10.廃墟探索
「花火の魔道具ですか。ええ、知っています」
事情を説明すると、ラルフはあっさりと頷いた。ニーアはぱっと顔を明るくする。
「じゃあ……」
「ですが、作り方は失われたと聞いています。前に父が残念そうに話していました」
「そうですか」
がっかりしたニーアだったが、彼の話はそこで終わりではなかった。
「ただ父は、実物や製法がどこかに残っているかもしれないとも言っていましたね」
「どこかに?」
「ええ、例えば、町の西側にある元魔道具店に。一時は冒険者を雇って探させる計画も立てていたそうです。見つかる可能性と費用を考えて、結局は
「なるほど」
それなら、試しに探しに行ってみてもいいかもしれない。今なら、手伝ってくれる冒険者もいることだし。
「ありがとうございます。参考になりました」
「ええ。もし製法が分かったら、ぜひ教えてください。父が喜んで情報を買い取ると思います」
「はい」
ぺこりとお辞儀をして、ニーアは屋敷を後にした。
店に戻る頃には、夕日が空を赤く染めていた。町の西側にある廃墟地帯を探索するにしても、明日だろう。今日は色々なことがありすぎて、少し疲れてしまった。
「ただいま」
リズの方が先に帰っているだろうと思ったのだが、返事がない。カフェとジュグラス魔道具店はすぐ近くなのに、どうしてだろう。カインが見つからずに探しているのか、それとも何か話し込んでいるのか。
しばらくの間、商品棚の掃除に精を出す。ちょうど日が沈むぐらいになって、入り口の扉が勢いよく開いた。
「たっだいまー!」
顔いっぱいに笑みを浮かべながら、リズが入ってくる。上機嫌な友人に、ニーアは期待を込めて尋ねた。
「なにか、分かった?」
「ううん、カインはぜんっぜんなんにも知らなかったよ。店の他の人にも聞いたんだけどねー。ニーアは?」
予想に反して、収穫は無かったようだ。なんで嬉しそうなんだろ、と疑問に思いながら、ニーアは答えた。
「私の方は、少しあった」
ラルフに聞いたことと、探索を考えていることを説明する。リズは、こくこくと何度も頷きながら聞いていた。
「へえー、面白そうだね! 明日一緒に探しにいこっか」
「うん」
ニーアが
「依頼はきっちり終わらせて、お祭り楽しもうね!」
笑顔で言うと、リズは
(……変なの)
首を傾げながらも、掃除を再開した。
翌日、ニーアとリズは廃墟地帯の探索を始めた。ジークは領主の屋敷に泊まったらしく、まだ会えていない。さすがに隅から隅まで調べるのは無理なので、店が多かったであろう大通り沿いを攻めることにした。
西端広場から西に延びるその通りの左右には、朽ちかけた看板、もしくは看板の残骸がかかった廃屋が、ずらりと並んでいる。過去の人口の多さを示すように、建物の密度は東側よりも高く、それぞれのサイズは小さい。
指輪が描かれた看板がかかった建物に、二人は向かった。この意匠を使うのは魔道具店だけだ。建物は、ニーアの店と同じサイズのようだった。
「あ」
扉を開けたリズが、小さく声を上げた。ニーアも中を見て、少し驚く。自分の店と中の作りまでほぼ同じだったからだ。狭い通路の左右に商品棚、奥には梯子もある。
「魔道具店ってだいたいこんな感じなの?」
「うーん……そんなことは、ないと思う」
この配置に、特に深い意味は無いはずだ。まあ、スペースを有効活用しようとしたら、こういう感じになるのだろうか。
「あれ、ここは地下があるんだね」
奥まで行ったところで、二人はそのことに気づいた。梯子の真下の床には穴が開いていて、その下には地下室があった。これはニーアの店と違うところだ。
(違うところ……)
本当にそうだろうか。確かに自分の店は、一階の床に穴なんて無い。見えている範囲では。
「どうしたの?」
先に地下に降りたリズが、不思議そうな顔で見上げてくる。ニーアは首を振ると、梯子に足をかけた。
地下室は倉庫として使われていたようで、物がいっぱいに詰まっていた。期待しつつ家探しを始めた二人だったが、出てくるのはガラクタばかり。二階と三階にも、壊れた家具や食器が放置されているだけだった。
早々に諦めて、別の魔道具店を調べ始めた。先ほどよりもかなり広いその建物には、物が全く残っていなかった。前の住民が綺麗に片付けていったのだろう。
そうやって何軒か回るうちに、正午の鐘の音が聞こえてきた。花火に関係しそうなものは、まだ一度も目にしていない。
「やっぱり、そう簡単には見つからないねー」
困ったような顔で、リズが頬に手を当てる。そもそもあるかどうかも分からないのだ。いつ切り上げるか、決めておいた方がいいだろう。
だがその前に、ニーアには気になることがあった。
「一回、家に帰っていい?」
「うん、ごはんにしよ」
西端広場で昼食を仕入れ、二人は店へと戻った。
中に入ると、ニーアはすたすたと奥へ向かう。梯子の前で立ち止まって、じっと床を見る。視線の先には、先日から放置したままの、浮き上がった床板があった。
「この板、外せないかな」
「え? 隙間に挟むものがあったらいけるかも?」
唐突なニーアの言葉に、リズはきょとんとした表情で答えた。二人は倉庫に行き、適当な大きさの金属の棒を探してきた。それを浮き上がった床板の隙間に差し込んで、ぐっと力を込める。がこっという音がして、板が外れる。
「わ、なにこれ、隠し部屋?」
その下から現れたものを見て、リズは目を輝かせた。今日最初に見た廃屋と全く同じ位置に、地下室へと繋がる通路が開いている。ニーアが思った通りだ。
隣の床板も外して、二人は地下へと降りる。かび臭い空気が、鼻孔に侵入してくる。
「前に住んでた人が置いていったのかな。ここも探してみようよ!」
「うん」
ニーアは頷きながらも、別の可能性について考えていた。前の住人の頃から放置されていたにしては、さほど
(お母さんの物だったりして)
だとしたら、勝手に触ると怒られるだろうか。いや、店は貰ったんだから問題ないのか? 考えている間にもリズが端から箱を開いているので、ニーアも参加することにした。
箱に入っていたのは、ニーアが見ても正体が分からない物がほとんどだった。その中には、謎の金属片がぎっしり詰まっている箱まであった。ただのガラクタなのか、それとも魔道具に関する何かなのか。
「あ、これ!」
膝立ちで箱を覗き込んでいたリズが、ニーアを手招きする。彼女の視線の先にあるのは、頑張れば人が入れそうなほどの大きさを持つ、正方形の箱だ。その中には、紐で
紙の山の下の方に、『花火』という単語が埋もれているのが目に入る。ニーアはそれを引っ張り出して、紐を
「花火の、作り方だ」
「やった!」
リズが歓喜の声をあげる。ニーアは一枚目の紙をざっと眺めた。花火の簡単な説明と、イラスト、材料の一部が書かれている。
「材料は……うちにあるもので、だいたい大丈夫。魔石は仕入れないとだめ」
続きを読むため、紙をぺらりとめくる。
「あと、卵」
「卵?」
「まずは、よく冷やした卵の白身を泡立てて……」
「ちょっと待って待って!」
「……あれ?」
そこにあったのは、どう見てもお菓子の作り方だった。もう一枚めくると、今度はどこかの地図が描かれている。全く繋がっていない。
「うわ、こっちもばらばらだ。全然整理されてないね、適当に
別の束を手に取ったリズが、呆れたように言った。彼女は、紙がいっぱい詰まった箱を指さした。
「この中から、残りのページを見つけないとね。無いかもしれないけど……」
「うん」
ニーアはこくりと頷く。ここまで来て、一枚しか見つからなくて作り方がわかりませんでしたでは、がっかりだ。この箱に入っているのを祈りつつ、二人は紙束との格闘を始めた。
箱の中身を全部調べ終えるころには、すっかり夜になってしまっていた。地面に座っていたリズが、右手に持った紙を
「おわった……」
疲れ果てた表情で、虚空を見つめる。肉体的にというより、精神的に消耗したようだ。あたしこういう作業向いてない……なんてぶつぶつと呟いている。
一方のニーアの方は、手元の紙束を、真剣な表情でめくっていた。この数時間で、二人が苦労して厳選したものだ。
「うーん」
全部を読み終えたところで、首を傾ける。いくつかのページの間で、文章が繋がっていない部分がある。ページ番号が振られていないのではっきりとは分からないが、やはり
「作れそう?」
「もしかしたら、大事な部分が抜けてるかも」
寝転びながら視線を向けてくるリズに、ニーアは自信なさげに答えた。ある程度は自分の知識で補完できるだろうが、完全に再現するのは無理だ。
「一個作るのに、何日ぐらいかかるの?」
「最初の一個は、数日。二個目からは、多分一日もかからない」
試行錯誤しながら作ることを考えると、そんなものだろう。材料を揃えるだけでも、隣町まで買い出しに行かなければいけないから一日仕事になる。ここリンデンベルグで、魔石を大量に売っている店は無い。
「じゃあ、まずは一個だけ作ってみようよ」
「でも、それで駄目だったら」
「作ってる間、あたしが別の案を考えとくから。ね?」
「……わかった」
「決まりだね。今日はごはん食べて寝よー」
リズが勢いをつけて起き上がる。今の台詞、ちょっとジークさんに似てるかも、とニーアは思ったが、あえて口に出しはしなかった。
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