第四章・その3
「なかなか連絡、来ないね」
「当たり前よ。普通こんな交渉、すぐにまとまるはずがないわ。そこを無理矢理押し通しているのよ」
翼とセーラは未だ、渡り廊下で狙撃手から身を隠しつつ連絡を待っていた。
「次の授業は、体育だっけ」
「どう転んでも外での授業はないから安心して」
安心して、と言われても安心できるような状況ではない。
「どこまで迅速に判断を促せるか、見ものってところかしら。──来たわ」
セーラの持っているスマートフォンが震えて、着信を伝える。数秒待って、セーラは電話を取った。
「もしもし」
『NPAは即時日本国内での工作活動を停止、君の命が狙われる心配はなくなった。これで、満足か?』
「ええ、もちろん」
克巳からの電話に、セーラが応答する。番号を通知してかけたのも、要望が通ったか報告させるためあえてやったことだ。
『アキの身柄については、どうなっている?』
「某所にて保護しているわ。そちらが望めば、すぐにでも面会できるけど?」
『いや、落ち着いてからで充分だ。ではまた連絡する』
「ええ、待っているわ」
セーラはスマートフォンから耳を離し、通話を切った。
「賭けは成功よ」
セーラの持つ情報網はセーラ自身がいなくても機能するよう設計しているものの、対外的にはセーラが中心にいるように見えるネットワークだ。その情報網の中枢を喪失するというリスクに翼という「個人的圧力」を加え、天秤にかけさせた。もし克巳が息子を切り捨てる覚悟を持ってして、仕事を優先していたらどちらに転んでいたか判らない。
「まあ、毎晩電話をかけてくるような親だから、息子を切り捨てるようなことはないと踏んでいたけどね」
「それもある意味、情報か」
「そうよ、勝つ前提の賭けだったわ。──さて、アキを迎えに行かないとね」
セーラは微笑む。が、
銃声と、ガラスが割れる音が響きわたった。
「え、終わったはずじゃ」
事件は終結したと思い込んでいた翼は、予想外の事態に頭がついていかない。
「下に降りるわよ」
さすがにセーラも、慌てた様子で東階段へと向かった。
* * *
「そうね、神奈川じゃなくても、ここで撃ってしまえばいいのよね。そしてNPAは実行犯と連絡を取っていなかったと言い訳することが出来る。この可能性を忘れていたのは不覚だわ」
セーラ達は下へと急ぎ、階段を降りる。
「あの二人が危ない、ってことか」
「ええ、極めて危険な状況が、続いている」
東階段を一階まで降りると、セーラは中庭へと出た。セーラの後を追うように翼も駆け出ると、池を挟んで向こう側に女らしき人影、こっち側に藤枝達だろう、制服姿の男女がお互い銃を構えて向き合っているのが見える。
「本部CPです。今すぐに銃を置き、投降してください」
森岡が呼びかけているが、女はそれどころか銃を森岡へ向けた。それに反応して、二人の持つ拳銃の銃口も、女の足元へと動く。
「これ、やばいんじゃ」
「静かにして。さすがに私も、情報戦以外の戦いは苦手なの。せっかく守った命、無駄にするわけにはいかないわ」
「でも──」
「彼らは『伝説の』の二つ名がつくのよ、信じてみようじゃない」
セーラにしては「信じる」なんて、変なことを言うんだなと翼は思う。
「あら、指がトリガーにかかってないけど大丈夫?」
女が声を発すると、藤枝はニヤリ、と笑う。
「いや、これで正しいんですよ」
「なぜ正しいのかしら? それじゃあ銃が撃てないじゃない」
「そう、トリガーを引けば弾が出る。でも意図せず引いたら暴発になるわ。警察、いや銃を扱うものにとって、直前までトリガーにかけないというのは基本のルールよ」
「そう……」
銃を向けられてもたじろうことのない森岡の解説を聞き、女は、
発砲した。
パン、と火薬が破裂する音とともに女の銃から弾が飛び出し、空気を切り裂いて森岡の左胸へと進む。そのまま、接触。その弾はセーラー服の生地を破き、しかしその生地に勢いを吸収され、進行力を失う。進行のベクトルを失った銃弾は、地球の引力に引っ張られ、地面へと落ちた。女には訳がわからない。
その一瞬の間を突き、藤枝が銃を三段式警棒へと持ち替え一度空を切って伸ばし、手元でその上下を入れ替えてグリップ側で女の右手を打つ。怯む女の手から拳銃が落ちると、そのままタックルするように女を地面へと倒れさせ、手錠をかける。
「銃刀法違反、あと殺人未遂、公務執行妨害の現行犯で逮捕」
それを合図にしてか、正門側から多数の刑事達が流れ込んできて女の周囲に集まり、連れて行く。その後近くにいた制服の二人と少し話した後、セーラ達の方に近づいてくる。
「怪我は」
心配そうに聞くセーラに対し、二人は応える。
「ないです」
「撃たれはしましたが、このセーラー服、防弾生地なんですよ」
藤枝たちはこういう事態に備え、防弾生地を織り込んだ制服を着用していた。最後女が発砲し森岡へと当たったものの、大した怪我もなく済んでいる。
「問題は静ちゃんと水樹くん。ガラスを割っただけだったとはいえ、二人に対し撃たせたのは防ぐべきだった。これが反省点」
「臨時に雇われた子ども警察官、だったわね。名目上はこの『特殊』な高校の警備のために」
一発目の銃声は、女が正面玄関に向けて発砲した時の音。そこには「子ども警察官」水樹渉と入野静の二名がいたのだ。
「そうね、一歩間違えば、子ども警察制度が危機に陥っていたかもしれない」
愛知県警の公安一課長が藤枝たちに捜査協力して欲しいということで、その代わり二名の生徒を臨時採用として高校の警備に当たらせるという荒技を強制させている。セーラにとってみれば公安一課長がNPAに協力し、今日のために準備したようにも見えてならない。
「セーラ先輩と翔子ちゃんたちが無事で良かったです!」
いつの間にかさくらも教室を抜け出し、様子を見に来ていた。さくらに限らず、教室からは生徒たちが顔を覗かせている。
「さて、後始末ですか……」
「そうね、情報操作も大変だわ」
セーラと藤枝たちは目を合わせ、頷いた。
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