ハーフスケルトンの少女は抱かれたい
ウサギ様
ハーフスケルトンの少女は抱かれたい
僕には世界が寒すぎる。
窓から燦々と地を焼こうとする巨大な天体が見え、その熱に焦がれてため息を吐き出す。
令嬢のような細腕を振り上げて斧を薪に叩きつける。 割った側から薪を暖炉にくべていく。
無事に燃え移ったそれを見て一息吐き出した。 乾燥が足りていないから不安だったが、燃えるなら問題ない。 満足に至るほどの熱量を確保したところで、また斧を握って薪を割る作業に戻る。
薪を割って、割って。 時々、寒さを恐れながら家の戸を開けて外の倉庫に割っていない薪を取りに行く。 顔が冷えないように布を巻きつけてからだけれど。
買い貯めていた薪も随分減ってきた。 焦燥感が肌に伝わり、冷える肌が気持ち悪くなる。
体質の都合上、食事は少なく済むがそれにしても出費が嵩む。 けれど、この寒い世界を火もなしに生きることなど考えたくもない。
今はまだ秋だからいいけれど……雪も降るような季節になれば、それこそ死んでしまう方がよほどマシだ。
次の夏まで、木を買うだけの金銭が持つだろうか。 持たないだろう。
身体が震える。 寒さからではなく、来るだろう寒さを思い、恐怖で身体が震えるのだ。
寒いのは嫌だ。 肌は痛いし身体が動きにくくなる。 内臓が冷えるからか気持ち悪くなる。 死を思わせる冷たい感覚は、もう絶対に味わいたくない。
寒いのは嫌だ。 寒いのは絶対に嫌だ。
コートを何枚も重ね着して動きにくい身体のまま、暖炉の近くにやかんを置いてお湯を沸かせる。 飲食用ではなく、湯気で暖まろうという狙いだ。
ぷくぷくと水の沸く音に若干の安心を覚えながら、ゆっくりと腰を下ろして毛布を身体に巻きつける、暖かい。
こうして暖を取っている間は幸せを感じられる。 心地の良さからコクリコクリと垂れ下がる頭。 薪をもう一つくべてから目を閉じる。
「邪魔するぞ」
乱暴に扉が開け放たれて、凍えるような外気が入り込む。
眠りにつけそうだった頭は冷えに対する防御のように振り向いて男の子の顔を見た。
「……。 シレンくん、何か用があるからきたのだと思うけど、早く扉を閉めてほしいです。 寒い」
「相変わらずあっついな。 半袖で余裕の季節なのによ」
「……早く閉めてください」
黒い髪に黒い眼は、大嫌いな夜を思わせる。 会う時は決まって外で会うか扉か開けて寒くなるのだから、それも夜と似ていて不快だ。
「いや、閉めたら蒸し殺されるぐらい暑いんだけど」
「僕にはこれぐらいがちょうどいいんです」
それでも閉められることはなく、半袖の男の子は僕の方を見る。
「アルは次の収穫祭くるのか? 行くなら一緒にまわらないか」
「キャンプファイアーがあったらその時は行きます」
「ねえよ、なんで火を付ける必要があるんだよ」
「なら行かないです。 ……何で収穫祭って秋にするんでしょうかね。 夏だったら参加出来るんですけど」
「収穫するからだろ」
「木だったらいつでも取れますよ」
「木で生きてるのはおまえだけだ」
「寒いんですよ。 種族柄」
種族柄。 正確に種族と呼んでいいのかは分からないけれど、寒くなりやすい体質であることは間違っていない。
細い白腕。 筋肉も脂肪もすくない小さな手、病気と呼んだほうが正確かもしれない。
人でありながら、
言わば、
他に僕のような存在を知らないので何とも言い難いけれど、特徴としては運動はスケルトンと同じように魔力によるエネルギーを使っている。 というか、骨と肉で別個の存在であるのだ。
ほとんどスケルトンであり、肉の部分が死なないようにものを食べる必要があることと肉の方には神経があること、魔物ではなく人であると思っていることなどが本当のスケルトンと違いがある。
「にしても、ほどがあるだろ。 真夏より暑いぞこの部屋」
シレンくんがぼやくようにしながら扉を閉めて、部屋に入ってくる冷気が収まる。 僕の迷惑など気にした様子もなく、ズカズカと部屋の中に押し入ってきて、自分の部屋かのように水瓶からコップに水を注いだ。
この種族、病気により一番大変なところは、殆どの筋肉が動かないことだ。 筋肉を動かす前に骨が動く。 魔力が切れるまでは骨が動く、魔力が切れたら気を失う。
筋肉の使い方も分からず、そもそも動かそうと思って動くものなのかも分からない。 骨による運動だと熱は発生せず、内臓の動きも少ないために、自身の身体ではほとんどの熱を生み出すことができない。
けれども神経は正常に働いていて……酷く身体が冷える。
「体温と気温が同じになる身体なんで仕方ないです。 暑いなら、出ていただいてもいいんですけど」
「いや、せっかくきたんだしもてなせよ」
「……もてなせも何も」
普通の人とは同じ生活空間にいられないのだから、もてなし方など知るはずもない。 会話の仕方すら分からない。
とりあえず……。 くべていた薪の火を一つを残して消してみて、シレンくんの方を見る。
「どうです?」
「どうって、何が……?」
室温を来客者に合わせるというもてなしをしてみたけれど、理解されなかった。
「水がぬるい……」
「……寒いけど、汲んできましょうか?」
「いや、すぐに出るから別にいいけど」
出てしまうのか。 暑いからだろうか。 窓は固定してしまっているので、扉を開けて冷気を部屋に取り込む。急いで布団を被ってからシレンくんの方を見る。
「……どうした?」
「いえ、別に」
ガタガタと身体が震えるけれど、筋肉ではなく骨の動きのために暖かくなるはずもない。 多少は熱も発生するだろうけれど微々たるものだ。
けれど扉を閉める気にはならず、声に出すこともなくシレンくんを見る。
「……スケルトンってカタカタするけど、お前もそういう習性あるのか?」
「ないですよ」
「めっちゃカタカタしてるけど」
「趣味です」
「スケルトンのカタカタは趣味だったのか」
スケルトン扱いは好きじゃない。 魔物は基本的に忌まれるもので、僕も好きではない。 その魔物扱いなんて、嬉しいはずもない。
ヘラヘラ笑っているシレンくんを睨みながら手をやかんに近づける。
「スケルトンも寒がりなのかな」
「さあ、寒いダンジョンに篭りたがっているので感じないんじゃないですか。 僕が彼らなら、死ぬとしても外に出ます。 昼間は」
「昼間っから動き回るスケルトンは見たくねえなぁ」
デリカシーのない発言だ。そんなのだから村の娘たちにも相手にされず、こんなところに暇つぶしをしにくることになる。
まぁ僕にとってだけを言えば、話し相手が出来るのでありがたいけれど。 シレンがいなければ、一生仕事の話と薪を買う話ぐらいしかしないだろう。
けれど、それでも嫌なものは嫌だ。
「デリカシーがないです。 だから貴方は女の子達から好かれないんですよ」
小言を言えば、シレンくんはつまらなさそうに口を曲げる。
「いや、モテモテだし。 この前もちょっと森に入っただけでキャーキャー言われて囲まれたし」
「それはただのゴブリンです」
「ちょっと奥に行ったら尻尾を振るみたいにもして駆け寄ってきたし」
「コボルトですね」
「残念白狼だ」
しょうもないし、どっちでもいい。 というか、魔物退治を生業にしている僕が食いっぱぐれるので、働かなくても生きれるようなシレンくんには魔物退治を遠慮してもらいたい。
「人間の女の子に好かれてください」
「アルとか?」
「……バカなことを言ってないで、もう帰ったらどうですか。 いつも抜け出して、探されてますよ」
「いや、探してるフリをしてるだけだって、真面目に見つけるつもりなら、ここってすぐ分かるだろ。 いつものことだしな」
半分サボり公認場所みたいなもんだ。 シレンくんはそう笑うけれど、勝手に人の家をサボり場にしてほしくない。
しばらく話しているとシレンくんは家に帰って戻ることにしたらしく「一週間後の収穫祭の日にまた来るな」と言って出て行った。
せっかく冷ました家が暖まるのも時間がかかる。 もう一度暖まるともう外に出出たくなくなるので、仕事をしに外に出ることにした。
防寒対策に顔に布を巻いて、剣を握って触り心地を確かめる。 火が消えないように取り出していた薪に再び火をつけてから扉を開けてる。
僕の生業は魔物専門の狩人だ。
普通は逃げる獣と違い、魔物は人を見れば襲いかかってくる。
隠形や索敵といった狩人の技術がなくとも、魔物を殺せさえしたら稼げるのだから楽なものである。
しばらく歩いて森に出たら、予め用意していた人の血を薄めた香水を散布して暫く待つ。 キャーキャーと騒ぎながら現れたゴブリンを適当に切って首を落とす。
大の男の人が手こずるような魔物ではあるけれど、
元々ゴブリンよりもスケルトンの方が高位の魔物であり、僕には魔物としての魔力の他に人としての魔力もある。 スケルトンは魔力で動く存在で、僕は普通の倍の魔力があるのだ。 だから普通のスケルトンの倍は強い。
血の匂いに釣られてやってきた獲物を狩り続け、魔石を集めて袋に詰める。 残りの素材は二足三文だけれど、道具屋に売れば薪の足しぐらいにはなるだろう。
剣をボロ布で軽く拭ってから村に戻り、道具屋にゴブリンの死骸がある場所を伝えてから魔石を渡す。
「それで買えるだけの薪を倉庫に入れておいてください」
これで多少はマシになるだろうか。 魔物の血の気持ち悪い匂いに、顔を顰めながら帰路についた。
十分に暖まった部屋で、冷えた身体を暖める。 ふと気がつくと傍らに獣の肉が置いてあって、シレンくんが置いていったらしい。
ありがたくいただいて、適当な調理でご飯を作る。
軽く祈ってから、それを食べ始める。
僕の祈りがどれほど神に届くのかは分からない。 半分とはいえど魔物でもあり、神からすれば憎いものだろう。
あるいは祈りではなく習慣というだけか。 どちらにしても、形骸化したものだ。 少なくとも、わざわざ「暑い」この場所に持って来てくれた彼を差し置いて感謝する気も起きないので、僕の信仰などその程度のものだ。
それにしても収穫祭か。 逢い引きしている若い男女が多いと聞くけれど、そういったつもりで誘ったのだろうか。
そんなことを考えたことが恥ずかしくなる。
「少し、火に近づきすぎたのかも」
彼は五男の放浪息子の上「将来は冒険者になる」などという奇特な人ではあるけれど、それでもお貴族様だ。 こんなつまらない村娘を相手しようなどと思うはずもない。
家によく来てくれているのも、下手物見たさの暇つぶしだろう。
噂に聞くと、ものすごく有能で王族にまで気に入られているとか。 何を間違っても、僕と逢い引きをして、夜店を回りたいと思ってはいないだろう。
そんな馬鹿な妄想を思うだけ無駄だ。 いっそのこと、本当に冒険者になって貴族を止めれば、可能性はなくもないのだけど。 いや、それはないか。
肉付きも薄く背も低く女性としての魅力など一切と言っていいほどない。 それならまだ隣の家のアリアさんの方がよほど綺麗だ。
……友人としてなら、一緒にいれるのだろうか。 そう思うけれど、誰かと結ばれたシレンくんを思うと不快で顔が歪む。
考えるだけでそれだ。 祝えるはずもなく、友人として許されない態度しか出来ないだろう。
少なくとも二日に一度は来ていたシレンくんだけれど、収穫祭までの一週間、僕の家を訪ねることはなかった。 面白くもない村娘に飽きたのだろう。
これならば、彼が誰かしらと結婚したところで……不快な態度を彼に見せることもない。 間違えた行動をすることがなく、悩む必要もなく、ゆっくりと暖かい部屋で過ごすことが出来る。
暖炉に薪を入れて、脚を抱えて目を閉じる。 悪いことは何もない。
彼に合わせて寒い思いなんてする必要ないし、嫌な態度を取らないように気をつける理由もない。 暖かい部屋で楽しく過ごせばいいし、変な気持ちを抱かなくて済む。
いいことばかり。 そう自分に言い聞かせ、壁に頭を付けて俯く。
壁の揺れで、収穫祭の用意をしている音を聞く。 しばらくして、音が止む。 用意が終わり、夜まで待つのだろう。
窓から外を覗く、誰もいない。 扉を開けて外に出て周りを見渡す、誰もいない。 扉を開け放して、窓を開けきって、暖炉の火を消してベッドの上で俯いた。
「断らなければ良かった」
過去の僕に恨み言を吐く。
酷く寒い。 凍える。 熱を生み出す肉も火もなく、僕自身の身体はあまりにか細い。 すぐに毛布の中に冷たい空気が浸入し、服の中に入り、僕の身体を末端から冷たくさせていく。
意味のない行為だ。 意味なんてない、なんとなく、換気がしたかっただけだ。 少し火が煙たかっただけだ。
手の感覚から順に失われていく。 カタカタ震えて、一眠りしようと座りながら目を閉じた。
「うわ、さむっ」
不意にーー聞きたくない声を聞いて目を覚ます。 目を開ける、身体の感覚はなく、カタカタ震えることもない。 髪の毛の隙間から、男の人の手が見えた。
「なんで窓かとか開けっぱなしなんだよ」
窓が閉じられる音がする。 赤く染まった木の葉が家の中に入り込んでいて、カラカラと乾いた音を鳴らしながら転がる。 扉がパタリと閉じて、木の葉の動きも止まった。
「さみーな。 火も消してるし。 なんでこんなことしたんだよ」
前髪を退けるように触れられて、熱いとすら思える手が僕の額に触れる。
「冷てえな」
「……何しに来たんですか?」
「そりゃ、収穫祭なんだから誘いに来たに決まってるだろ」
「……断り、ました」
冷たいといい、不快そうに顔をしかめながらも彼は僕の手を取って、立ち上がらせた。
「断られてはないな」
寒いから外に出たくない。 そう言うけれど「約束しただろ」とありもしないはずの約束を持ち出されながら手を出し引っ張られる。
「寒いです」
「あの家と変わらねえよ」
「誘いは断りました」
「断られてないって、約束しただろ」
「してません」そんな抗議が伝わることもなく、村を連れ回されて、人の多いところに出される。 手を繋がれていることが不意に恥ずかしくなって離そうとするけれど、意外と筋肉質で、力が強い。
恥ずかしい。 けれど……シレンくんの手は暖かい。
「約束した」
不意に、慣れ親しんだ匂いを感じる。 僕の手を引っ張るシレンくんの目が薄らと赤くなり、髪も、肌も、それどころか、周りの何もかもが赤くなっていく。
「ぁ……」
一週間前のあの日、自分が言った言葉を思い出す。
「キャンプファイアーがあるなら行きます」
家よりも高く、太く立派な木が組み上げられて、いつもの収穫祭なら村長が位置取るような広い場所にそれがあった。
赤、黄、燈の色が風に揺られて曲がりながら、天を目指すように立ち上る。 肌の冷たい感覚が薄れて、熱い空気が風に乗って頰を撫でていく。
「こう見えて結構苦労したからんだからな、寝惚けてないで楽しめよ」
いくら掛かったのだろうか。 金銭の勘定なんて不義理だけれど、家が一軒立ちそうなぐらいの木材だ。 彼は五男で自分で使える金銭などほとんどないだろう。
見れば目は疲れを見せていて、髪はいつもに増してボサボサで、少し汗と土の匂いが染み付いていた。
暖かい。 熱いくらい、顔が燃えそうなぐらいに、暖かい。
「……こんな僕なんかのために?」
尋ねると、彼は不快そうに顔を顰める。
「勘違いするなよ」
その言葉に気落ちしていると、腰に手が伸ばされて厚い布越しにシレンくんの手が僕の身体を引き寄せる。
「細いな。 それに軽い。 小さいし、飯も食えよ」
「……余計なお世話、です」
彼のもう一つの手も僕の背中に回り、顔が彼の胸に押し付けられる。 抱き締められている。 そう気が付いたのは、抱き締められてからどれだけ時間が経ってからか。
「アルは「こんな」でも「なんか」でもなく……」
汗の匂いがする。 ザラリと砂が頰に着く。 ドクドクと格好悪いぐらい早く鳴る鼓動を聴く。 こくりと喉を鳴らして、言葉を待ってしまう。
……恥ずかしさに目を開けられなくて、真っ暗だ。
「君が好きだ」
こんな言葉を言うために……こんな大掛かりなことをしたのか。
馬鹿な人だ。 格好つけの、変な人だ。 ガリガリのチビ女を好く、奇特な人だ。
お貴族様なのに、村娘に告白して、抱き締めている手が微かにだけど震えてしまっている。
早く答えた方がいいのだろう。 きっと、答えを待っている。 けれど、もう少しだけ待ってほしい。
この冷えた身体が温まるまでは、抱き締めていてほしいから。
「僕もあなたのことが、大好きです」
ハーフスケルトンの少女は抱かれたい ウサギ様 @bokukkozuki
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