8.指名依頼

 ニーアとリズの二人は、荷車が置かれている裏庭へと向かった。庭はきちんと手入れされていて、ごく短く切られた草が地面を覆っている。それは特大サイズの絨毯じゅうたんのようにも見えて、触るとふわふわとしていそうだった。

 ここにイヤリングが落ちている光景を、ニーアは想像した。きっと、すぐに気づくだろう。植え込みにでも引っかかっていたら分からないが……。

 難しい顔をして考え込んでいるニーアに、リズが視線を送った。

「それで、どこから探すの?」

「泉の中」

「ええー、ほんとに?」

 リズはあからさまに嫌そうな顔をした。

「先に家の中を見た方がよくない?」

 言葉を探すように視線をさ迷わせたあと、ニーアは説明を始める。

「探したのに見つかってないってことは、まだ探していない泉にあるか、よっぽど見えにくいところにあるか、どっちか」

「そだねー」

「でも、家の中でも、裏庭でも、あんな真っ赤な宝石は目立つと思う」

「家具の隙間に落ちてて見逃してるんじゃない?」

「それなら、落とした時に音で気づくかなって思って」

 妹さんが一人でいたか聞いたのは、誰かとうるさく会話していた可能性を除くためだ。屋内なら音に気づくはずというのは憶測に過ぎないが、それぐらいしか場所を絞るヒントがない。

「あたしは、誰かが持っていったんじゃないかとも思ったけどねー。この家の人たちで探した時に」

 その言葉に、ニーアは虚を突かれた。盗まれた可能性は全く考えていなかったが、十分あり得ることだ。

「それだとどうしようもないね」

「家の人を問い詰めたら、分かるかもしれないよ?」

「……聞いてみた方がいいのかな」

「んー」

 リズは頬に人差し指を押し付けながら、しばし考えていた。

「やめた方がいいかな。家族や使用人を疑ってるなんてばれたら、よくは思われないだろうし。今回の依頼人はニーアのお得意様だから、余計にね」

「わかった」

 その辺りのバランス感覚が無かったため、リズのアドバイスを受け入れることにした。依頼人との関係も、なかなか難しいようだ。

 荷車が置かれた場所に着くと、ニーアは早速荷物を漁る。横にいるリズが、ぼやくように言った。

「でも、泉の中を探すのかあ。大変そうだね」

「大丈夫」

 ニーアはすぐに、目的の魔道具を引っ張り出した。それは店にいくつか置いてある木箱と似ていたが、サイズが二回りほど大きい。箱の一面には、大きな丸い穴が空いている。

「これで泉を照らせば、宝石が光を反射して、外からでも見つけられるはず」

「えー、そんなに上手くいく?」

「……それは、やってみないと分からないよ」

 いつかのリズの言葉を真似して、そんなことを言ってみる。実際のところ、自信はない。見つかることを祈りつつ、ニーアは泉に向かった。


 裏庭の泉は、小さいながらも本格的なものだった。円状のふちの一角には石が積まれていて、その隙間から水が流れ出ている。恐らく魔道具を使っているのだろう。

 泉の中は細かな水草で埋め尽くされていて、底はほとんど見えない。まるで緑色の煙が水の中にこもっているかのようだ。

 ニーアは本当にこれで見つかるのか、さらに自信がなくなるのを感じながらも、スポットライトの光を水面に投げかけた。目のいいリズが、その先を凝視する。

 場所を変えたり、光の角度を変えたりしながら、二人はイヤリングを探す。重い魔道具を少しずつ動かしながら、ニーアは次にやるべきことを考え始めていた。泉の中に入って探すのか、それとも家に引き返してみるのか。

「ちょっと戻って!」

 と、リズが鋭い声をあげた。ニーアは一瞬固まったあと、踏み出しかけた足をそろそろと戻す。

「そのまま動かないでね」

 彼女は泉のある一点を見据えたまま、ゆっくりとした動作で膝をつき、四つん這いになった。袖をまくった右腕を、慎重に水面に差し入れる。ニーアも同じ場所に目をやってみたのだが、草以外なにも見えない。

 やがて目的の物を探し当てたのか、リズは腕を引いた。その指の間には、赤い宝石のついたイヤリングがつままれていた。

「やったね!」

 喜色満面のリズが、跳ねるように勢いよく立ち上がった。ニーアも頬を緩める。

「こんなにすぐに見つかるなんてねー! 今日は大成功だね」

「うん」

 現在の時刻はちょうど二時、まだここに来てから一時間も経っていない。元々報酬は高かったが、時給換算すれば恐ろしいほどの高額だ。

 二人は依頼の完了を報告するため、家の中へと戻った。使用人の一人に依頼のことを告げると、最初に来た応接間に通される。

 しばらくしてやってきたのは、屋敷の主人ではなく、息子の方だった。

「父は外出しているため、私が対応します。申し訳ありません、もっと時間がかかると思っていたので」

「いえいえ、大丈夫です。これですよね?」

 リズが戦利品をテーブルに置く。ラルフはそれを手に取ると、懐から出したもう一つのイヤリングと見比べていた。

「ええ、間違いないようです」

 そう言って、男は小さく頭を下げた。ニーアはほっと息をつく。

「見つけていただいて、ありがとうございました。こちらが報酬です」

「はい」

 袋を開いて、金額に間違いがないか確認する。まさか誤魔化ごまかしたりはしないだろうが、一度中を見ずに受け取ったら、リズにえらく怒られてしまったのだ。

「実は、ニーアさんにもう一つ依頼したいことがあるのです」

 ちょうど数え終えたころに、ラルフが静かにそう言った。ニーアは袋を置くと、先を促すように相手の顔に目をやる。割のいい依頼なら大歓迎だ。

「以前ニーアさんとお会いした日に……」

「え、お会いした?」

 ニーアは思わず声をあげてしまった。父親の方ならよく知っているが、彼とは今日が初対面、だと思っていたのだが……。

「ええ、髪を切る前でしたが」

 ラルフはわずかに首を傾げると、き上げるように前髪に手を触れる。その仕草を見て、ニーアははっとした。

「もしかして、腕力ストレングスの指輪を探しにきた……」

「ええ」

 店に来て、その数日後には劇場ですれ違った人物だ。あの時は目元が見えないほど髪を伸ばしていたから、印象が全然違う。

「す、すみません、気づいてませんでした」

「……まあ、それはいいのですが」

 男は珍しく傷ついたような顔をしたあと、気を取り直して言葉を続ける。

「私も、あの劇団が町を出ることを聞きました。今年は創立祭のパレードをやらないということも」

 ニーアはこくりと頷く。これは自分も既に知っていることだ。

「例年ならそれでも良かったのですが、今年は少し問題があるのです」

「問題?」

「ええ。実はある有名な冒険者のかたが、創立祭を見にこの町を訪れるそうなのです。特に、魔道具の町と呼ばれていた、この町のパレードを見に」

「そうなんですか」

 彼の説明を聞いて、ニーアは内心、首を傾げた。魔道具の町だなんて言われていたのは、もうずっと昔のことだ。確かに劇団のパレードは、魔道具をふんだんに使った豪華なものだったが、わざわざ他の町から見に来るほどだろうかとも思う。

「そこで領主様から、代わりになる演出を考えて欲しいとの依頼が出ました。この依頼を、ニーアさんには受けていただきたいのです」

 ニーアは一瞬絶句したあと、慌てて首を振った。

「そんな、無理です、何をすればいいのか……」

「パレードでも、飾りつけでも、なんでも構いません。とにかく魔道具を活用していただければ」

 ラルフは懐から一枚の紙を取り出した。精密な縁取りが描かれたそれを、テーブルの上に広げる。

「この件に関する依頼書です。準備期間を含めても、報酬として十分な額をお支払いできます」

 そこに書かれた値段を見て、ニーアは目を丸くした。今日のイヤリング探しの報酬の、優に百倍以上はある。これだけの収入があれば、当面は店の資金にかなり余裕ができるだろう。

 彼の言葉通り、必要なのは魔道具を使うということだけで、その他の条件は特に決められていなかった。とは言え、くだんの冒険者を満足させるような何かでないと、あとで何を言われるか分からないが……。

 横に座るリズが、肘でつんつんと突いてきた。彼女の顔に目を向けると、こくこくと何度も頷いている。受けちゃえ受けちゃえ、ということのようだ。

「分かりました。受けさせていただきます」

 意を決してそう告げる。ラルフは大きく頷き、右手を差し出してきた。

「ありがとうございます。依頼の達成には、私も協力します。どうぞ、よろしく」

「はい」

 ニーアはその手を取って、力強く握った。

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