6-8. 二つとない日
文化祭翌日、木曜日の朝、いつものように登校し、下駄箱で靴を履き替えようとすると、白岡が立っていた。
「川内君、あの、おはよう」
偶然出会ったふりをしているのだろうが、待ち伏せしていたことがバレバレである。
「ああ、白岡か。おはよう。どうした?」
「あの、川内君、今日古ガジェ行く?」
「ああ、もちろん」
初期のころのブーブー文句を垂れていた私をご存知の読者からすると、幾分意外に思われるかもしれないが、このところ私は古ガジェに積極的に参加していた。だから、あえてこのように訴える必要もないのだが。そうでなかったとしても、別に教室で言えば良いのでは、という疑問もある。
「買い物を頼まれてくれる? 『研究室』の備品が切れそうなの」
「なるほど、そういうことか。了解。買ってから『研究室』に行くよ」
そういいながら、購入物リストを書いたメモをもらう。
「良かった、ありがとう!」
白岡は満面の笑みであった。買い物に行ったくらいでこれだけ感謝されるなら毎日だって買い物してやろう。
備品リストにゴミ箱(すでに一つあるが、もう一つあると重宝するという話になった)があったので、スーパーやコンビニでは手に入らないだろうと判断し、平和通りのダイキまで買いに行った。やや距離があったので思いの外時間がかかってしまった。
早歩きになりながら、「研究室」の扉を開くと、同時にクラッカーの音がした。
「シゲシゲ、おめでとう!」
「川内君、おめでとう」
「眼鏡君、おめでとう」
「川内、おめでとう」
「それでね、シゲシゲにみんなからプレゼントがあります! じゃーん」
「これは」
渡されたのは水筒だった。私が愛用していたものよりも一回り大きい。能力を使う時に用いろというのだろう、今の水筒だと手を突っ込むのにやや窮屈であると、誰かみて気づいたのかもしれない。
趣旨を理解し、ヒロミに目配せすると、笑い返してきた。
私は誕生日を祝う習慣なんてなくなってしまえばいいと思っている。一々相手の誕生日を覚えているのは面倒であるし、それ以外の年中行事とバッティングしたり、年によって曜日の巡りが悪かったりと、悩みは尽きない。その点、我が国の伝統的な制度である数え年は優れている。みんな同時に年をとるから平等であるし、元日は常に旗日である。除夜の鐘でしんみりしながら迎えるのもよいし、カウントダウンパーティで盛り上がるのもよい。「あけおめ、ことよろ」で万事恙なく回っていく。
「ありがとう」
しかし、この日は感謝の言葉が自然と口をついて出た。ちょっと、ほんのちょっとだけ幸せな気持ちになれた。僕はここにいていいんだ 、そう思えた。私はいま生きている 。
「研究室」で楽しく過ごしていたら時間がたつのもあっという間だった。19時ごろに白岡と一緒に家路につく。
「白岡、今日はすごく楽しかった、ありがとう」
白岡は「うん」と応じるが、落ち着かない様子である。何か物を言いたげだ。
「川内君、あのね、プレゼントなんだけど」
「ああ、ありがとな。大切に使わせてもらうよ」
先ほどもらった水筒のことかと思ったが、どうやら違うらしい。
「あの、そうじゃなくて、これ」
白岡はいつもよりも膨らんだ手提げ鞄を探る。
「え、もしかしてマフラー?」
それは紺色の手編みのマフラーだった。手にとってずっしりと重く、素人目にも丁寧に編まれているのが分かる。
「そう、編んだの初めてだから、よくできているかどうか、分からないけど」
白岡が不安そうに見つめるので、もらったマフラーを首に巻いて見る。
「すごくあったかいよ、冬になったら使わせてもらう」
「あ、そっか、ごめんね。季節考えてなくて」
9月も末、夜になると橋の上を渡る風は心なしか冷たい。
私はマフラーをしたまま家に帰った。
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家に帰った後、20時を回ったくらいにチャイムが鳴った。
「こんばんはー、福山通運です」
宅配便の人(*1)から小包を受け取る。上下15cm、高さ5cmくらいの小さな箱だ。
「川内さん、お誕生日おめでとうございます。これからずっと、お世話になるという気持ちをお入れしました。ちょっと気が早いですが、冬に使ってください」
箱を開くと、メッセージカードが入っていた。達筆な字は相変わらずであったが、前にもらった手紙より幾分砕けた調子になっており、距離が近くなったことが感じられて嬉しい。
そして、メッセージカードの下から現れたのは手袋だった。
深い緑色をしていて、やはり手で編まれたものだった。
都合、帽子・マフラー・手袋が揃ってしまった。かぶらなくて良かったというべきなのか。
21時を回ったころ、電話がかかってきた。
『重信、誕生日おめでとう』
「ああ、母さん。ありがとう」
『重信、全然連絡くれないけれど、元気なの?』
母が遠慮がちに問うてくる。
「最近は、友達も増えてうまくやっているよ。心配かけてごめん。」
柄にもない言葉が出てしまったのは、昼間の出来事と無関係ではあるまい。
「重信、大事な話があるの」
内心またそれかよ、と思いつつその夜は少しだけ、オオカミ少年に付き合ってやろうという気になった。ところが。
「あのね、ベランダの小麦がね…」
「え?」
小麦って何だよ。
確かに前から母は食材に対する妄執があったが、ついに小麦まで自分で育てるようになっていたのか(*2)。TOKYOにいる母だが、これならTOKIO にも入れるんじゃないか。
興味を持ってクエスチョンマークを投げてしまったが最後、以降は母の小麦栽培事情を延々と聞かされた。でもまあ思いのほか楽しかった。しみじみ知った郷土愛 。伝えておくれ故郷へ、ここで生きていくと。
いつも心配かけてばかり、いけない息子の僕でした
今回は話がピーマンで申し訳ない。次回は少しはましな話になるんじゃないかと。
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〈註〉
*1 宅配便の人:
*2 小麦まで……: ベランダで小麦が育つのかと疑問に思われるかもしれないが、小麦はプランターでも栽培することができる[1]。稲作地帯の小学校では、非農家のこどもに種籾を配って、バケツで栽培を体験してもらうなんて取り組みがあると聞いたことがあるが、うどん県あたりではあるいは、小麦の栽培体験をやっているのかもしれない。
〈参考〉
[1]「プランターでパン用小麦をつくってみよう。そしてパンを焼こう!!」『Yahoo! 知恵袋』 https://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n65586
たぶんここにある春化処理ってのをして春に蒔いたと思われる。
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