エピローグ
エピローグ
九月八日、降星祭が幕を開けた。各クラスは模擬店やアトラクション、演劇などの出し物を用意し来場客を楽しませる。
特に二年C組の演劇「銀河鉄道の夜」はAチームとBチームに分け交代で公演を行なっているが、その完成度の高さからどちらも全公演が満員になるという大盛況である。
一番後ろの背景は天の川をモデルにした巨大ペイント。その前に客車の側面を意識した壁、さらに椅子を二つつなげ、まるでクロスシートの列車に乗っているかのような舞台空間を作り出している。
「切符を拝見いたします」
セーラが下手側から、車掌の格好をして出てくる。それに対し、ラフな格好の鳥捕り役である金城が小さな切符を見せ、カムパネルラ役の翼も小さな鼠色のきっぷをセーラに対して見せる。
「さあ、あなたも」
ジョバンニ役の松木は上着のポケットを探り、四つ折りになった緑色の紙切れをセーラに渡す。セーラはその紙切れを開き、驚いた様子の演技をする。
「これは三次空間の方からお持ちになったのですか」
「何だかわかりません」
松木が答えつつ笑う。
もう一つ、注目の演劇とされたのはさくらの所属する一年D組で、演目は「机上詩同好会」。物語の舞台がこの高校であるとの噂も手伝い、係の手が空いた生徒たちがこぞって見にきていた。翼達も例外ではなく、翠の強い要望で偵察も兼ね、訪れている。
「ねぇ、藤田くん」
さくらが、ノートに何か書いている様子を見せる男子生徒役に話しかける。
「ん、何?」
男子生徒役の少年が顔を上げると、さくらは机を指差し、言う。
「この詩、いいと思うなー」
「どんなところが?」
男子生徒役が聞き返すと、さくらは少し考える素振りを見せた。
「なんというか、きれいごとはきれいに、暗いことは暗く、正直に書いてある所かな」
「まあ言われてみれば、そうだな」
「でしょ! ここの教室って落書きの宝庫だよね! でもこんないい詩も混ざってる。──そうだ、部活作ろ!」
いきなりの提案に、男子生徒役はとまどいを見せる演技をする。
「部活作ろって……言われても……」
「名前はそうね……机上詩同好会がいい!」
さくらは満面の笑みで、演技をしていた。
劇が終わると、満場の拍手に包まれる。
「机上詩同好会、よかったよねー!」
翠は感激して、涙を見せながら翼達に話しかけた。
「まったく、翠は大袈裟なんだから……」
それに呆れるのは歌穂の役目。
「大袈裟って、すごいと思わなかったの、かほりん!? 感動しなかった!?」
「確かに演技はすごかったけど……」
こほん、とわざとらしくセーラが咳払いをする。
「物語の再現性では負けていても、演技ならこちらも負けていられないわ。それに勝負は明日よ、一般公開ということは『机上詩』の物語を知らない人も多いわ。対して、こちらは知名度に勝る『銀河鉄道』よ」
「そうだねセーラちゃん! よし頑張ろう!」
おー、と翠が右手を上げる。そこに、
「セーラ先輩♪」
後ろからセーラに、女子生徒が抱きついてきた。
「演技どうでした? 上手くなりましたよね!」
「そうね、昔と比べたらだいぶ上手になったわ。公私混同してMSWの方で演技つけてもらった甲斐があったわね」
「なんでバレてるんですかー!?」
ギクッ、とさくらは体を仰け反らせる。まあセーラに隠し事は通用しないから当然だな、と翼は見ていて心の中で呟く。
「セーラ先輩、そちらの劇も時間が空いたら見に行きますね♪ もちろん、セーラ先輩の回を狙って!」
ドタバタと、さくらは去って行った。
* * *
「大変だったわね、アキ」
「ええ、まさかアメリカがここまで執着してくるとは、予想外でした」
都内某所の喫茶店、話しているのはミナコとアキ。
「まあおかげで『こちらの』日本とのパイプも得ることが出来ましたから」
「どう、取り込めそう?」
「なんとか、なるかと」
「あくまで目標は『私達の』世界の維持。それを前提に補助金も出ている。解ってるわね?」
「もちろん」
NPA・国家平和計画局に追われる身だったアキは、事件をきっかけとして逆に日本国政府の情報機関、内閣情報局へのパイプを持つ身へと変化した。しかし彼はあくまで「クロスフィア研究所」のエージェントであり、内閣情報局の有利になる方向に働くとは限らない。
そして内閣情報局側の担当部署であるクロスフィア特命係の係長、加藤克巳も充分それを理解している。
「事前調整なしに世界と世界が交差すると、どちらの世界も崩壊する危機に最悪の場合陥ってしまいます。だから調律を行って世界をうまく調整させるのです」
「嘘、上手くなったわね」
「まあ、あんだけ追われると嘘にも慣れます」
ミナコとアキは持っていたティーカップで、軽く乾杯をした。
* * *
「少し、時間を頂けるかしら」
九月九日、星が丘高校玄関前。降星祭一般公開日が終了し、片付けのために動き始めた校内から藤枝たちが出て行こうとしていた。それを止めたのは、セーラ。藤枝達はキャリーケースをその手に引いている。
「ええ、多少なら新幹線の時間に余裕がありますが」
ぶっきらぼうに、藤枝が応える。
「ちょっとした、忠告よ」
こほん、とセーラは咳をしてから、話し始めた。
「神奈川にはあなた達の後輩がいるそうね。──神奈川でも、子ども警察官を狙って事件は起こるわ、あなた達の行動を封じるために。だから気をつけていて」
その表情は、セーラには珍しく、心配しているように見える。
「気には、留めておきます」
「……それだけよ」
それでは、と藤枝達は正門から出て行く。セーラはそれを見送ると、独り、誰にいうまでもなく呟く。
「もう、遅いかもしれないけどね」
* * *
九月十六日、十一時五十三分。
「バイバイ、幼い勇者さん」
銃弾が、女の持っていた拳銃から放たれる。その先には、男子生徒をかばおうとして立ちふさがった、セーラー服を着た少女の姿。
そして、少女の胸へと、当たった。
クロスフィア 愛知川香良洲/えちから @echigawakarasu
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