7.失せ物探しの依頼

 最初の依頼を終えたあとも、リズとは何度か一緒に仕事をした。彼女はそのままニーアの家に泊まる日もあれば、どこか他所よそに行く日もあった。ニーアと違って交友関係が広いので、他の友達の家にでもお世話になっていたのかもしれない。

 二人で依頼をこなす時は、店の商品や倉庫に眠っていた魔道具を持っていって、色々試している。魔道具は必ずしも役に立ったわけではないが、新商品のアイデアはいくつか出た。今のところ、掃除用の魔道具が最有力候補だ。

 この町は面積に対して人が少ないためか、必要以上に広い家に住んでいる人が結構いるようだった。良い掃除道具を作れたら、そこそこ売れるだろう。

 カウンターの奥に座るニーアの目の前には、たくさんのスケッチが広がっていた。何度も書き直したり、書き足したりと、苦心の跡が見られる。前に使ったほうき形の魔道具をベースにして、なんとか実用的なものを作ろうとしていた。

 店の前に誰かが来たのを、足音で感じた。スケッチを片付け、姿勢を正す。だが扉を開けて現れたのは客ではなく、見知った友人の姿だった。

「おかえり」

「ただいまー」

 急いでここまできたのか、リズは息を切らせて店に入ってくる。手に持った一枚の紙を掲げるようにしながら、迫ってきた。

「いいの持ってきたよ!」

 眼前に差し出されたその紙を、ニーアは目をしばたたかせながら見た。仕事の依頼書だ。真っ先に、最初の方に書かれた報酬額が目に留まる。

「報酬?」

「そうそう。一日で終わるにしては高いでしょ?」

「うん」

 確かに、今まで受けた依頼の中では飛び抜けて高い。二人で分けても十分な額だ。

「成功報酬だけどね。ちょっと面白そうじゃない?」

 依頼内容は失せ物探しのようで、見つかるかどうかは努力次第だ。失敗した時の報酬はゼロだが、ペナルティも特に無い。

 依頼人の名前に見覚えがあって、ニーアは思わず紙を掴んで引き寄せた。馴染みのお客さんだ。ついこの前も照明用魔道具をメンテナンスした、商人の男。

 リズが不思議そうに首を傾げながら言った。

「どうしたの?」

「この人、知ってる人だ」

「へえー、それなら丁度いいね」

 ニーアが頷くと、リズは依頼書をくるくると巻きながら嬉しそうに言った。

「じゃあ、今日はこれに決まりだね。荷物取ってくるから、ニーアは先に魔道具探してて!」

 そう言うや否や、彼女はばたばたと三階へと上がっていく。なんとなく、それをぼんやりと見送ってしまったニーアは、はっと我に返って倉庫へと向かった。


「もうすぐお祭りだけど、ニーアの店も露店出すの?」

 依頼人の家へと向かう途中、荷車を引いたリズが突然そんなことを聞いてきた。町の創立祭までは半月弱。露店を出す予定の所は、そろそろ準備を始めているだろう。

「出さないと思う」

「そうなの?」

「うん。露店で売れるような商品、置いてないし」

 ニーアの店にあるような高級魔道具を、露店で買いたいと思う人も少ないだろう。気まぐれに購入できるような値段ではない。

折角せっかくだし、出してみたら? こういう時こそ頑張らないと!」

「うーん」

 リズの言う通りかもしれないが、やはり気乗りはしなかった。黙ってしまったニーアに、リズは提案するように言った。

「お祭りの日だけ安い魔道具を売ればいいんじゃない?」

「それは駄目。カインのところと被るから」

 今度はきっぱりと否定した。客の取り合いになったら、どちらの店も嬉しくない。元々客層は分かれているのだから、下手なことはしない方がいいとニーアは思っている。

 そんな彼女の様子を見て、リズは少し驚いたようだった。ニーアの態度をどう取ったのか、意味ありげな視線を向けてくる。

「カインとは、最近どうなの?」

「どうって、なにもないよ」

「ほんとにー?」

「ほんとだって。……そもそも、会ってないから」

 リズが帰ってきた日以来、半月近く顔も見ていない。今までなら、数日に一回程度は向こうから会いに来ていたのに、ぱったりと途絶えたのだ。祭の準備で忙しいのか、それとも他の理由か。

 最後に会った日、カインと一緒にいた女性の顔が脳裏に浮かんで、ニーアの胸はずきりと痛んだ。

「んー、確かに忙しそうだもんね」

 リズは小首を傾げた。彼女も軽く挨拶した程度で、まだちゃんと会えていないらしい。

「それはともかく、露店のことは考えておいてね!」

 元の調子に戻ったリズが、角を曲がる。その先に、目的地が見えてきた。

「うわ、すごいね」

「うん」

 領主様の屋敷と並ぶほど、その屋敷は大きかった。だが驚く友人を尻目に、ニーアは平然としている。なにせ、何度も来たことがある場所だ。

 用件を告げると、二人は小さな応接間に通された。そこでは、ニーアがよく知る初老の男性と、それから見覚えのない若い男が二人を持っていた。

「やあやあニーアさん、あなたに来ていただけるとは心強い。そちらのお嬢さんも、初めまして」

「冒険者のリズです。よろしくお願いします」

 珍しく、と言うと失礼かもしれないが、リズが姿勢を正して丁寧にお辞儀をした。初老の男性は、続いて隣に立つ男を手で示した。

「こいつはうちの息子でね。依頼の細かい内容については彼から聞いてほしい」

「ラルフです」

 ごく短く自己紹介して、男は軽く頭を下げた。父親に似て整った顔立ちで、美男子と言ってもいいほどだったが、張り付いたかのような無表情が、印象を悪くしている。髪は雑に短く切られていた。

 初老の男性が出ていったあと、三人はソファーに腰を下ろした。テーブルを挟んで向かいの席に座ったラルフは、ニーアの方に目を向け、もう一度頭を下げた。少し違和感を覚えながらも、会釈して返す。

「探していただきたいのは、このイヤリングの片割れです」

 ラルフは、大きな赤い宝石が付いた装身具をテーブルに置いた。宝石は雫状の多面体にカットされており、大きさは数センチ程もある。

 重そうだな、というのがニーアが最初に抱いた感想だった。値段も高いだろう。

「魔法の力は備わっていないので、魔力探知のような方法は使えません」

 言いながら、ニーアの方に視線を向ける。質問しようと思っていたのだが、先回りされてしまった。これで、いくつかの魔道具は持ってきた意味がなくなった。

 次に彼は、テーブルの上に家と裏庭の見取り図を並べた。覗き込むニーアとリズの二人に、くした時の状況を説明し始める。

 イヤリングは彼の妹のもので、失くしたのは数日前。出かける時に着け、家に帰ってきた時には間違いなくあったのだが、一時間後には片方だけになっていた。そのあいだに通ったのは、屋内と裏庭の一部だけということだった。

「彼女は今日は出かけていますが、その日の話は詳しく聞いています。なにか質問があればお答えします」

 そう言って説明を終えるラルフに、ニーアは依頼書を見た時から気になっていたことを尋ねた。

「もう、探してはみたんでしょうか?」

「ええ。家の者が総出で探しましたが、見つかりませんでした。この中までは調べていませんが」

 彼は、裏庭の見取り図のとある箇所、小さな泉がある場所を指さした。こんなところに落としていたら、見つけるのは大変そうだ。隣に座ったリズも同じことを考えたのか、眉を寄せているのが目に入った。

「イヤリングを失くした一時間は、妹さんは、一人だったんでしょうか?」

「そのはずです」

 それを聞いたニーアは、しばらくの間、考え込んでいた。やがて顔を上げると、小さく頷く。

「分かりました、まずは少し、探してみます」

「よろしくお願いします」

 リズと共に席を立つと、ニーアはすたすたと歩き出した。何を言うでもなく、どこかへと向かって廊下を進む。その迷いのなさを見て、後ろについて歩くリズは不思議そうに尋ねた。

「どこから探すか決めたの?」

「うん、一応」

「えっ、もしかして、今の話を聞いただけでどこにあるか分かったとか?」

「うーん、そこまでじゃないけど。まずは、魔道具回収」

 魔道具を積んだ荷車は、裏庭に置かせてもらっている。ニーアは困ったように笑うと、進む先を指さした。

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