第二十九回 筑前的BOOKS OF THE YEAR2018

 2018年最も面白かった本を決める、筑前的BOOK OF YEAR。

 今回で7回目を迎えました。

 2018年の結果を発表する前に、これまでの結果をおさらいしましょう。



BOOKS OF THE YEAR2012


1位 笑う警官(佐々木譲)

2位 東天の獅子(夢枕獏)

3位 制服捜査(佐々木譲)


BOOKS OF THE YEAR2013


1位 秘密(池波正太郎)

2位 ジョーカーゲーム(柳広司)

3位 夜明けの星(池波正太郎)


BOOKS OF THE YEAR2014


1位 廃墟に乞う(佐々木譲)

2位 群雲、関ケ原へ〈下〉(岳宏一郎)

3位 絆―山田浅右衛門斬日譚(鳥羽亮)


BOOKS OF THE YEAR2015


1位 忍びの国(和田竜)

2位 秘伝の声(池波正太郎)

3位 用心棒日月抄(藤沢周平)


BOOKS OF THE YEAR2016


1位 宮本武蔵(吉川英治)

2位 双頭の鷲(佐藤賢一)

3位 孤剣(藤沢周平)


BOOKS OF THE YEAR2017



1位 ヤマの疾風(西村健)

2位 伊賀の残光(青山文平)

3位 アリゾナ無宿(逢坂剛)


2017年は、筑豊を舞台にいた作品が受賞しましたが、2018年を制した作品を発表します!


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1位 犬の力(ドン・ウィンズロウ)


 メキシコの麻薬戦争を、数十年の年月で追いかけた大河的なノワール小説。この作品は、衝撃である。圧倒的である。ストーリーも文量も登場人物の多さも、圧倒的に面白い。これがアメリカのエンタメか!!と、目を覚まされた気分。それほどの作品だった。海外文学が僕の創作領域に突然現れ、眠っていた脳味噌を叩き起こしてくれた。まさに黒船来航。この作品は、僕の物書きとしての人生を左右する一冊になるであろう。万人にお勧めはしない、むしろ読んで欲しくない。そんな作品でした。文句なしの1位です。


2位 ファントム・ピークス(北林一光)


 ソレがいないと、何故言い切れるのか?九州の山にはソレがいないから、安心して登れると信じ切っている僕に、警鐘を鳴らす作品でした。「まさか!」という理由で、本来いない場所にソレが現れるかもしれない。この作品は、その「まさか!」を描いた作品。ハラハラドキドキでページをめくる手は止まらない。まるでアメリカのパニック映画のようで、かと言ってラストは日本のホラーらしくもあり。


3位 南海放浪記(白石一郎)


 鎖国前夜の日本。主人公の岡野文平は海外で一旗挙げよう海外に乗り出すのだが――。時代は山田長政死後から始まるので、海外でブイブイ言わせていた日本人勢力が斜陽の時期。そこで描かれる悲喜交々が人間をよく捉えていて、また平易ながら巧妙な文体には心地よさもあり、物語に没入させる。ラストは予想出来るものだが、それでなお満足させるのだから白石御大は本当に凄い。同著者の作品には山田長政を描いたものもあるので、そちらを先に読むと「日本人の時代」の終焉を、より侘しく感じられるかもしれない。


4位 陰の季節(横山秀夫)


 Ⅾ県警シリーズ第一弾。捜査員を登場させず、人事・警務・秘書という裏方に焦点を当てた、当時の警察小説の中で画期的となった作品。収録4編どれも秀逸だったが、婦警を焦点にあてた「黒い線」がお気に入り。侮られまいと志を立てる婦警の決意に、僕は勇気を貰えました。


5位 幕末新選組(池波正太郎)


 同じ新選組の「近藤勇白書」に比べ、嬉々として池波御大が書いているのが、行間から滲み出てくる。日増しに驕慢になる近藤に比べ、終始江戸っ子気質の永倉の方が、池波御大は感情移入出来るのだろう。かっこくよく一本気な永倉に対し、近藤勇はシニカルに描かれている。それは「近藤勇白書」でも描かれた事で、土方もあまりそこと変わらない。相変わらずテンポもいいし、面白い歴史小説であった。


6位 刺客~用心棒日月抄~(藤沢周平)


 これは素晴らしい不倫小説!不倫であるが、刹那的な男女の情愛が胸を突く。昨今、ゲス不倫だのなんだの言われておりますが、藤沢周平の手によれば不倫であっても、美しく切ないドラマになる。本作は「用心棒日月抄」の第三作。一連の陰謀に終止符がつく物語である。詳しい感想など、無粋。それぞれ読んで感じて欲しいのだが、僕はこの不倫時代小説があと一巻しかないのが、本当に悲しい。


7位 撃てない警官(安東能明)


 日々幅を広げる警察小説の中でも、本作品は管理職系警察小説になる。警官の拳銃自殺事件で、上司の策略もあり一人だけ責任を取らされた主人公が、左遷先の警察署で様々に事件を通して、警官として覚醒していくという連作短編。この作品、主人公のキャラがいい。徹底した事務方で、捜査経験も逮捕経験もない。そして刑事を毛嫌いし、距離を置いている。そうした主人公から見える刑事たちの有様が新鮮で、読ませてくれる。特に、日本推理作家協会賞を受賞した「随監」が特に素晴らしい。警察とは?正義とは?と改めて考えさせられ、そしてこれはサラリーマンにも通じる。組織の中で、どう生きるか?改めて思うに至った。この作品は連作短編だが、中心に上司への復讐があるので、長編としても読めます。これ、おすすめ。


8位 傷痕(北方謙三)


 北方作品の名脇役を主役に据えた、老犬シリーズ第一弾。終戦直後、主人公の良文は幸太と二人で孔雀城と名付けたバラックに住み、懸命に生き残ろうとする物語。終戦直後、何もない時代を生き残るのは、こんなに過酷なものなのかと痛感させられる。大人も子どもも関係ない。生きる為なら、互いを騙し合い奪い合うのも躊躇わない。こんな時代があったのだなぁ。読みごたえは抜群!


9位 戦鬼たちの海―織田水軍の将・九鬼嘉隆(白石一郎)


 この容量を一日で読み切ったのは久し振り。それだけ読ませる作品だった。主人公は九鬼嘉隆。九鬼家の次男坊に生まれ、本家を助ける為に信長に随身し成り上がっていく。だが、全ては信長が生きていた時の話。信長の死後は、その精神が摩耗していき、「日本一の海賊大将」の称号を得られるも、彼の権力が虚像になっていく様が哀しい。しかし戦国武将だからか、正室を側室に降格したり、利発な甥御を殺して本家を乗っ取ったりと、非情な所は共感できない。しかし共感出来ないからこそ、もっと文量を割いて書いて欲しかったな。


10位 蒼き狼の血脈(小前亮)


 ジョチの子・バトゥを主人公に、チンギス・ハン亡き後のモンゴル帝国、モンケのカアン就任までを描いた物語。久し振りに知的好奇心を刺激される良作でありました。偉大なる初代が死んだ後の、帝国内の暗闘は中々描かれる事は無いし、バトゥの西方での活躍も聞いてはいたが、物語として初めて読んだ。そのバトゥだけでなく、アレクサンドル・ネフスキーやバイバルスも登場するんだから、気分は「蒼き狼と白き牝鹿」状態。また、この作中でバトゥが繰り返し、帝国の再編(分裂)の必要性を説いていた。広大な領土を持つ帝国は自らの重みで自壊すると。いつもモンゴル帝国を大きく四つに分けた再編を「勿体ない」と思っていたが、これは帝国が生き残る為だったんだなぁ。 そして、この「蒼き狼の血脈」というタイトルは、バトゥはチンギス・ハンの正統な孫という意味ではないだろうか。能力的にも、一門で最もチンギス・ハンに似ている。その一方で、父親のジョチのように宿命を受け入れる度量は父譲り。客人という名を付けられ出生の秘密を有するジョチの子であったが、彼は能力をもってチンギス・ハンの血脈である事を示したのではないか。


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ノンフィクション部門


バッタを倒しにアフリカへ(前野ウルド浩太郎)


 「面白い本」は尽きない。それを実感した一冊。タイトルからまずふざけているが、全編を通してそんな感じ。でもおふざけの間に、苦しいアフリカの現状、中々食べていけない研究者の現状が記されており、色々と考えさせられる。その上で、何かを好きになる事の素晴らしさや、夢を追う事の厳しさ楽しさも込められている。笑いあり涙あり人情あり、これは人間賛歌!


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 今回の選考は、まず「犬の力」が圧倒的で、それ以降の作品の選考が困難でした。それほど、「犬の力」が凄かった。

 皆さんも是非、読んでみてください。物凄い作品です。

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筑前読書忍法帖~これを読まずに死ねるか!~ 筑前助広 @chikuzen

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