6-9. これでいいのか

「ブ”ラ”ンデンブルク辺境伯!」

「あっやっとでた」


 人物接近警報器がなったとき、白岡が小声でつぶやいたのを私は見逃さなかった。どうもこいつは嬉野に頼んでちょいちょい単語を追加しているらしいのだ。まあスルーしてやるのが世の情けというものであろう。とか言いつつ、ここに堂々記しているが、まあ時効ということで。


 安国寺が再び「研究室」を訪れたのは、私が広島を訪問して僅か15日後(*1)のことだった。いやいや転入手続きとかそんなにすぐできるわけがないだろ、蝉丸氏が何か不思議な力を使ったに違いない。ところが、安国寺はこの直後に行われた定期試験ですさまじい成績をたたき出し、文句は言えない雰囲気を作り出してしまったそうだ。


 安国寺が来るということで、テスト前ではあったが、ツィンゾルのメンバーだけで集まることとした。白岡と私は教室から連れ立って「研究室」に向かった。


 ヒロミと安国寺はすでに到着していた 。ヒロミに何かしらの洗礼を受けたのか、心なしか安国寺は疲弊しているように見えた。


「これからよろしくお願いします、重信さん!」


 私が教室に入るなり、安国寺は左手を伸ばして握手を求めてきた。誤植ではない、左手である。先に記したように確かに私は左利きである。こういう時にごく自然に左手を差し出す所作をするのが安国寺の恐ろしいところである。


 そして、私は「川内さん」から「重信さん」への呼称変更にドキリとせずにはいられない。たかが呼び方と侮るなかれ、世が世なら戦争が起きたり合併が破談になったりするだろう。表面上は平然を装いながらも、内では心臓の鼓動がスピードを増していた。


「白岡さんも、よろしくお願いします」


 そういって、白岡にも握手を求めた安国寺。白岡は応じるが、目が笑ってない。


 能力使って握っているのではないかと不安になったが、さすがにそれは杞憂であった。


 何なんだこの初っ端から険悪なムードは。


 アクの強い白岡の本性なら対立する人がいるのは自然かもしれない。むしろ、今まで彼女(*2)と幼馴染が修羅場 にならなかったことを喜ぶべきなのかもしれない。


 場の空気を改めようとしたのか、ヒロミが口を挟む。


「そうだ、アヤチー、跳躍の能力見せてよ。あれすごいから。」


 ヒロミはもう安国寺を愛称で呼んでいるようである。さすがだ。


「ごめんなさい。今日はもう使ってしまいました。ここに来る前に、荷造りしていて本棚の上の方の本をとる時に使ったんです。また、別の日にお願いします」


「そうなんだ……また今度お願いね。じゃあさ、アヤチー転校してきたばっかりだよね? 何か気になることとかある?」


 能力の話は不発に終わったものの、さすがヒロミはすぐに弥縫策を提示した。だが、ヒロミの新たな切り返しに安国寺からの答えが提示されることはなかった。頃合いを見計らず白岡が切り出したのだ。


「安国寺さん、結社の目的を知っているかしら」


 ガンガン行こうぜ 以外の作戦を白岡は知らないらしい。


「ええ。このグループを結社と言っていいのかはわかりませんが」


 私のおかれた境遇やツィンゾルのことは安国寺には既に話してある。


「そう……それなら話が早いわね」

「それでわたし、考えたの。4人の力をそろえて外務省に立ち向かいましょう。スパイ計画を止めるのよ。」

「今の国家にとりつく闇を引き払うの。名付けて、光の国 作戦!」


 どんな傑出した人物にも欠点はある。白岡の場合はそのネーミングセンス(*3)であろう。宗教団体みたいな名前で、外務省よりも先にフランス政府 あたりに目をつけられないか不安である。この時まではそんなことを暢気に考える余裕が残されていたが、次の安国寺の一撃でそれも無残に打ち砕かれた。


「わたくしは協力できませんわ」

「え?」

「趣旨は分かりますよ。殺人は避けよう、それに加えて自由を得ようっていう。わたくしも能力者として、全く順風満帆に生きてきたわけではありません」


 いわゆる総論賛成各論反対 ってやつだともいえるが、後半の語りには実感がこもっていた。彼女の父親のことが思い出される。


「うん、能力者だって同じ人間だから」


 白岡が言い終えるのとほぼ同時に安国寺が重ねる。


「その通りだと思います。ではどうやって成し遂げるんですか」


 一方、安国寺の発言の後には2秒くらいの沈黙が挟まった。


「それは、外務省の人たちと、話し合うのよ。今はまだ、頑張ってテーブルについてもらおうという段階だけれど、能力者が4人、いや5人も集まれば、力も増して……」


 白岡の声は次第に小さくなっていき、最後には聞き取れないくらいだった。対して安国寺は先ほどから全く調子を替えずに、白岡の発言を要約していく。


「交渉しようっていうことですよね」

「ええ、そうなるわね」


 先よりはやや回復したが、それでも触ったらそのまま折れそうな細い声だった。白岡なんて、ネゴシエーターに最も向かないタイプの人間だろう。


「でも、それって難しくないでしょうか。もっと根本的にどうにかしないと。例えば政府を転覆させるとか」

「随分と物騒なことを言うね」

「例えば、ですよ」


 なるほど安国寺の懸念は尤もである。この戦略不足は白岡が5月時点から引きずっており、今なお根本的な解決を見ていないアキレス腱である。しかし、つべこべ言ってもいられない、我々にはこの道しかないのだ。今こそ危急存亡の秋、小異を捨てて大同団結すべき時であろう。やればできるは魔法の合言葉だ。


「まあ今はそれでいいんじゃないか。目的は同じなわけだし」

「重信さんもそうおっしゃるんですか」


 安国寺は幾分がっかりした表情を浮かべた。口に手を当て少し考えてから口を開く。


「それでは、とりあえず様子見で部活だけ参加するというのはどうでしょう」


 私の説得で加入が決まったというレベルまで抽象化すれば、いつぞやのヒロミと同様であるが、内実は大きく異なっていた。


「分かった。それでいい」


 必然、白岡の反応もそっけないものになった。


 みんなで力を合わせて戦うことができれば、それはもう強いだろうに、なかなかどうして仲間同士でうまくいかないのが昨今のヒーロー の辛いところである。


■■■■ ■■■■ ■●■●■ ■●■■

〈註〉

*1 15日後: ちなみにこの日は文化祭の直後である。修学旅行翌日に転校してきたヒロミ同様の間の悪さだ。てか、この学校文化祭と試験のスケジュール感おかしくない?

*2 彼女: 三人称単数の人称代名詞

*3 ネーミングセンス: とはいえ、もっといい名前はないかとヒロミに聞いてみたら、「生活の質よくするプロジェクト 」と言っていた。白岡は相対的に優れているのかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三分間憎悪 ~時を止める青年の主張~ 川内重信 @east_hot_springs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ