この空を飛べたら
無謀庵
この空を飛べたら
セルリアン問題も片付いて、平和な港近く。
「みゃ―――――!」
木の枝が折れる音とサーバルの悲鳴に、かばんは顔を振り向ける。
どしゃっと土に墜落する音がして、心配して心は動いたが、体は特に動かなかった。
さすがにもう、慣れてしまった。
サーバルは頑丈だ。木から落ちるくらいは平気だろう。
「まったく、飛べないというのは不便なものです」
同じくそれを見ていた博士も、特に心配はしていないようだ。
「空を飛べたら便利ですねえ」
「サーバルもヒトも飛べないものなのです。飛ぶのは鳥の特権なのです。賢い私が断言するのです」
かばんは苦笑する。飛べないことは自分でもよくわかっている。
そして、タイリクオオカミ作のマンガの続きに目を落とす。文字なしのサイレントマンガだが、キャラクターの動きや表情でよく物語を伝えている。かなり見事な作品だ。
隣では、博士が動物図鑑を眺めている。
コンサートステージでPPPが新曲の練習をしているのが聞こえる。音響機器もすっかりマーゲイが使いこなしている。
(なんでそんなことができるんだろう?)
ふと、かばんは気になってしまった。
動物は本なんて読めないし、マンガなんて描けないし、オーディオ機器を扱えないし、マイクを持って歌って踊ったりできない。
ヒトの体になったからできるのだろうか。
でも、ヒトの体でできなくなることもあるはずだ。
でも相変わらず鳥のフレンズは空を飛べる。ビーバーは前歯で木を倒せるし、カメレオンは体の色を変えられる。
フレンズができることと、できないこと、違いはなんだろう。
そういう、根源的疑問がかばんの脳裏を襲い、一瞬、目の前が暗くなる気がした。
「落っこちちゃったよー」
サーバルはやっぱり無傷で、いつもどおりに笑いながら戻ってきた。
「ねえサーバルちゃん」
真剣な顔で、かばんが声をかける。
こういう時は、何か面白いことを思いついたときだ。サーバルは期待の目で振り向く。
「サーバルちゃんも飛べるんじゃないかな」
そういうかばんの頭上を、トキが飛んでいる。明らかに小さすぎる翼を、羽ばたかせもせずに、ふよふよと。
そしてかばんは、プレーリードッグとビーバーの手を借り、一対の翼を作り上げた。
腕より少し長く、肩から腰くらいの幅。木材を組み合わせた骨格に布を張った、簡素だが頑丈なものだ。
「この羽根で飛べるんだ! さすがかばんちゃんだね!」
「空気を上から下に押す感じで動かしてみて」
かばんが手振りで指示を出す。
ヒトなら、こんな翼で空は飛べない。それはわかっている。
「あっ! すごーい! 飛んだー!」
ぶわっ、という羽ばたきとともに、サーバルの体は大きく浮き上がった。
「続けて羽根を動かして!」
「うん!」
サーバルはどんどん上空へ。そして勝手にコツを掴んで、真上ではなく前へ進み始めた。
飛べないフレンズたちが走って追いかける。自分も次に飛びたいと叫びながら。
「あんなもので飛べるはずがないのです。こーくーぶつりがくに反するのです」
「きっと我々は夢を見ているのです。賢いので夢くらい見るのです」
博士と助手は、愕然としている。
かばんの仮説はこうだ。
フレンズは、自分ができると思っていることなら、できてしまうんじゃないか。
鳥のフレンズだって、物理的には飛べないはずだ。でも、自分が飛べると信じているから飛べているのでは。
ならば、ヒトの作った不思議な翼という、信じられるモノを与えたら、無邪気なサーバルは自分が飛べると思うはず。
そうしたら、飛んだ。
さらにもうひとつ確かめるべく、かばんは口を開く。
「こーくーぶつりがく、では、博士さんの小さな羽根で空は飛べないんじゃないですか?」
口にすると、禁忌に触れる恐怖と興奮が、心の奥に沸いた。
「な、なにをいうですか。飛べるに決まっているのです」
明らかに動揺している博士が、頭の翼を開いて、ばさりと羽ばたく。
小さな風が起こって、それだけだ。
「あれ、あれっ……!?」
助手も同じように羽根を動かすが、体は飛び立たない。
自ら疑問をいだいたことで、翼は失われてしまったのだ。
やってしまってから、これで博士と助手から空を飛ぶ力を奪ってしまったと、酷く後悔したかばんだった。
しかし翌日になると、気を取り直した博士と助手は、また空を飛んでいた。
「我々が飛び方を忘れるわけがないのです」
「我々は賢いので」
確かめるように、くるくると空に円を描いていた。
フレンズたちはまるで他者を疑わず、責めもしない。
それは、自分に疑問を抱くと、力を失ってしまう存在だからではないか。
「博士さん、きれいに飛びますね」
美しい滑空を続けるふたりに、一声かけた。
「当然なのです」
無音で胸を張る博士と助手の向こうに、ばっさばっさと頑張って飛んでいるサーバル。
この空を飛べたら 無謀庵 @mubouan
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