第2話 そんなこいつが大好きです!
立会演説会当日。
全校生徒が体育館に終結する。壇上の後ろには垂れ幕がかかり、立候補者の名前が書かれていた。
演説の順番は書記から始まり、会計、副会長、最後に会長立候補者が行う流れになっている。先に応援弁士が候補者の人柄を説明し、次に候補者自身が演説を行う。会長候補は全部で三人。ボス猿の篠川、順子、上級生のイケメン男子だ。
演説は滞りなく進む。そして、一番の盛り上がりとなる会長候補者の演説時間がやってきた。
トップバッターは篠川だ。彼女の応援弁士は一年先輩の女子。バスケ部のキャプテンで、後輩の篠川がいかに素晴らしいかを雄弁に語っていた。次に話す篠川は自信たっぷりな大きな声だった。表情も明るい。
「私は誰よりもこの学校を良くする自信があります。そのためには皆さんの意見を聞きいれ、日々努力していきたいと考えてます」
良くそんなこと自信満々に言えるなお前。日々努力するのは、お前の仲間だろう。
ある意味、感心する俺だった。
次に男子の演説が行われ、特につまることもなく終わった。
最後は順子の番だった。
順子の表情は、なんというか、見るからに緊張していた。顔面蒼白で石像のように固まっている。
頼む。ヘマはするなよ。絶対に、するなよ。
「最後は二年A組。守井順子さんの演説です」
順子は椅子から立ち上がろうとする。そのとき、足が椅子に引っ掛かったのか、こけそうになった。そのまま前のめりになる。しかし、つま先で何とか踏ん張り、どうにか転ばなかったようだ。
「す、すみません。すみません」
周りの候補者に謝る順子。篠川は笑いをこらえている様子。見ていた生徒からも失笑がもれる。
あちゃー。
俺は額を手で押さえた。見ていられない。恐れていたドジっぷりは、本番にこそ発揮されるものだ。
先に応援弁士の演説があった。順子の人柄を説明するのだが、どうも褒めているというか、けなしているニュアンスが強かった。元からやる気がないのだろう。本当なら制限時間いっぱい使って良い印象を与えるために演説するが、すぐに切り上げた。
そして、ついに順子の出番だ。彼女は緊張の面持ちのまま、演台の前に来た。そして、今までの演説者と同じように、セリフが書かれたカンペが入っているポケットをまさぐる。まさぐる。まさぐる?
順子の顔が真っ青になっていく。
ま、まさか……お前……。
「あ、あの……。私は……その……」
そのまま喋り始めてしまう。
忘れたのかお前! こんな大事なときに何で忘れるんだ! この馬鹿! ドジ!
「えっと、その……私が考えていることは……あ、あれ?」
言おうとしているんだ。おそらく、何度も読み返したセリフを。でも、不測の事態に混乱している。頭が、思考が出来ない、真っ白な状態。
ダメだ。こりゃ。
「皆が笑顔で……えっと、学校に……え、笑顔に……」
馬鹿だな。お前。
泣きそうな表情の幼馴染を見る。でも泣かない。
俺は知ってる。お前が本気で泣いたところは見たこともない。一生懸命で、頑固だ。一度決めたら前しか見ていない。だから小石に躓く。
「笑顔で……学校に、こ、これるように……」
そんなお前だから、俺は助けてやろうという気になる。
そんなお前だから……俺は……。
気づくと俺は駆けだしていた。
篠川が気に入らない。あんな奴に負けるなという思いはある。それ以上に、俺はあいつを助けたい。
皆の視線が俺に突き刺さってくる。でも、そんなの知ったことか。
先生が止めに入る間もなく壇上に上がる。順子の傍に駆け寄った。
「え? あ……」
演台で隠れて見えなかったが、脚ががくがくじゃねーか。
俺はマイクを手元に引き寄せた。前を見る。全校生徒の視線が一点に集中する。緊張する。こんな舞台に、お前は一人で頑張っていたのか。
俺はゆっくりと深呼吸した。
「応援弁士二人目の新庄卓也です」
皆の目が点になる。俺は気にせず続ける。
「いや、すみません。皆さん。こいつドジで、馬鹿で、どうしようもない奴で」
「ちょ……」
「こんな奴が生徒会長立候補とか、正直、俺、笑いましたもん。え? マジで? ってね」
「ちょ……! たっくん!」
「でも、俺はこいつに投票します。俺とこいつは幼馴染でね。昔から知ってます。一生懸命で頑張り屋です。こいつは一度決めたら最後まであきらめません。それは自信を持って言えます。誰かに任せっきりにしたり、偉そうに上から目線で命令することもありません。生徒会長は生徒会のリーダーです。生徒のトップです。こいつがトップっていうのも癪にさわるかもしれません。でも、俺はこいつに投票します。今まで頑張る姿を何度も見てきたから。それは決して折れることがないとわかっているからです」
一呼吸入れる。もうヤケクソだ。恥をかくならとことんやってやる。
「俺は、そんなこいつが大好きです!」
しんと静まりかえる体育館。
パチ。
一人が拍手する。するとその波が瞬く間に広がっていき、拍手は大きなうねりとなって体育館中に響いた。
ふと、隣を見る。顔を真っ赤にした順子がいた。湯気がのぼっている。
「ほら、お前も何か言え」
「あ、あう……、そ、その……」
順子は熱中症のようにふらふらしながらも全校生徒のほうに視線を合わせる。司会の人も空気を読んでいるようで何も言ってこない。
「わ、私は皆さんが、え、笑顔で学校に通えるような、そんな居心地の良い場にしたいと思っています。問題はたくさんありますが、一つずつ解決していって、笑顔の輪を広げたいと考えてます。よ、よろしくお願いしましゅ」
この日一番、ドッと笑いが起きた。
だから、噛むな。
こうして波乱の立会演説会は無事? 終了したのだった。
次の日の朝。
玄関のチャイムが鳴る。待っていたのは順子だった。俺は急いで支度し、家を出た。今日は投票結果の発表日。生徒会のメンバーが決まる日だ。だから、二人で結果を見にいこうと決めていた。
「ひゅーひゅー。お二人さん。熱いね~」
後ろから自転車通学の知らない男子が声をかけてきた。そのまま通り過ぎる。
真っ赤になってうつむく順子。俺も居心地が悪くなる。当然、いつものように話すことはできない。無言の時間が長く続く。
ああ。何であんなこと言っちゃったんだろうなあ。昨日帰った後、ふとんの中で悶え苦しんだよ。黒歴史決定だな。こりゃ。
「たっくん。あの……」
「な、なに?」
びくりと肩を揺らす。何キョドってんだ。俺。
「昨日、ありがとね。私、嬉しかった。たっくんが助けてくれなかったら、どうなってたか……」
「あ、ああ……。いや、俺が来なくても、お前は最後まで演説できたよ」
「そんなことないよ!」
いつもより真剣な目で俺の顔を見てきた。吸い込まれそうなその瞳に、変な感情が湧き起こりそうになり、慌ててそっぽを向いた。
「ありがとう。これからも、よろしくお願いしましゅ」
また噛んだ。
「よろしくな」
俺は彼女の頭頂部に手を置き、ぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
校門をくぐる。
下駄箱で靴を履き替えた。すぐ目の前にある掲示板に人が集まっている。
結果はどうなっているのか?
順子は人ゴミの中に入っていった。彼女は体が小さいからこういうときは有利だ。俺は無理なので、先に教室へと向かった。昨日のことがあったので教室には入りづらいが、まあ、しょうがない。
タッタッタ。
後ろから足音が聞こえる。順子だ。俺は振り返った。
彼女は笑っていた。
セリフ噛む幼馴染が大好きです kiki @satoshiman
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