第2話 Go to 異世界!

「拓哉、賄いに行って良いぞ!」

 「おぅ!」

 父に言われ、タクは休憩室へと向かう。

 勘定に来たカップルが、

 「オーナー、拓哉君はいい腕してるから、羨ましいぜ」

 と、こんな事を言う。

 「あいつの腕は、まだまだだよ。 しっかりと修行させてあげなきゃ、一流になれないからな」

 タクの父は、あきれ顔で答える。

 「でも、将来はここを継ぐのかしら?」

 「だが、あいつはゲームの中の料理をフレンチで再現する店を開きたいそうだ。 ま、新しい発想は何時の世も必要だしな」

 タクの父は、もう1人の客にそう言った。

 「高校を卒業したら、フランスにいる私の知り合いの店で修行させるの。 あの人なら、拓哉を受け入れるはずだから」

 タクの母が、付け加える。

 そんな賑やかな店の裏手では、

 「今に見ていろ。 お前らの幸せも、この店も、ここまでだ……」

 男がリュックサックに入れてあった缶から灯油を撒き散らす。

 「嘘っぱちで図に乗る店に、鉄鎚を」

 マッチに火を付け、それを灯油の池に投げ入れる。


 賄いを済ませ、厨房に戻ったタクは、

 「ん? 灯油の臭い……?」

 異臭を感じた。

 次の瞬間、凄まじい勢いで炎が厨房に飛び込む。

 「うわっ、火事だ」

 叫びながら、タクは備え付けの消火装置を作動させるが、消火液が出てこない。

 「無駄だ。 この店の防犯システムは、俺が消去した。 逆らう事が出来ないようにな……!」

 少し離れた位置で、男は店が燃える様子を見ながら呟く。

 けたたましくサイレンが鳴り響く。

 どうやら、消防車が来たようだ。

 現場に到着すると同時に、消防士達が消火準備を始める。

 「なにすんだよ!」

 男が消防士達に向かって突っ込み、持っていたナイフで斬りつける。

 「俺の裁きに、水を差すな! この偽善者どもが」

 高らかに消防士達を見下す男に、

 「公務執行妨害罪、並びに放火などの容疑で現行犯逮捕する!」

 居合わせた警官が手錠をかける。

 「正義ぶってんじゃ無えよ! この税金泥棒が!」

 警官に男が、唾を吐きかける。

 そして男は、呆気なく連行された。


その頃 、燃え上がる厨房ではタクが倒れていた。

 (僕は、このまま死ぬのか?)

 意識が朦朧とする。

 周りは炎の海。

 (嫌だ、死にたくない!)

 夢がある。

 それが打ち砕かれようとしている。

 タクが絶望しかけたその時、

 [大丈夫、貴方を死なせない]

 と、頭に声が響く。

 (え)

 困惑する中、タクは眩い光に包まれた。


 「う、うぅ……」

  タクは、うっすらと目を開ける。

 そこは、埃を被ったベッドの上だった。

 「げほげほ……」

 起き上がりながら辺りを見回す。

 周りは、木造建築らしき建物の中。

 窓から差し込む木漏れ日の光が、タクを優しく包む。

 「ここは、何処だ?」

 [やっと目が覚めましたね]

 困惑しているタクの頭にまた響く声。

 「あ、あんたは誰だ」

 突然の声に、タクは驚く。

 [あまり説明すると長くなるので、とりあえず、貴方をこの世界へ転生させました]

 謎の声は、タクを異世界へ転生させた事を告げる。

 「いわゆる、異世界転生ってやつか! で、何で僕なの?」

 タクが尋ねると、

 [貴方の料理、とても美味しかったからよ]

 謎の声がきっぱりと答える。

 「そうなんだ。 でも、父さん達がいないこの世界で、やって行けるのか……?」

 タクは、がっくりと膝を落とす。

 [心配しないで。 私がいるわ]

 「え」

 謎の声の言葉に、タクは首を傾げる。

 [今から貴方に、ご両親の料理の腕前、貴方のゲームテクニック、この世界の知識、その他諸々をフィードバックするわ。 静電気が走る程度だけど、我慢して]

 その直後、タクの身体を何かが走り回った。

 「ーーっ!」

 余りの痛さに、タクは声にならない声を上げた。

 そして、

 「今日から僕は、マルスなんだ」

 新しい名前を言い、彼は隣に置いてある姿見を見た。

 タクの頃と変わらない顔立ちと身長。

 髪の色は、青みがかった銀髪。

 透き通る様な碧眼。

 冒険者を思わせる服装は、何処か懐かしかった。

 それが新しい自分、マルスの姿であった。

 「さて、これからどうするか」

 [そう来ると思って、貴方のこれからに必要なアイテムを手配しておいたわ]

 決意を新たにしたマルスは、謎の声に言われた通りに辺りを見回す。

 すると、ベッドの足元の机に現代的なノートが数冊と、立派な弓矢が置かれていた。

 「アルティメスに、父さん達のレシピノート! これで何とかいけそうだ」

 [私が出来るのは、ここまでよ。 後は、貴方の意志で切り拓きなさい!]

 マルスを励ますのを最後に、謎の声は聞こえ無くなった。

 「よし、いきますか」

 マルスはベッドから降りる。

 ノートを肩に掛けていたカバンに入れ、アルティメスを装備して眼前の扉を開ける。

 差し込む光で一瞬眩むと、目の前に広大な世界が広がっていた。

 鬱蒼とした森と、その先にある近世的な大都市。

 そして、果てし無く広い大海原。

 ここが、異世界であることをマルスに無言で語りかける。

 「あれがこの世界の貿易中継拠点、貿易都市国家≪アヴァロニア王国≫。 その王都・グレイテス。」

 謎の声からの知識を、マルスは口にする。

 途端、マルスの腹から空腹のサイレンが鳴り響く。

 「ま、とりあえず金と飯の調達だ」

 そう言いながら、マルスは今いる丘を駆け降りた。

 彼の夢が実現し、後に最高の店になる事を知らず……。


次回へ続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビストロ・クエスト ~ラ・ファエルへようこそ! 騎士誠一郎 @tk-12yk-04

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ