セリフ噛む幼馴染が大好きです

kiki

第1話 推薦者集め

「で?」

 夕陽を背景に、俺、新庄卓也(しんじょう たくや)は土手を歩いている。隣には幼馴染の女子。ともに中学二年。学校からの帰宅途中だ。

「どうして生徒会長に立候補したんだ?」

 幼馴染に言葉を投げかけた。彼女の名前は守井順子(もりい じゅんこ)。大人しい性格でドジで、頭も良くない。冴えない女の子だ。

「え? そ、それは……」

 言い淀む。大きなタレ目を伏せ、自信がなさそうにうつむいている。何かわけありらしい。

「どうせ、あのボス猿に言われたんだろ?」

「え! 何でわかったの?」

 感心するように、順子はぴょこっと見上げて目を見開く。俺は、背の低い彼女の頭頂部に手を置き、ぐしゃぐしゃとかき混ぜる。ちなみにボス猿というのは、順子の友達だ。女子グループのリーダー的存在で、いつも偉そうにしている。だからボス猿。

「はー……。お前って奴は」

「うぅー……」

 彼女は乱れた髪を直しながら、頬を膨らませる。ショートボブの髪型を整えた後、やめてよ、と言いたげな目つきで俺を睨んできた。

「だって、しょうがないじゃん。遊びで立候補しようって空気になって。そこでやめようなんて言えないじゃん。それじゃあKYだよ」

「だからって……。生徒会長だぜ。お前が」

「なによう」

 眉根を寄せて怒っても全然怖くない順子の顔を見つめる俺。

「……ぶっ!」

「あ、笑った! 何で笑うの?」

「はは。いや、すまん。マジですまん」

「なんで謝るの!?」

 昔からこいつのドジさを見せつけられている俺だ。こいつが生徒会長とか、ありえない。生徒から反乱が起きるんじゃないか? いや、それ以前に当選しないか。

「で、その生徒会長立候補様が、俺に何の用だ?」

「こほん。えっとね。私の応援弁士になって欲しいの」

「応援弁士?」

「宣伝用のポスター作るの手伝ったり、演説会で応援してる立候補者の人柄について演説したり、要するに私のサポートする人のこと」

「ええ? だっりいよ、そんなの」

「お願い。たっくんが一番身近だし。力になってくれるかなって思って」

 うるうるした瞳を俺に向けてくる。その仲間になりたそうにこっちを見ているような目はやめろ。

「やだよ。面倒くさい」

「そ、そんなぁ……」

 首をうなだれ、がっくりと肩を落とすさまは見ていてわざとらしくもある。

「だいたいお前。申し込み用紙は提出できたのかよ」

「え? うん。今日もらったよ」

 鞄から用紙をとり出して見せる。

「自分がどういう思いを持っていて、どうしたいかを書く程度なら、私にもできるよ」

「裏を見ろ。裏を」

「え? 裏?」

 裏をひっくり返す。そこにはタイトルとして推薦者名簿と書かれ、空欄が二列二十行の計四十並んでいた。

「え? これは何?」

「お前、説明受けてなかったのかよ。確か、推薦者の名前が必要だぜ。最低二十名のな」

 つまり、自分に投票しれくれる意思表示をした生徒の直筆サインが二十必要というわけだ。順子の顔色が僅かに青くなる。

「たっくん。最初の一人になって」

「え? 俺、お前に投票すんの? ギャグ?」

「ギャグじゃないよ! マジだにょ!」

 あ、噛んだ。

「にょ? なんだって?」

「ま、真面目だよ」

「しょうがねーな。それぐらいなら書いてやるよ。俺のサイン。後、数年後には高値で取引されるであろう俺のサインを」

「そんなわけないじゃん」

 順子は真顔でボソッと言ったが、俺の耳には届いていた。

「あ、気分が変わった。やっぱ書かない」

「わ~! うそうそ! ごめんなさい!」




 そんなわけで、次の日から順子は残り十九名の生徒のサインを書いてもらうため、奮闘することになった。

「あ、あの……えっと、その……」

 休憩時間。教室内でおろおろしている彼女の姿が目に映る。両手に持っているのは申し込み用紙。

 あきらめればいいのに、一度決めたことは最後までやり通す。どんなに恥をかこうともあきらめない。

 小学校のマラソン大会。何度こけても、ビリで、ジャージとか泥でボロボロになってもゴールしたあいつの姿を思い出す。一生懸命な女の子はカッコいいなと不覚にも思ってしまった。

 しょうがないな。

 俺は席から立ち上がり、困っている彼女に一声かける。

「お前、何してんだよ」

「え? 推薦者を集めようと……」

「貸してみろ」

「あ……」

 申し込み用紙を奪うように取り、傍にいた男子に話しかけた。

「なあなあ。今度こいつが生徒会長に立候補するんだけどさ。推薦者として名前、書いてくれない?」

「え? 守井さんが生徒会長だって?」

 男子も思うところがあるようで驚きの表情。わかる。わかるよ。

「そうなんだよ。一応、こいつなりの挑戦ってことでさ。悪いけど、いいかな?」

「ああ。いいぜ。守井さんが生徒会長って何だか面白そう」

 面白いだけで、めちゃくちゃなことになるんじゃないか? と疑問を浮かべる最中に、男子は推薦者として名簿に名前を書いてくれた。お礼を言い、申し込み用紙を後ろでボケーと見ていた順子に押しつける。

「こうやってやるんだ。後は自分がやれ。いいか? 俺は手伝わんからな」

「う、うん。たっくん。ありがと」

 やれやれ、と思いながら俺は席に戻っていく。途中、

「プッ!」

「クスクス」

 笑いがもれる。見ると女子グループのリーダー格、篠川沙耶(しのかわ さや)と愉快な仲間たちだった。席に座って、キツネのような切れ長の目で順子を眺めている。

「何、必死になってんだろね。守井さん。ね、沙耶?」

「ええ、そうね」

「選挙で自分が選ばれると思ってるんじゃないの?」

「なにそれ? ちょー受ける!」

 爆笑する篠川。

 正直いらっとする。せめて本人に聞こえないよう、小声で喋れよ。

 話によると篠川も遊びで生徒会長に立候補したらしい。で、こいつの場合、推薦者はどう集めているかというと、手下のような友達数人に任せているようだった。噂によると申し込み用紙を何枚もコピーし、推薦者を募っているようだ。推薦者の数は、自分に投票してくれる数とイコールになる。推薦者を募れば募るだけ有利ということだ。卑怯だとは言えない。これも戦略だろう。ただ、本人が何もしていないのが癇に障る。こんな奴が生徒会長? それだったら順子のほうがマシのような気がしなくもない。

 このままだと八百長のように決まってしまうかもしれない。しかし、友達を使って推薦者を集めているとはいえ、生徒全員のサインを書かせるのは無理だろう。それに勝負は立会演説会で決まる。

 立会演説会。

 投票前日に、唯一、立候補者が生徒に語りかけることのできる場だ。そこで他の立候補が素晴らしい演説をしたら、投票数は一気に集まる。推薦者名簿には書いたけど、寝返る奴もいるだろう。

「あ、あのあの。す、推薦者にな、なってくだしゃい」

 順子は……期待できないな。演説。ていうか噛むな。

 俺は、顔を真っ赤にしながら声をかけている幼馴染を見て、そう思った。




 それから数日後。

 演説会に向け、垂れ幕や、宣伝用ポスターの作成が行われ始めた。

 俺は学校の授業が終わると部活があった。陸上部なのでグラウンドを回って汗を流した。六時になると下校時間だ。俺は仲間とともに部室で体操服から制服に着替え、校門に向かって歩いていた。薄暗い中、校舎の自分が所属する教室に明かりがついていた。まさかと思い、教室に向かう。

 案の定、そこには順子がいた。自席で机に突っ伏して寝ている。机の上にはポスターがあり、自分で書いたであろう下手くそな自画像が描かれていた。守井順子の名前も汚い。汚いけど、一生懸命さは伝わってくる、そんな絵だった。起こそうと思ったが、くうくうと気持ちよさそうに寝ているので、起こさないでおいた。

「風邪ひくなよ」

 俺は上着を順子の肩にかけてやる。そのままゆっくりと教室を後にした。

 しかし、応援弁士はどうしたんだろう。ポスター作りを手伝うのも応援弁士の役割だったはずだ。確か、同じクラスの女友達に頼んだと言ってたな。その子の顔は思い出せるけど、名前が思い出せない。断った俺が言うのもなんだけど、無責任だろう。

 廊下は暗かった。学校の暗闇は不気味で怖い。

 さっさと帰るか。

 正面に美術室が見えてくる。明かりはまだついていた。美術部がまだ居残りしているんだろうか、と思いながら通り過ぎる。

「へー。やるじゃん」

 篠川の声だった。

 あいつ、まだ学校にいたのか?

 ドアが少し開いていたので、なんとなく気になって様子を見てみる。中には二人の女子がいた。一人は篠川。立っている。もう一人は友達だろうか? 椅子に座っている。篠川の視線は机の上のポスターに向けられていた。

「さっすが美術部。頼りになるわ」

 篠川が大げさに褒めて、友達の背中を叩く。友達は照れ笑いしているようだ。

 あいつ……美術部の友達にポスター作りを頼んだのか。

 気づかれないうちにその場を後にする。

 気に入らない。順子はあんだけ頑張ってるのに、あいつは何だ? 全部他人任せか?

 自然に拳を強く握り締めている自分に気づく。奥歯を噛みしめてしまう。

 タッタッタッタ。

 ふいに、駆ける音が近づいてきた。

「うわっ!」

 前から女子が走ってきた。暗闇から突然相手が現れたような感じで、お互い、悲鳴をあげる。ぶつかりそうになり、咄嗟に避けた。

「あ、ごめんね」

 よく見るとクラスメートの女子だ。両手には自販機で買ってきたのか、ジュースが握られている。

 あれ? この女子。順子の応援弁士じゃなかったっけ?

 女子は謝ると、すぐに近くの美術室に入っていった。

「おっそいよ。すぐに買ってくる! 十秒以内!」と篠川の声。

「そんなの無理だよ~」

 ゲラゲラと笑い声がもれる。

 何やってんだ。あの女子は。順子のポスターはどうした?

 ……ちくしょう。ちくしょう! ちくしょうっ!

 ていうか、何で俺がこんなに腹立てなきゃいけねーんだよ!

 笑い声が耳に入らない場所まで、俺は逃げるように駆けだした。

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