます! そんな風に言ってもらえたの初めてですっ!」


 勢い込んだ一礼に漆黒の髪が踊る。

 勝気な頬をうっすらと染める横顔に、黒法、すなわち邪法に対するなけなしの知識引きずり出そうとしたところで、再度タイラーの番となったらしい。


「帯剣の理由って何?」

「媒体です」

「呪文駄目なの?」

「いえ、俺はその----魔剣士を志望しています」

「志望にしてはさっきの一撃、しっかり法力くっついてたね。今どの当たりまでいってるの?」

「どの……って?」

「魔法の連動。4大修めてもさ、鋼に纏わせる術は教えてくれないでしょ? 違ったっけ?」


 と、アルシアは何故か玉蘭に解を求め、肯定されると一人頷いてみせた。

 早熟の天才だとしても在学中の歳にしか見えないGM。彼は一体幾つの歳にあの王立学院へ入り、どんな成績で卒業したのか。

 一進一退を繰り返す、タイラーの修行。

 無機物と魔法を一体化して操るのが如何に難しく、コントロールバランスを要求される行為か、自らの力に弾き飛ばされ、火傷を負い、溺れそうになりながら実感してきた。

 学院で教えてくれなかった意味も。


「実践可能なのは、火と、風の初歩段階のみです。今は水の習得を目指してるところでした」

「立派立派。だったら最終目標は剣士最高位ルーン・フェンダーだね」

「そりゃまあ……」

「はい減点。オレの前で曖昧な言葉を吐かないこと。弱気な奴は嫌いだ」


 ヘタになった林檎の残骸突きつけてくる少年の言い分には、確かに、と思う。

 遥か高みへと至る光明を掴み取る為、故郷を離れて来たはずだから。

 使い物になるのか、否か。

 そんなことは後で----一年後にでも考えればいい。


「すんません、以後気をつけます」

「頭固いのもダメだからね」


 と、したり顔でも楽しそうなアルシア。これから弟子を取る師匠の態度とは思えずに、やはり嫌疑は捨て難い。

 それは玉蘭も同じである様子。

 不意に腰を上げた少年に、そろそろと声をかけた。


「ひとつ良いですか、……マスター?」

「歩きながらでもいい?」

「はい、もちろんです」


 こっちと、今来た道を示して先に立ったアルシアの、見かけ通りに華奢な背を追い、玉蘭、タイラーと続く。

 また街へ戻るのだろうか。


「さっきの黒法のことなんですけど、」

「あ、うん。あれはごめんね、正統を学ぶ人にしかけるべきじゃなかったよね」

「いいえ、そんなのはどうでもいいんですっ!」


 俄かに声を上げる玉蘭に、タイラーならずも目を見張れば、


「あたし、4大の手法で黒法を現出させることができるなんて、全然知らなかったんです。どこで学ばれたんですか!?」

「ん、と……ね、その前にこっちから質問いい?」


 口許へ貼り付く笑みに、伸ばした手を引っ込めた玉蘭。何のつもりがあったのか、ごめんなさいと繰り返しながら真っ赤になっていた。


「玉蘭の使い魔、凶暴なの?」


 まだ半歩後ずさり、アルシアは身軽に振り返る。


「は……い?」

「タイラーは喧嘩っ早いとか?」

「----それはないと思いますけど」

「じゃあ、疑問に感じること、あるよね。二人とも」

「……やっぱり仕掛けられてたんスか」

「だとしたら、どこで? それは何?」


 さらりと問われてはっとするも----遅かった。

 地を蹴ったとも見えなかったアルシアは大きく後方へ飛び下がり、釣られて踏み出したタイラー達の歩は薄い光の膜によって制された。

 咄嗟に出た手が触れるはゼロの質感。だが確かにそこには、肌で感じる障害物がある。少し温みを感じる水のようなもの。


「シールド……」


 呆然たる玉蘭の声が、少したわんで聞こえてくる。


「それはもっと大きな限定空間のことだね。これはフィールド。大丈夫、有害な仕掛けは何もないから。正解するまで出られないだけさ」

「出られない……って、まさか……」

「一年間そこに居てもいいけどさ、この程度が解けないなら、オレが教える意味ないと思わない?」


 悪びれない笑顔が告げるは、いきなりの実地。

 思わず顔見合わせた二人に向けて、アルシアはさらりと言い切った。


「市街の外れに住処があるんだ。夕食までにはおいでね、待ってるよ」


 ひらひらと手を振り----消えた。

 小憎らしい笑みに陽光重なったと見えた瞬間、華奢な姿は溶けるように見えなくなったのだ。

 弟子志願者に苦情申し立てる資格はないと言わんばかりで。

 追い縋ろうとでもしたらしい、伸ばされた己が手さえも恨めしく。

 愚かさに拳叩き込んでみても、視認レベル・ゼロの魔力の壁は当然ながらに小揺るぎともしなかった。


 南国の陽はまだまだ高い。



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成せば成るかもしれないぼくら 霧衣【低熱式端末】 @teinetushiki

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