第26話気持ちの場所

  5-26

廣一は靖子との結婚を決めた。

顔は少し美由紀に似ているし頭も良い、廣一の事を理解していた。

久代は大いに喜んで、これで柏木興産も三代目の誕生が期待出来ると、本当に優しい孫だと目を細める久代。

孝吉の若い時の顔そのままの廣一、息子二人に先立たれて、二人は一世紀生きた事に成る。

息子は二人共若死に、長男は喧嘩して家を出て次男は嫁も貰わずに若死に、今、孫の廣一だけが楽しみの久代、会長室で外の景色を眺めて車椅子で昼寝をするのが最近の日課に成って居たのだ。


廣一は靖子とその一月後結婚をした。

新婚旅行から帰ると久代に、子供が出来たと報告した。

結婚式迄に二人は既に関係が有った。

廣一は美由紀が事件を起こした事で結婚が伸びた時点で靖子の了解を得ていた。

「自分成りの決着を付ける迄間って欲しい、靖子さんとは祖母の勧めが無くても結婚します」その言葉に靖子は廣一を信頼したのだ。


久代は廣一の事を調べた中で、好みの女性のタイプを佐伯達に社内と関係先から数名探し出して、有馬靖子を廣一の花嫁候補に決めたのだが、双方が気に入るかが問題だった。

靖子は柏木興産の財産に目が眩まない様に、廣一は社長にはするが、お飾りなので生活は質素にしなければ苦しいと教えていた。

それでも廣一が気に入れば結婚して欲しい、それは久代が提示した条件、但し男の子供が誕生すれば、柏木家の跡継ぎにする。

それでも財産は自宅と僅かの株券、久代は出来るだけお金に執着しない嫁を希望していた。

しばらく自分の秘書をさせて観察をして、これなら大丈夫だと廣一と会わせたのだ。

元来女性と縁の薄い廣一は女性に優しくされると、直ぐにその気に成る事を承知していたのだ。

廣一は直ぐに靖子を気に入った様子に、久代は靖子の気持ちが心配だったのだ。

デリヘルの女性で、お金目当てで廣一の気持ちには目もくれない美由紀に此処までする孫を、靖子が好きに成るのかが心配だった。

久代の心配は美由紀が事件を起こして、廣一がそれに対応した時の靖子の気持ちだったが、廣一の言葉に身を任せたのに驚いたのだった。

普通は去るのだが、靖子は廣一の中に本当の優しさを感じていたのだ。

自分を相手にしない女性にそこまでする廣一、殺人者を助ける為に隠れて画策する姿、信じられなかったのだ。

それも相手には一切教えていないから、この人は何なの?

多くの借金を抱えても自分の祖母の面倒を見る為に頑張る。

多分お金が無くても必死で助けたのだろうと思った。

この様な人は自分の人生の中では居なかったから、だから好きに成ったのかも知れなかった。


廣一達が久代に報告のしばらく後に、美由紀の判決が出た。

マスコミも注目していて、殺された柴田幸宏に同情の声は皆無だった。

いつの間にか真実とまるで異なる事件が作られていたのだ。

看護師の美由紀の金を目的に近づいた柴田幸宏、美由紀はお金を貯める為に一時期デリヘルでバイトを一年程していた。

それは学費と生活費を得る為だった。

整形の為の話しは消えていて、柴田は看護師のお金とMMSの拡販の為に、巧みに美由紀に近づき、関係を持った。

由美の結婚に焦りを感じていた美由紀は、柴田の巧みな言葉に柴田を愛してしまって、サプリとか化粧品の購入に蓄えを使ってしまった。

それでも柴田の販売を助けるのと、二人の生活の為に病院の夜勤のバイトを品川総合病院に内緒で始める。

その後は柴田との結婚をする為に時間を増やし昼夜を問わずに働いた。

服も食べ物も節約して、両親の許しも得て結婚が近づいた。

その時、美由紀に子供が出来た事をしった柴田は、美由紀に子供が出来ると働けないので収入が無くなる。

その為中絶を迫って拒否をすると柴田は別れ話を持ち出した。

過去の美由紀のデリヘルのバイトを理由に、由美の自宅で包丁を持ち出して、子供を処理しないから、別の戸田由佳子と結婚したと入籍の書類を美由紀に投げつけて、そして笑いながら部屋を出て行った。

その時の美由紀はもう考える能力が残って居なかった。

由美の気が付いた時はテーブルに有った包丁を持って柴田を追い掛けて行った。

慌てて追ったが、エレベーターの前で柴田を刺し殺して、呆然と立ち尽くす美由紀の姿だった。。。。。。

この事件の内容に柴田の両親も納得していた。

幸宏なら有り得る事だから、誰一人不審感を持たない事件に出来上がってしまった。

犯行時、美由紀は一時的に精神の病を発症していたと医師が証言した。

由美は包丁で美由紀が殺されるのではと恐怖を覚えたと証言していた。

戸田由佳子は美由紀と別れる為に、お金を貰って入籍を頼まれたと証言した。

マスコミの力と世間の話題に判決は、美由紀の正当防衛、犯行時の精神状態の異常を認めて、執行猶予が付いた判決で決着したのだ。

美由紀は一躍スターに成った。

由美が「慎まないと駄目よ、助けてくれた人に悪いわ」と言った。

「世間の人が助けてくれたのじゃあないわ、私が正しいのが判ったのよ」と週刊誌に取り上げられてご満悦、テレビ、新聞に取り上げられて、上機嫌、看護師の仕事はまた、新しい所に勤めようとしたが、中々採用されなかった。


しばらくして美由紀の話題も消えた頃、廣一に待望の子供が誕生した。

男の子が生まれて、久代は曾孫の幸太の寝顔を見て「良かった、孝治が戻って来た様だ」と呟いた。

それから一月後会長室の車椅子で眠る様に久代は亡くなった。

統べての遺産は廣一夫婦が継いだ。

靖子に話した事は統べて嘘だった。

靖子を試すのが目的だったが、それ以上に靖子は廣一の人柄に惚れていたから、その心配は必要無かった。


由美も妊娠を境に病院を退職した。

今は関西に住む美由紀が久々に由美を尋ねて来た。

話題が消えるまで何処にも就職出来なかった美由紀は、奈良の中心から遠く離れた小さな町の内科に就職をしていた。

年寄りの医者は美由紀の事を全く知らなかった。

唯、看護師が欲しかったので、美由紀を重宝していた。

老人相手の内科医院では美由紀の話題は「この田舎の町医者に別嬪の看護師が来た」それだけだった。

美由紀にもようやく判った様だ。

話題に成っても意味の無い事が、有名に成って、この二年間何処にも就職出来なかった事。

「大きなお腹ね」と由美のお腹を見て言うと「美由紀も誰か良い男性見つけないとね」由美が慰めた。

「もう、男性は嫌よ、中々良い人居ないしね」

「そうなの?柏木さんの様な人を探さないと駄目なのよ」由美が言った。

「今、考えて見れば、柏木さんと付き合っていた時が一番良かったのかも、知れないわ」

由美は美由紀が初めて柏木さんの事を悪く言わなかったのに驚いた。

毎回、柏木さんの事には無茶苦茶な事を言ったのに、どうしたのだろうと思った。

「あの人、本当に大会社の社長さんだったのね」としみじみと話した。

「信じていなかったの?」

「そうよ、医院の待合室の雑誌に、彼のインタビューの記事が載っていたのよ」

「へー、雑誌にね」

「その中に、私の事が書いて有ったの」嬉しそうに話した。

「何て?」

「好きだったと、私達二人しか知らない事を彼は話していたわ、今も私の事を愛しているのよ」

「嘘でしょう、子供も奥さんも居るわよ」

「だから、彼の心の中に私が住んでいるのよ、もっと早く気づくべきだったわね」美由紀は嬉しそうに、そしてしみじみと語った。

由美は今だと思って「貴女を助けたのは、柏木さんよ、一生懸命に美由紀を助けたのよ、殺人者からね。。。。。。」

経緯を話す由美の言葉に頷きながら、涙を流す美由紀~~

愛するより、愛されている幸せを感じていた。

本当の事を知った時、美由紀の廣一に対する気持ちは霞の様に見えていたのかも知れなかった。




                        完


                        2015.1.13

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春霞 杉山実 @id5021

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ