あいつはそれを信じてる ~Twilight Alley~

侘助ヒマリ

Another story from TAMA’s side

 俺と同じ髪の色をしたそのひとは、いつもカーテンを締め切った薄暗い部屋のベッドで過ごしていた。


 まだ幼かった俺は、優しく美しいが病で部屋から出られない年の離れた姉よりも、年が近くて一緒にやんちゃができる家臣の子ども達と遊ぶ方が楽しかった。

 だから、俺が覚えている姉との思い出は指を折り曲げて数えられるくらいしかない。

 そんな記憶の中の一つ。




「姉さま、どうしていつも部屋を暗くしているの?

 明るいお部屋にした方が、姉さまの病気も良くなるんじゃない?」




 彼女の薄暗い部屋に見舞いに行くたびに、幼い俺は馬鹿みたいに同じ質問をした。


 すると、彼女は決まってこう答えるんだ。



「姉さまの大好きな人が、いつ来てもいいように、よ?」



 薄闇に浮かび上がるほど白い肌をした姉はいつも幸せそうに、けれども儚げに微笑んだ。

 大好きな人と会うことと、部屋を暗くすること。

 俺にはその二つがさっぱり結びつかず、いつも首をかしげたものだった。



 もうひとつ。


 姉が亡くなった夜のこと。


 いつものように見舞いに行こうと城の廊下を曲がると、姉の部屋の手前で母が泣いていた。


「今ね、姉さまは愛する人と最後のお別れをしているの。

 だからタ・ムーアもここで待っていて」


 最後のお別れの意味がわからなかった俺は、ひたすらに涙を流して俺を抱きしめる母に戸惑いながら突っ立っていた。

 やがて、姉の部屋から一人の青年が出てきた。


 幼子の俺ですら息をのむほどに美しいその男の頬には幾筋もの涙が伝っていて、俺はようやく「最後」の意味を理解した。


「シャ・クーラは…たった今…」


 それだけ言うと、男は顔を歪ませて母に深くお辞儀をし、身を翻して風のように消え去った。


 泣き崩れた母を残し、薄暗い姉の部屋に俺が駆け入ると、いつものように姉がベッドに横たわっていた。

 その顔は夜闇に浮かび上がる雪のように白く冷たく、すぐに消えてなくなってしまいそうで。

 けれども俺の記憶にずっと残るような、満ち足りた微笑みをたたえていた。



 そんな最後の姉の記憶を刻んだのが、ずいぶん昔の今日のこと。



 俺は記憶の断片を拾い集めながら、突然倒れたキュウの深い意識を手繰り寄せるむっちゃんろくの話を聞いている。




 そうか。

 だから俺は──




 魔王おやじ後妻オンナに手を出した罪でキュウがしょっぴかれてきた時も。


 その後、俺が許嫁との婚約を一方的に破棄して親父の怒りを買い、落とされた下界でキュウと同じToTレストランで働くことになった時も。


 キュウが店に来る女性客を仕事そっちのけでたらし込んでspiritを吸いまくる時も。


 こいつのこと、そんなに悪いヤツじゃねえ、って心のどこかで思ってたんだな。




 姉さんに、満ち足りた最期のひとときを与えてくれたヤツだったから──。




 ろくが中継するキュウの夢に、皆がしんみりとする中で、


「…シャ…クーラ…?」


 姉の名を呟いたキュウが目を覚ました。


 うっしーは同情と安堵で泣き笑い、フランケンやミイラ男のミィ、わびすけやサトリもほっとした表情を浮かべている。

 早速シルフ妖精がキュウに憎まれ口を叩いているが、あいつだってキュウが目を覚ますまでは落ち着かない様子でキュウの周りを飛び回っていたくせに。


 キュウはずっと心の奥底に溜めていた過去を吐き出してすっきりしたようだった。


 🌸


「玉子頼んだやつ誰だぁぁぁ!!俺にいくつ割らせる気だぁぁぁ!!!」


 忌々しいことに、今日も一日玉子料理のオーダーばかりが俺の元へ届く。


 誰か手の空いてる奴に玉子を割らせようとカウンター越しにホールを覗くと、いつものようにバーカウンターで女をたらし込んでいるキュウの姿が映る。


「おらぁ!キュ……」




 怒鳴りかけて、やめた。



 あいつ、昨日倒れたばっかりだからな。

 貧血のヴァンパイアのくせに、女の首には牙を立てられねえらしいから、spiritくらいは吸わせてやらねえと、か。


「おい! ミィ! ちょっとこっち来て玉子割ってくれ!!」


 代わりにミイラ男を呼びつける。


「王子、包帯に玉子がついちゃいました」

「このクソ忙しいときに何やってんだ!

 さっさと包帯変えてこい!

 てゆーか包帯なんざ取っちまえ!!」


 怒号と共に放ってもまだ腹の中に残る魔力をため息で吐き出して、俺はバーカウンターにいるキュウをちらりと見た。


 恍惚とした女の唇から離れた口の端に、鋭い牙がキラリと光る。



 どうやらspiritを吸えたらしい。



 ヴァンパイア族と王家は俺らの親父同士が仲違いして以降、キュウの罪状も重なって関係は冷え込んでいるけれど。


 そんなつまらねえ因縁を俺らの代まで持ち込むつもりはない。


 キュウ。

 いつか俺に話してくれよ。


 俺の記憶には掬い上げられなかった、元気な頃の姉さんのこと。

 魔界の真っ赤な月の下で、あのひとがどんな風に笑い、どんな足取りで歩き、どんな場所に行きたがっていたのかを。


 🌸


「今年も綺麗に咲きましたね」


 メインストリートから二本裏通りにある俺たちの店 “Trick or Treat”。

 蔦の絡まるレンガ造りの洋館だが、石造りのアプローチの横に、一本の桜の木がある。


 秋には落ち葉で掃除が大変だし、夏には毛虫が落ちてくるし(毛虫が苦手だなんてことは断じてない!)、花の咲くたった一週間のためになんでこの店に植えてんのかと正直面倒くせえと思っていたけれど。


 今なら、わかる。

 誰がここに桜を植えたのか。

 どんな思いで桜を植えたのか。



「今年は桜の期間限定メニューでも考えてみるか…」


 思いつきでぽつりと呟くと、隣で桜に見蕩れていた希咲きさきがくりっとした瞳を輝かせた。


「素敵! スクランブルエッグを菜の花に見立てれば、春らしいメニューが出来そうですね!」


「新メニューまで玉子料理かよ!!」


 俺のツッコミに軽く肩を竦めた希咲はふふっと微笑んで、こつんと俺の肩に頭をのせ再び満開の桜を見上げた。



 俺も彼女の視線の先にある、華やかで美しい、けれども脆くて儚げな桜の花を見つめる。


その神々しさは、散り際に短くも満ち足りたひとときを過ごした姉の笑顔と重なって。




 姉さん──





 キュウに伝えた貴女の願い、いつか実現してやってくれよ。




 あいつ、姉さんのこと、ずっと信じて待ってるつもりみたいだからさ──




 fin

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