9.冒険者
ラルフと別れたあと、二人は今後のことについて話し合うため、すぐに店へと戻った。荷物を片付け、三階のベッドに集まる。
「依頼、受けちゃってよかったのかな」
深刻な顔をするニーアに、リズは笑いながら言った。
「条件はほとんど無いし、報酬はすごいし、こんな美味しい依頼はないよ。よっぽど変なことしなければ大丈夫だって」
「うーん」
そうは言われても、改めて考えると急に不安になってきたのだ。報酬が高いということは、それだけ責任も重い。
「でも、何すればいいのか、全然分かんないし」
「今から二人で考えればいいじゃない。まだ時間はあるんだから」
「うん……」
リズの手が、ニーアの頭をぽんぽんと優しく叩く。少しは元気が出てきたニーアは、大事なことを思い出してぽつりと呟いた。
「町に来る冒険者がどんな人なのか、聞いておけばよかった」
パレードを見に来るという、『有名な冒険者』のことだ。そうすれば、どんな演出が気に入るのか、少しは分かるかもしれない。今から聞きに戻ろうかとも考えたのだが、リズの方からは微妙な反応が返ってきた。
「んー……」
彼女は人差し指を頬に当てながら、何やら考え込んでいる。どうかしたのかと尋ねようとしたが、その直前に、店の扉が開く音が耳に入った。ニーアは慌てて部屋の奥へと向かう。
「鍵、開けたままだったかも」
フードを被り、
男性にしては珍しく、肩まで伸ばした黒い髪は縛りもせず、また良く手入れされているようだった。その整った容貌は、どこか不機嫌そうな表情のせいで、見る者に威圧感を与えるものになっていた。長身
「いらっしゃいませ」
声をかけると、男は無言で視線を向けてきた。いつまで待っても、それ以上の反応は無い。ニーアは徐々に居心地が悪くなってきた。
「なにか……」
ご用でしょうか、と尋ねようとしたところで、頭上から叫び声が降ってきた。
「ええーっ! やっぱり、ジーク!?」
その言葉とともに、リズが梯子から降りてくる。彼女の姿を捉え、男はほんの少し目を見張った。
「久しぶりだな」
「ぜんぜん久しぶりじゃないよ!」
何故か怒ったような口調のリズ。ぽかんとした表情で、ニーアは二人の顔を交互に見た。『ジーク』といえば、確かリズのパーティメンバーの名前だったが……。
「新しい魔法を覚えるのはどうしたの?
「それならもう終わった。思ったより時間はかからなかったな」
「だからって、どうしてここにいるのよ」
「自由行動の間、どこに行こうと私の勝手だろう。お前のところに来てはいけないのか」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
ジークにじっと見つめられ、もごもごと口ごもりながら
「二人で留守番、よろしく。私、依頼のこと考えとくから」
「ちょ、ちょっと待って!」
何かを察したニーアが出て行こうとするのを、リズは必死に止めた。掴まれた肩が痛い。
「こいつも一緒に考えさせるから! というか、そもそもこいつが悪いの!」
「リズ、落ち着いて」
「落ち着いてる、落ち着いてるって。あのね、パレードを見に町に来る冒険者って、ジークのことだよ!」
「え?」
きょとんとした表情でジークの顔を見る。相手の方も、訝しげに眉を寄せていた。
「パレード? ……ああ、リンデンベルグに何をしに行くのかと聞かれたから、そんなことを答えた気もするな」
「やっぱり。そのせいで、こっちはすっごく困ってるんだから」
「どういうことだ?」
身振り手振りを加えながら、リズはこれまでの事を説明した。ジークはそれを黙って聞いたあと、
「なるほど。事情は分かったが、むしろ私のおかげで仕事ができたのではないか?」
「おかげって、そんなわけ……あれ? そうなの?」
混乱した様子で、ニーアに質問を投げるリズ。先ほどから妙にテンションが高い友人に、ニーアは困ったような笑顔を返した。
「ええと、リズ」
「うん?」
「それで、ジークさんって、有名人なの?」
「そうだね。有名だけど、すごく強いからってわけじゃないよ。彼、そこそこ大きな貴族の出だから……あ、貴族っていっても
「それは私が言うことだと思うんだが……まあ、よろしく頼む」
「はい、ええと、うん」
ニーアはお店用と友達向け、どっちつかずの口調で返事をした。友人の友人、しかも貴族となれば、どう対応したものか困ってしまう。
リズが何かに気づいたように、ぽん、と手を打った。
「あっ、でもよく考えたら、依頼は簡単になったねー。ジークに満足したって言わせればいいんだから」
「志が低いな。普段、依頼に手を抜くなと言ってるのは誰だ。それに、その演出とやらは私以外も見るんだろう」
「う……」
一瞬言葉を詰まらせたあと、リズは言った。
「じゃあ、ジークも一緒に考えてよ。ちゃんと依頼通りに、君が満足するようなものにするから!」
「考えるぐらいなら構わない。ここでやるのか?」
「んー、ちょっと場所移そっか」
外を指さすリズに、ニーアも賛成した。上に行ってもいいのだが、初対面の男性をベッドもある私室に入れるのは、さすがに気が引ける。
「じゃあ、中央広場のカフェでいいかな? あそこのタルトを一回食べてみたかったんだ」
ニーアは少し迷ったあとに、頷いた。中央広場で最も小さな店だが、同時に最も高級な店の一つでもある。食事やお酒も出る夜に行くと会計が大変なことになるが、昼間ならまあ許容範囲だろう。
「タルト? お前まだ懲りてないのか。王都の店で散々……」
「その話はいいからっ!」
ジークの言葉を、リズが慌てて遮る。ちょっと内容が気になりながらも、ニーアは二人を先導して店を出た。
西端広場を抜け、大通りを通って中央広場に向かう。ジークの容姿と服装が目を引くのか、すれ違う人々からちらちらと視線を感じる。ニーアは居心地の悪い思いをしながら、フードを被り直した。当の本人は、全く気にしていない様子だ。
カフェの前まで来て、ニーアは思わず立ち止まってしまった。正面は大胆な全面ガラス張りになっていて、店内の様子が見渡せる。凝った内装と、それに
だが、先ほどから
案内されて席につくと、豪華な装丁のメニューが配られた。リズは先に目星を付けていたのか、すぐにフルーツのタルトと紅茶を注文する。ニーアは迷った挙句、同じものを頼むことにした。甘いものが苦手らしいジークは、紅茶だけだ。
運ばれてきたタルトを見て、女性陣二人は目を輝かせた。
「……んー!」
タルトを口にしたリズが、頬に手をやり感嘆の声をあげる。後に続いたニーアも、その美味しさに目を丸くした。いくつもの果物の味が調和し、口いっぱいに広がる。なめらかなクリームとサクサクの生地は甘さ控えめで、その味を引き立てている。
余韻を楽しみながら、二人は紅茶を飲んだ。ジークをのけ者にして、しばらくタルトの美味しさについて語りあったあと、先に本題に戻ったのはリズだった。
「思ったんだけど……いつもお祭りでパレードをやってた劇団って、ニーアの店の魔道具を使ってたんだよね」
「うん」
「じゃあさ、人を変えて同じことやったら?」
「ん」
口の中のタルトを飲み込んで、ニーアは言葉を続ける。
「この町には、他に劇団は無いよ」
「ううん、そうじゃなくて、ニーアが人を集めてやればいいってこと。魔道具はあるんだから、できなくはないんじゃない?」
「うーん」
ニーアは少し検討してみた。昨年までの内容を
「できるかな、そんなの。魔道具は、あくまで道具だよ。パレードの構成考えたりする方が、よっぽど難しい」
「そっかあ。そんなに難しくなくて、派手なやつがいいのかな」
リズはタルトを一口食べてから、ジークの方に目を向けた。
「ジークの魔法披露大会でもする?」
「私がやってどうするんだ」
「……じゃあ、そうだ、魔法で戦うだけの劇みたいなのをやるとか。もちろん、ニーアの魔道具でそれらしく演出するんだけど。それぐらいなら、あたしたちで考えられるんじゃない?」
「役者の当てはあるのか?」
「あたしがやってもいいよ。魔法を使った戦い方なら、いつも見てるし」
「一人では戦えないだろう。もう一人はどうする」
「んー、誰かいるかな?」
リズに視線を送られて、ニーアは首を傾げる。
(魔道具を使って、魔物の幻影を出してもいいけど)
劇団がやっていたように。ただし、あれはかなり高度な技術なので、今から準備して間に合うかどうか。
「そうだ」
突然、ジークが何かを思い出したかのように声を上げた。
「リンデンベルグには、花火があるんじゃないのか」
「花火って、火薬で作るやつ?」
眉を寄せながら、リズが聞き返す。実際に見たことはないが、ニーアも名前ぐらいは聞いたことがある。確か、作られているのは遠い遠い国だ。
「本来はな。だがリンデンベルグでは、過去に魔道具でできた花火が生産されていたはずだ……お前たちが知らないということは、製法は伝わってはいないのか」
「聞いたことないよ、そんなの。ニーアは?」
「私も」
頷き合う、リンデンベルグ出身の女性二人。お母さんさんなら知ってるのかな、とニーアは思ったが、今確認する
「でも花火なら、作りさえすればあとは楽そうだね」
「花火について知っていそうな人物は?」
「んー、一番はニーアな気がするけど」
ジークの問いかけに、リズはちょっと首を傾げた。
「あとはカインか……領主様? ラルフさんに聞いてみてもいいかもね」
「ふむ、なら分担するか。ここの領主には挨拶に行かなければならないから、その時に聞いておこう」
「私、ラルフさんのところに行ってみる」
ニーアはすかさず立候補した。何か言いたげな表情で視線を向けてくるリズから、顔を背ける。
「じゃあ、あたしはカインのところだね」
「決まりだな。店を出たら
「あ、そんなに急かさないでよ。せっかくの美味しいタルトなのに」
「……急かしているわけではない」
勢いよく紅茶を飲み干してしまったジークが、言い訳がましく言った。
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