11.魔道具製作

 次の日から、ニーアは花火を作るための準備を始めた。まずは、馬車で五時間かかる隣町まで出向いて、大量の魔石をなるべく安く仕入れた。百個どころか千個単位で買ったため、いったい何を作るのかと不信がられたほどだ。

 これはお試しで作る一個分の材料ではなく、祭りで使う予定の分全部だ。一個目で駄目だったら残りは無駄になるので賭けになるが、買い出しのためにもう一日潰すのを避けたのだ。賭けに負けた場合は、店で少しずつ消費するしかない。

 花火の構造は、最初に想像していたよりもずっと単純だった。要するに、魔石の詰まった入れ物を空に打ち上げ、破裂させ、光らせればいい。綺麗に光らせるためには高い技術と知識が必要だが、これはニーアの得意分野だ。

 とは言え、資料に抜けがあるのはかなりの不安要素だった。特に打ち上げと破裂については、あまり自信がない。

 最初の一個を完成させ、まずは実際に使ってみることにした。場所は、万が一暴発しても迷惑をかけないように、町の東に広がる草原地帯。以前にも魔道具の実験で使ったことがある場所だ。さすがに夜に町を出るのは怖いので、時刻はまだ昼前だ。

(やっぱりあの魔石の位置、ちょっと変えた方がよかったかも)

 まばらに生える木を線で結ぶような道筋で、草原を進む。町から離れるにつれて、段々と不安がこみ上げてきた。

「今更心配したって仕方ないって。信じてやってみようよ」

 隣を歩くリズが、友人の心の中を読んだかのように言う。きっと顔に出てるんだろうなと思いながら、ニーアはこくりと頷いた。

 何本目かの木に辿り着いたところで、二人は足を止めた。幹は太く、陰に隠れれば反対側でなにが起こっても安全だろう。例えば、花火が自分たちに向かって真横に飛んでくるだとか……。

 木から少し離れた場所に立って、背負い袋から取り出した一抱えもある球体を、ニーアは地面に置いた。リズが木の向こう側に隠れたのを確認して、表面に触れる。

 花火を発動させるための魔法の言葉を思い浮かべながら、ニーアはごくりと唾を飲み込んだ。発動させてから打ち上がるまでに十秒以上かかるようにしているので、その間にリズのいる場所まで逃げればいい。

「『点火』」

 短く唱えたあと、ニーアは急いでリズの元まで走った。幹の裏に回ると、二人そろって顔だけを出した。まだ何も起こらない。

 不意に、球体が真上に打ち上がった。成功したかと思ったのもつかの間、急激に減速し、地上数メートルほどで完全に停止した。予定より全く高さが足りず、破裂するまでまだ何秒もある。当然、そのまま地面に落下してきた。

「隠れて!」

 慌てて顔を引っ込め、リズの服を引っ張る。ぽんっという軽い音がした直後、光のシャワーが二人の左右を駆け抜けていった。無数の魔石が、色を変えながら飛び散っていく。

 だが、それを見ていられたのはほんの一瞬だけだった。あまりの眩しさに、ニーアは思わず目をつむる。

「……」

 恐る恐る目を開くと、光はすっかり消えてなくなっていた。草がなぎ倒されているぐらいで、その他の景色に変化はない。魔石も、魔力に還元されてしまってもう残っていないだろう。

「綺麗だねー」

 リズは両手をひさしのように目の上にかざして、光が進んでいった方向を見つめていた。彼女は最後までしっかり見ていたようだ。

「ちゃんと上がらないと、意味ないよ」

 ニーアはしょんぼりと肩をすぼめる。祭りまであと十日しかない。それまでに花火を完璧にして、かつ十分な数を作れるかどうか。

 だがそんなニーアに、リズはにっこりと笑いかけた。

「あとは上がりさえすればいいんだよね。それなら大丈夫だよ、任せて!」

 自信満々な彼女の態度に、ニーアはきょとんとした顔で首を傾けた。


 彼女の案とは、打ち上げる部分をジークの魔法に頼るというものだった。彼の技術なら、花火を好きな高さまで飛ばすのなんて朝飯前だと、本人でもないリズが誇らしげに語っていた。

 ジークは「結局私がやるのか」と文句を言いつつも、協力してくれることになった。打ち上げの最中は付きっきりになるが、花火が開くのを一番近くで見れるので、まあ特等席と言えなくもない。

 ニーアはお店を臨時休業にし、花火製作に打ち込んだ。魔道具の修理やメンテナンスは、祭りの後まで待ってもらっている。寝る間も惜しんで頑張ったおかげで、数十個の花火を用意することができた。

 そして、いよいよ当日。ニーアとリズの二人は、西端広場のさらに西にある、旧西広場(という名前であることは数日前に初めて知った)に花火を運び込んでいた。ラルフと調整して、ここを打ち上げ場所に決めたのだ。

「よしっ、これで最後!」

 リズが荷車から花火を下ろす。広場の中央に綺麗に並べられた球体たちは、夕日に照らされ、一つの芸術作品のように存在感を主張していた。ニーアはそれをぼんやりと眺めながら、感慨深げに言った。

「あとは、打ち上げるだけだね」

「うんうん」

 両手を後ろに回したリズが、ニーアの顔を覗き込むように見る。

「ニーア、なんか余裕出てきたみたい?」

「そうかも」

 朝起きたときは胃が痛くなるほど不安だったのだが、今はなんともない。覚悟が決まったということなのか、それともあまりに緊張しすぎて、限界を超えてしまったんだろうか。なんだか、ほわほわとした気分だ。

「準備終わりましたってラルフさんに言ってくるね。ジークもそろそろ呼んできた方がいい?」

「うん、お願い」

「わかった、ニーアはここで待ってて」

 大きく手を振って、リズは東へと駆けていく。大通りに繋がる東の出口は封鎖されていて、その先には花火を見に来た人が集まり始めていた。ラルフとジークは大通りのさらに向こう、西端広場にいるはずだ。

(もう一回、見ておこう)

 フードを被り直すと、事前に作っておいた資料に目をやる。地面の球体を一つ一つ指さしていく。球体は、演出面を考え、大きなものと小さなものをバランスよく並べていた。

 次に、打ち上げの手順を確認する。ジークが呪文を詠唱している間に、タイミングを見計らってニーアが花火を起動する。そこまでシビアではないが、あまりに早すぎると地上で破裂させてしまう可能性もあるので、気を付けなければならない。

 何度も念入りにチェックするうちに、夕日は完全に沈みつつあった。その最後の欠片を目にして、ニーアは不意にぎくりとした。リズが帰ってくるのが遅すぎる。

 振り向いて東の大通りに目をやったが、遠くに人だかりが見えるだけで、友人の姿はない。なにかトラブルがあったのだろうか。そう考えたとたん、背筋に冷たいものが走った。

 しばらく待っても、誰も来る気配がない。辺りは徐々に暗くなっていく。花火を置いて、迎えに行った方がいいだろうか。

 だがその時、人だかりの中から一組の男女が抜け出て、こちらに向かって走ってくるのが見えた。それがリズとジークであることを確認して、ニーアはほっとした。

「ごめーん! 遅くなった!」

 先に広場に辿り着いたのはリズの方だった。少し後に来たジークは、苦しそうな表情で荒い息をついている。どうやら彼の方が体力が無いらしい。

「ジーク、大丈夫?」

「……お前が迷ってるからだぞ」

 多少は呼吸が落ち着いてきたジークが、恨みがましい目をリズに向けた。

「ごめんごめん」

 あはは、と彼女はごまかす様に笑った。それを聞いて、ニーアは首を傾げた。

「迷ったの?」

「そうそう。なんかね、西端広場の西口に大きな天幕が立ってて、そばに椅子とかが並べられててね。花火を見るために誰かが立てたみたいなんだけど。色んなところが通れなくなってるし、露店の位置は変わってるし、ジークのいる場所がわかんなくなっちゃって」

 そんなことになっていたとは知らず、ニーアは少し驚いた。花火を運ぶ時は大通りを使わずに北回りで来たので、西端広場は通らなかったのだ。

「じゃあ、頑張ってね! 途中で交代に来るから!」

 そう言って、リズはまた走り去っていく。花火はすぐ近くで見るより、少し離れた高い場所の方がいいだとかで、ニーアの部屋に陣取るつもりらしい。元気だなあと思いながら、人ごみに紛れる友人の姿を眺める。

「手順を確認させてもらってもいいか?」

「うん」

 先ほど見た資料を使って、二人で最後のチェックを行った。明かりライティングの指輪で文字を照らす。

「では、そろそろ始めるか」

 懐中時計で時間を確認していたジークが、重々しく言った。ニーアはごくりと唾を飲み込む。

 二人は地面に置かれた花火を挟むように位置すると、片膝をついてその丸い表面に手のひらを当てた。

 呪文の詠唱が始まる。ニーアはそれを聞きながら、タイミングを計る。呪文の大体の内容も、どこで花火を発動させればいいかも、しっかり頭の中に叩き込んでいる。

「『点火』」

 はっきりと、そう口に出したあと、すぐに手を放してジークの顔を見る。彼は大きく頷く。タイミングに問題がないという合図だ。

「『飛べ』!」

 ジークが呪文を最後の単語を唱えると、始めはゆっくりと、徐々に加速しながら球体が上昇していった。二人はそれを目で追う。

 闇に紛れて球体が見えなくなる。ニーアは祈るように両手をぎゅっと握りしめた。

 直後、大きな光の花が夜空に咲いた。大通りに集まった人々の間から、歓声が上がる。金色の尾を引きながら広がる無数の光点は、最後に赤く輝き、消えた。

 ニーアは消えていく光を見上げながら、大きく息を吐いた。被ったフードが、背中の方へとずり落ちる。

 花火は、完全に自分が意図した通りに発動していた。文句の付けようもない。

 ぼんやりと空を見つめるニーアに、ジークが咎めるように言った。

「まだ始まったばかりだぞ。最後まで気を抜くな」

「うん、分かってる」

 ニーアは視線を戻すと、力強く頷いた。

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