第32話 医療術師は不完全


 マリス先生は、診察室で患者さんのカルテを眺めていました。現在治療中のどなたかのカルテなのでしょう。


 私が診察室へ入っても、まるで無視するかのように、こちらには目もくれません。


 何か言わなければ。そう思いつつも、カルテに目を向けるマリス先生を、ただ見つめることしかできませんでした。


 しばらくしてマリス先生は、私を見ることもなく話を始めました。


「デリミタという少年の体には、植物の管がいたるところに刺さっていた。これは血管と繋がっていたわけだけど、どう思う?」


 まるで何事もなかったかのように、マリス先生が問いかけます。


「デリミタ君の体内の魔力を森全体に巡らすための、パクリン菌の出入り口になっていたんじゃないでしょうか」

「管と繋がった血管から、血液は体外へと逆流。代わりに植物の道管から水分や養分が体内へと流れ込んでいた」

「パクリン菌が、植物から得られる栄養をデリミタ君の体に取り込む役目を果たしていたのだと思います」

「つまりパクリン菌が、血液に取って代わった状態と言えるわね」


 マリス先生の説明に私が付け足し、さらにマリス先生が補足していく。まるで言葉遊びでもしているかのようです。


「では、そのような状態になっているデリミタ少年の肉体から、パクリン菌が除去されたら?」

「血液を失ったのと同じようなことが起こり、デリミタ君は……」


 この先が言えず、詰まってしまいました。ですが、俯くことだけはしませんでした。涙ももう見せません。必死になって、先の言葉を口に出そうとしました。


「死んでしまうわね」


 マリス先生に先を言われてしまい、悔しい気持ちが湧きあがりました。


 医療術師は不完全な存在です。


 医療魔術を身に付けても、どんなに強い意志を持っても、絶対に助けると誓ってみても、どうしようもないことがあるのです。


 きっとマリス先生も、どうにもならない患者さんをたくさん見てきたのでしょう。救えなかった命の重さに潰されそうになって、悩んだり悲しんだりした過去があるのかもしれません。


 それでも医療術師を続けていけるのか?


 マリス先生にそう問いかけられたような気がしました。


 ですが私の中にはもう、迷いはありませんでした。


 助けたくてもどうすることもできない人が現れたとき、本当にそうなのだと判断するのは、全ての可能性を考え尽くした後にしたい。


 そのために必要な知識と技術が欲しい。


 だから、答えは最初から一つしかなかったのです。


「マリス先生。これからもご指導、よろしくお願いします」


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医療術師は不完全 我那覇アキラ @ganaP_AKIRA

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