12.これから
夜空に花火が上がるたび、群衆の間からは感嘆の声が漏れ、また時には拍手が起こった。花火を見たことがある人はほとんどおらず、珍しい見世物に
そんな彼らから儲けを得ようと、荷車に軽食や飲み物を積んだ商人たちが、西端広場から出張してきていた。ぼったくりに近い値段だったが、そこそこ売れているようだ。祭りと花火の効果で、人々の財布の紐は大いに緩んでいるようだった。
大きなトラブルもなく、花火の打ち上げは順調に進んだ。また一つ、細い光の帯がぱっと空に広がる。
「これで、ちょうど三分の一。予定通り、休憩します」
「分かった」
ジークは小さく頷き、呼吸を整えるかのように深く息を吐く。魔道具を発動させているだけのニーアと違い、毎回魔法を使うのはかなりの負担だろう。
「手伝わせてしまって、ごめんなさい。ジークさんは、お客さんなのに」
「気にすることはない、報酬も貰っているのだからな。それに、人助けこそが冒険者の本分だろうといつも言われている」
ジークは苦笑ぎみに笑った。後半が誰の言葉なのか、ニーアにはすぐに分かった。
地面に座り込んで休んでいると、軽快な足音が近づいてきた。顔を向けると、リズが手を振りながら駆け寄ってくるところだった。
「お疲れさま! 上手くいってるみたいだね」
「うん、ジークさんのおかげ」
リズはニーアの隣に立つと、肩にぽんと手を乗せた。
「後はあたしがやるね。ニーアも部屋で見てきなよ」
「私もいるよ。ここでも見れるし」
万が一なにかあった時のために、そばにいた方がいい。そう思ったのだが、リズは唇を尖らせて反対した。
「えー、行ってきなって。遠くから見る花火も綺麗だったよ。それに、部屋の方がゆっくりできるでしょ?」
ほらほら、とニーアの肩を揺する。反論しようとしたニーアだったが、ふとあることに気が付いて、思いとどまった。
「わかった」
そう言って立ち上がると、ジークにちらりと目を向け、そしてリズの顔を見た。
「二人で、頑張ってね」
「うん。……え、どういうこと? そういう意味で言ったんじゃないよ!?」
友人の言葉を聞き流しつつ、ニーアはすたすたと歩いていった。
店に戻るために人ごみを抜けようとしたところ、拍手で迎えられて面食らってしまった。皆、花火や、それを作ったニーアの腕を口々に褒めそやしていた。
その中には、店のお得意様の顔もちらほらとあった。多分彼らがニーアの仕事のことを話したのだろう。
ニーアは恥ずかしい思いをしながらも、拍手をくれた人には頭を下げ、お礼を言った。元々そういうつもりは無かったが、これで少しは宣伝になるかもしれない。
人が少なくなってきたところで、歩く速度を上げた。早く戻らないと、次の花火が始まってしまう。
西端広場には、リズが言っていた通りたくさんの椅子が置かれていた。そこに座っている人たちは、エールが入っているらしきジョッキを手に、談笑している。ニーアは大きく回り道をしながら、広場を進んだ。
西端広場を北に抜けた時、西の空に花火の光が見えた。もう休憩は終わってしまったらしい。
前方に、自分の店が見えてくる。何故か玄関先が明るい。リズが消し忘れたのかと思ったが、そうではなかった。
「カイン?」
そこにあった幼馴染の姿を見て、ニーアは驚いた。彼は視線を
「さっきリズに会って、お前の部屋から花火がよく見えるから、寄っていかないかと誘われたんだ。入れてもらってもいいか?」
「え、と……」
よく知っているとは言え男性であるカインを、部屋にまで入れてしまっていいんだろうか。それに、リズに誘われたとはどういうことだろう。様々な疑問が浮かぶが、考えている時間はあまり無い。
「うん」
こくりと頷いて、入り口の鍵を開ける。彼を先導して、三階に向かった。
明かりを
「色々作ってんだな」
独り言のように呟かれたその言葉に、ニーアは振り向く。
カインの視線は、大きな作業机に注がれていた。そこには花火の失敗作や、作りかけの魔道具、以前依頼で使った
あまり見ないで欲しいという思いを込めてカインを見つめていると、どうやら伝わったようだった。彼は顔を逸らし、本来の目的をようやく思い出したかのように、窓に近づいていった。だがその途中で、突然ぴたりと固まる。
「……?」
ニーアは首を傾げながら、カインの顔を見上げた。彼は緊張の面持ちで、ニーアの隣を凝視している。
視線の先を追ってみたが、特に何かあるわけではない。目に入る物と言えば、真っ白なベッドシーツぐらいで……。
「……あっ、ごめん、これ使って」
彼が何故固まっているのかにようやく気付いて、ニーアは慌ててベッドから降り、作業机の椅子を持ってきた。窓からはベッドを挟んで少し離れてしまうが、我慢してもらうしかない。いくらなんでも、ベッドに並んで座るわけにはいかない。
カインは背負い袋を床に下ろして、椅子に腰かけた。
「綺麗だな」
「うん」
リズの言う通り、間近で眺めるのとはまた別の趣があった。落ち着いてゆっくり見れるというのも相まって、一段と美しく感じられた。
「ニーアはすごいな。誰も作り方を知らない魔道具を復活させて、領主様の期待に応えたんだから」
「運が良かっただけだよ。リズたちにも手伝ってもらったし」
カインの言葉に首を振る。資料が見つかったのもそうだし、作り方が思ったよりも簡単だったのもそうだ。打ち上げにはジークの力を借りているので、実のところちゃんと完成してすらいない。
そう、今回はたまたま運が良かっただけだ。一時的な収入は得られたが、店の問題が根本的に解決したわけではない。劇団という大きな取引先がなくなってしまった代わりは、別に考える必要がある。
魔道具店の店主としての仕事は、ようやく始まったばかりだ。まだまだ頑張らないと、とニーアは気合を入れた。まずは花火を完成させるのか、それとも新しい魔道具作成に取り組むのか。考えることは山のようにある。
窓の外を眺めながら思い沈んでいると、
「……それにしても」
花火が終わるタイミングを見計らったかのように、カインは言った。振り返って目を向けると、幼馴染は少し不満げな様子だった。
「俺にも相談してくれればよかったじゃないか。大変だったんだろ、ニーアの店」
その言葉に、今度はニーアが唇を尖らせた。
「しようとしたもん、あの時」
「あの時? ……あー……」
「あの時は悪かった。まだ秘密にしておきたかったんだ」
「秘密?」
質問には答えずに、カインは荷物の中から何かを取り出した。椅子を離れて、ニーアのすぐそばに立つ。
「誕生日、おめでとう」
「へ?」
予想外の言葉を聞かされて、ぽかんと口を開く。確かにもうすぐ誕生日だが、目の前の男が覚えているとは思っていなかったのだ。過去に祝われた記憶もない。
カインは右手に持った小さな箱を差し出してきた。草花を模した複雑な意匠が彫り込まれた、小物入れのような木箱だ。金属製の留め金には、小さな赤い宝石が
受け取った箱の
その直後、垂直に立った裏蓋に光が当たり、影絵のようなものが映しだされた。同時に、澄んだ音色が響く。デフォルメされた『王子様とお姫様』のシルエットが、音楽に合わせてくるくると踊っていた。
「かわいいね、ありがとう」
「おう」
ニーアはにっこりと笑う。カインは照れたように視線を外し、首筋を
「お土産?」
「いや、俺が作った」
「え、ほんとに?」
「うん。まあ、店の魔道具技師にかなり手伝ってもらったけどな」
「へえ……」
改めて、裏蓋に映る絵に目を注ぐ。そう言われてみると、動きに
「待った、あんまり細かく見ないでくれよ。ニーアほど上手く出来てないのは分かってるんだ」
慌てて隠そうとするカインを見て、困ったように笑う。つい職業病が出てしまったが、出来なんて大した問題ではない。
「うん、でも、ほんとに嬉しい。ありがとう」
誕生日にプレゼントなんて貰ったのは、久しぶりだ。誕生日を覚えてすらいない『母親』を除けば、多分リズが町に居たころ以来だ。暖かな気持ちになりながら、木箱を眺める。
そんなニーアに、カインは遠慮がちに言った。
「分かってないかもしれないから言っとくけど、あの時はその箱を買ってたんだ」
「……あ」
ようやく話が繋がった。ということは、あそこで見た女性は店員だったのか。変な想像をしてしまっていた自分を
「ニーア」
彼は片膝をついて、ベッドに座る少女と目線の高さを合わせた。顔同士の距離が縮まって、ニーアはどきりとした。
「う、うん」
じっと見据えられて、頬の熱が耳や首筋にまで広がっていくのを感じた。胸の鼓動が早くなる。
カインは続きの言葉を口に出すことなく、彫像のように固まってしまった。何を言われるのかと、ニーアは気が気ではない。自分の心臓の音をうるさく感じるほどになったころ、彼は唐突に視線を逸らした。
「……誕生日、おめでとう」
「それ、さっきも聞いた……」
「いいだろ、何回言っても」
ぶっきらぼうにそう言うと、カインは立ちあがって席に戻った。わざとらしく腕を組んで、虚空に目をやっている。
ニーアは顔を伏せて、深く息を吐いた。その時になって初めて、体中に力が入っていたことに気づく。開きっぱなしだった木箱を閉じて、ベッドに置いた。
本当は何を言おうとしたんだろうか。様々な可能性が頭に浮かんだが、どれも想像するだけで恥ずかしくなるような内容だった。どうしてこんな台詞ばっかり思いつくのか。
それよりも、お店の今後について考えないと。そう思ったのだが、上手くいかない。さっき考えていたことは、頭の中からすっかり抜け出てしまったようだった。
(……今日ぐらいは、いっか)
悩むのは、明日からにすることにした。真っ赤になっているであろう自分の顔を隠すため、脱ぎっぱなしだったフードを深く被る。一刻も早く花火が再開されることを祈りながら、星の瞬く夜空を眺め続けた。
少女ニーアの音と光の魔道具店 マギウス @warst
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