第四章・その4
翼たちが一年C組の教室へ戻ると、翠が駆け寄ってくる。
「セーラちゃん、いきなり出て行ったけど大丈夫!?」
「問題ないわ、ちょっと席を外さないといけなかっただけよ」
「体調でも悪かったの?」
そういうところよ、とセーラは無難にかわし、自分の席へ。教職員は事件後の対応を協議するために皆職員室へと呼び出されており、授業は自習となっていた。
翠はこそこそっとセーラの席へと近づき、顔を出す。
「本当に体調悪かったの? 確かに、朝からずっと調子は悪そうだったけど」
「さあね」
「ふーん、ってことはなんだろう……世界でも救ってた?」
突拍子もない発想に、二人の会話を聞いていた翼は吹き出す。
「何笑ってるの翼くん!」
「さすがに世界救うとか、ゲームじゃないんだから……」
といいつつ、セーラなら世界を救うくらい、やってしまいそうだとも翼は思った。
「そっか、セーラちゃんが教えてくれないなら翼くんから聞けばいいんだよね、翼くん!」
翠の矛先は、セーラから翼へと変わる。
「セーラちゃんと二人で、何してたの?」
「何って……日本を、救ってた?」
今度はセーラが吹き出す。完全に間違っているわけではないが、翠の「世界を救う」と発想は同じレベルだった。
「まさか、高校生が日本を救うとか、映画じゃないんだから!」
「いや鶴里さん、さっき同じようなこと言ったよね」
「何のことやら?」
そんな会話をしているところで、教室前方のスピーカーが鳴る。
『全校生徒にお知らせします。先ほど、不審者が校内へと侵入する事案がありました。当該人物はすでに逮捕されていますが、さらなる対応のために、今日の授業を打ち切ることに決定しました。生徒の皆さんは教員の指示に従い、順次下校してください。繰り返します──』
授業担当の水町も教室に戻ってきて、全校放送の内容を繰り返し伝えた。
一番近い状況ともいえる東海地震注意情報が出された時の対応マニュアルに従い、まず通学に一時間以上かかる生徒から下校が指示される。
「じゃあ、私は一宮だから」
歌穂は三人に声をかけて、先に教室を出て行く。翼をはじめ、セーラや翠は一時間圏内であるため待機である。
「不審者と、セーラちゃんが出て行ったことについては関係あるの?」
「さあ、ね」
その答え方は関係があると言っているようなものだと翼は思うが、指摘はしなかった。
しばらくして通学一時間以内の生徒達も帰ることが許され、翼達は坂を下る。
「じゃ、私はバスだから!」
地下鉄の入り口で翠と別れ、階段を降りたところで翼はセーラに聞いた。
「そういえば海部さんって、どこ住みなんだ?」
「この近くよ」
きっぱりと、セーラは答える。
「え、じゃあなんで、付いてきてるの」
「決まってるじゃない、アキを迎えに行くのよ」
* * *
星ヶ丘駅から高畑方面の電車に乗る。そこから七駅の間、セーラは無言で、つられて翼も無言のまま、電車に揺られる。
『まもなく、栄、栄。お出口は右側です。芸術文化センター、中区役所方面は後ろの階段をご利用ください』
「降りるわよ」
セーラが口を開く。
「……アキは、栄にいるのか?」
「そう遠くへは逃せないわよ、さすがに私でも」
いや、栄にいたことすら知らないんだけど。翼は思ったが、言っても仕方ないと思い口には出さなかった。
エスカレータを上がり、改札を出る。この道は、翼にも覚えがあった。
「確か、あの時も……」
「そうよ。アキと初めて会った、オアシス21よ」
初めてセーラと会ったあの日のように、エレベーターで屋上階へ。ガラスの床面を歩き、同じく半周したところに、あの時と同じくアキが立っている。
「災難だったわね」
セーラがアキに、声をかける。
「いえ、そちらこそ。私を助けたせいで、狙われる身になってしまい申し訳ありませんでした」
「まあ、その辺りも解決したからいいのよ。──この少年のおかげでね」
ただ親子関係を利用されただけだとは、あえては翼も言わない。言ってしまったら負けたような気がしていたからでもあるが。
「日本政府との窓口は確保してあるわ、うまく動けば佐藤総理大臣までつながるパイプよ。──どう使うかはお任せするけど」
「さすが、セーラさんですね。こちらが見込んだだけはあります」
「でも、私自身は、これ以上あなた達に協力するつもりはないわ」
じっと、セーラはアキの目をみつめる。
「この世界を滅ぼすなんてことに、手を貸すつもりはないの」
「……その情報は、どこから?」
「現にそちらの世界にも、反対勢力はいるじゃない。情報は入ってるんでしょ?」
アキは目を閉じ、何かを思い返しているようだった。
「PAU、世界の各都市に甚大な被害を与えた飛翔体を呼び出したのが彼らだってことは、さすがに掴んでいるわよね」
「ええ、私の地元・福岡も飛翔体の被害に遭いましたね。PAUの一員とみられる人物にも、ミナコが接触しています」
翼はそんな災害は聞いたことがなかったので、「あちらの世界」での出来事だと自然に理解する。
「PAUも、私に接触しているわ」
アキは、驚きを隠せない様子でセーラを見る。
「まさかそんなはずは……。通信ですら不安定極まりないのに、『ゲート』を開けるなんて、政府レベルじゃなきゃ至難の業なのに! そのような技術を持っているのは、日本だけのはずなのに!」
「さすがに方法までは知らないわ。だけど、あなたと会う前に接触してきたのは事実よ」
「早く対処しなければ……予定外の事態になってしまう前に……」
セーラは、名刺サイズの紙をアキに渡す。
「内閣情報局クロスフィア特命係・武雄良樹の携帯電話番号よ。彼経由で政府と接触するといいわ」
「ありがとうございます、ではこれで」
足早に、アキは去っていった。それを見送り、セーラは呟く。
「これで、よかったのかしらね」
「……海部さんがいいと思うなら、いいんじゃないかな」
よくは話が解らないが、人助けになったのならいいのではないか。翼は安直に、そう考えていた。
「そうね、そう思い込むのも、大切なことだわ。──さて、せっかくだから劇場に行きましょう」
「劇場?」
「さくらちゃんの活躍する劇場よ。この近くにあるの」
セーラは微笑んで、翼の手を引っ張った。
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