6-7. けったいな勘違い

👉いままでのあらすじ

・松山帰還

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 私にしては早く古ガジェに向かうと、「研究室」にいたのは山北だけだった。


「やあメガネ君」


 突っ伏して寝ていたと見えて、ひるね姫 は目をこする。


 私と同時に授業が終了したはずなのに、真っ先に移動して寝ているとは驚くべき情熱である。


「なあ、前から疑問に思っていたんだけど、その『メガネ君』ってなんだ?」


 読者の皆様の間では誤認が定着してしまっているのではないかと危惧するが、その実私はメガネをしていない。また、メガネのような模様の毛 が生えているわけでもなければ、バスケ部の副キャプテン でもない。


 そう、これは叙述トリックってやつです。


「ん? メガネ君は、メガネ君の愛称だよ」

「それは分かるけど、何でメガネなんだよ」

「何も言われないから、分かってるかと思ってたよ。ほら、性格がメガネっぽいじゃん」


 強調しておきたいのは、これが山北の個人的見解であるということである。


 だから、全国のメガネな皆様、私のような鬱陶しい性格の人間と同一視されたと、どうか憤らないでいただきたい。私もこの主張に賛同するわけではないのだ(*1)


 そこで人物接近警報器が反応した。


「三世一身法」


 女性の声で常とは異なる単語だ。


「なにこれ?」

「登別バージョンも追加したみたい」


 山北が応じるが、何のことやら理解できず、首をかしげる。


「ああそうか、メガネ君は知らないのね。登別蘭、日本史の先生だよ。そして、クマさんの彼女だよ」


 へえ、あのクマさんに彼女なんていたんだな。相手の登別とか言う教師は地理選択なので接点がなく知らなかった。


「あの二人はいつ見ても熱々だからね。クマさんと言えば登別先生、登別先生と言えばクマさんやよ 」


 色恋族の山北はなぜか嬉しそうに追加する。


 入ってきたのは白岡だった。

「ヒロミはどうしたんだろ」


 ヒロミに三郎氏の話をしてから今日が初めての古ガジェだった。


 ラインなどでは連絡を取り合っていて、表面上は平常通りであったが、やはり実際に会ってみないと分からない。


 嬉野がいないのは日常茶飯事だが、ヒロミが連絡もなしに活動へ来なかったことは今までなかったので、余計に気になった。


「大丈夫かな」


 関家の事情を知っている白岡も不安気だ。


「兄貴に呼び出されてるみたい」


 毎回書いている気がするが、兄貴というのは山北の兄である山北大和デメキン先生である。理由はどうあれ、ふさぎ込んでいて来ない、来られないというわけではないようで一安心である。


「それならいいや、数学でなんかやらかしたんかな」


 山北はジト目になってこちらを見返してくる。

「逆だよーメガネ君、大変優秀だって言ってた」


 山北が言うには理系科目では学年トップの成績なのだという。腐っても、県内公立トップの進学校だ。理系だけとはいえ、相当優秀に違いない。進路は決めていないと言っていたが、関東や関西の有名大学にも進学できるに違いない。


「川内君とは違うんだから」


 安心したのは白岡も同様で、軽口をたたいていた。その日はヒロミには結局会えずじまいだった。だが、


 再び人物接近警報器が鳴る。


「シュリーヴィジャ”ヤ”」


 今度はいつものクマさんだ。嬉野が入ってきた。


「久しぶり……って何だ、あんたらだけか」


 海外旅行から帰った嬉野は前日の月曜日から普通に登校していた。ヒロミ以外はクラスが同じなのですでに顔を合わせている。ビニール袋を二つ引っ提げているうちの、一つを差し出した。


「はいこれ、お土産」


 残りの一つはただのコンビニの袋で、いつもの間食のようだ。嬉野が行っていた旅行先はタジキスタンの首都、ドゥシャンベ(*2)だったらしい。こういうマイナーなチョイスが逆に金持ちらしい。どうせ西欧はもう飽きたとか言うんだろ。(土産のハチミツは美味しかったです、ありがとうございました、嬉野ならハチミツのために大冒険するのかもしれない)生まれ変わった私はオンブズマンに協力的である。


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 帰り道で「それで、安国寺さんの家はどうだったの」と白岡に問われたので、昨日の一件を話す。ふむふむと聞いていた白岡であったが、最後の安国寺がこちらに来ることになったくだりで、度肝を抜かれていた。だが、そこはわれらが白岡である。「4人、いえ読心術者もいれれば5人、かなりいろいろなことができる」と早速強かに計画を練っていた。


 安国寺家での戦いで戦略的に勝利した私は鼻高々で、今週の私はもう先週までの私とは違う! 安国寺家であれだけやったじゃないか! 家族問題の解決はこの川内重信にお任せあれ!……といった具合に意気揚々と関家に向かった、などということは決してなかった。


 関家訪問は次の土曜日であったが、気が重くて重くて仕方がなかった。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、空が雲に覆われた日が続いた。ヒロミは翌日水曜日の休み時間に会いに行ったときはいつも通りのように見えたが、木曜日の部活は文化祭前ということでなくなってしまい、まとまった時間をとって会うことはできないまま土曜日を迎えてしまった。もちろん電話やラインでは連絡を取っていたが、ヒロミも週末が近づくにつれ落ち着きを失っているようだった。不安な心に追い打ちをかけるように、土曜日は特に寒かった。


 バスと歩きで関家に到着したのは昼前だった。何にも知らない一乃さんは数か月ぶりの私の訪問を無邪気に喜んだ。


「ご無沙汰しています、一乃さん」

「おう、よく来たな」


 リビングに通してもらうと、ヒロミが待っていた。


「よ、シゲシゲ」


 やはり見たところ、平常そうだが、声からは微かに緊張が見て取れる。


「よう……あの三郎さんは?」

「いまは買い物に出かけている……どうした?」


 一乃さんが応じた。さすがに家族全員がいる場で話すのは気が引けたので、三人だけのタイミングを作るよう、ヒロミと謀ったのだった。長時間買い物に行ってもらうわけにもいかず、話すチャンスは無限にあるわけではなく、すぐにかからねばならない。ヒロミをちらりと見やると頷き返してくれた。よし、切り出そう。


「実はですね……」


 私は先日三郎さんを見かけた話をした。


「え、そんな」


 ヒロミが驚きのあまり固まる一方で、一乃さんは吸っていたタバコを吸い終えると、「KYの徹底」などとぶつぶつ言いながら、携帯電話をもって部屋の外へ出てしまった。


 戻ってきた一乃さんはガハハと笑い、一言。


「重信君、大丈夫だ」


 ヒロミも私も目が点になった。一体、何がどうなったら大丈夫なのだろう。一乃さんが浮気を気にしない人だという可能性はまあなくはないのかもしれないが、それにしたってヒロミの気持ちはどうなるんだ。


「まあ今に分かるさ」


 一乃さんはニヤニヤするばかりで何も教えてくれない。


 そうこうしているうちに、ガチャリと鍵を回す音がして、三郎さんが帰ってきてしまった。三郎さんは密会を目撃した時よりもさらに健康的になっていて、もはやうらなりと形容するのがはばかられるくらいであった。


「やあ重信君、よく来たね。今母さんから聞いたよ、あれは僕の妹だよ」


 へ、あ、妹。うわ、何やってんだおれ。何だ兄妹なのか。本当にごめんなさい。良好な兄妹関係、おにあい ……なのかな? さすがはお兄様です ? いやでも、ちょっと待って、中年にもなって兄妹であれって……。気持ち悪いと思うよ。普通じゃないと思う。異常だと思う。まあ他人の価値観にどうこう言うもうんじゃないってのは分かっているけどさ。


「妹?」


 ほれ見ろ、ヒロミも戸惑った表情をしている。


「ヒロミ」


 一乃さんがやおら立ち上がり、ヒロミを連れて隣の部屋に行ってしまった。

 数分経って戻ってきたヒロミは納得した様子だった。


「いやー、びっくりしたよ、まさかパパとおばさんがねえー」


 一度は真珠夫人 や牡丹と薔薇 的ドロドロ展開に進むかと思われた関家のストーリーは、再び明るいホームコメディへと軌道修正した。その後の時間は昼食やら何やかやで普通の休日を関家の皆さんと過ごした。逃げ出したいくらい恥ずかしかったが。一乃さんも三郎さんもフォローしようとしてくれるのが却って辛い。謂れもない誹謗中傷を投げつけた形になったのに、気にせず接してくれるのは本当にありがたいのだけど。そういう地獄のような時間を過ごした後の帰り道、バス停まで送ってくれるというヒロミと歩く。いやもう恥ずかしいし、とっとと一人になりたいんだけど、折角の行為をむげに断るわけにもいかず。


「今日は助かったよ」


 ヒロミは感謝してくれているが、私が勝手に勘違いして暴走したに過ぎない。関家みんなに迷惑をかけてしまった。そして、一番の被害者はヒロミだろう。


「いや、勘違いだったし、むしろ謝らないと」

「ううん、あたしのうちのことにあんなに真剣になってくれて嬉しかった」


 どう返答していいのかわからずに、そのまま無言で歩いてしまった。そうこうしているうちにバス停まで到着した。意を決したように、ヒロミが口を開く。


「あたし、シゲシゲの役に立っているのかな」


 お前は役立たずだという皮肉かと思えば、そうではなさそうだ。私からしてみれば随分と的外れなことを言っているように思われたが、ヒロミは真剣に問うている。ならばこちらも真面目に答えよう。


「二つ答えがある。良い方と悪い方、どっちから聞きたい?」

「何それ」

「いいからどっち」

「じゃあ良い方で」

「お前はもっと自分が周りにどれだけ良い影響を与えているか自覚した方がいい。私にしても、白岡にしても、ああいう人間だから、放っておいたら(長いため以下省略しました)。次に悪い方。これはさっきお前が言ったじゃないか。役に立っているかどうかなんてどうでもいい。お前が以下に役に立とうと努力したところでヒロミはヒロミでしかない。だから余計なこと考えるな」


 はあ、こんなの、一息じゃないととても言えないな。本文章における私の発言の最高記録更新ですよ、奥さん。


「そっか」

「そうだよ」

「あたしさ、アヤメンのやり方じゃまだ足りないと思うんだ。だから、あたしはあたしなりに頑張るから、そういうことで、よろしく」

「ほら、バス来たし、乗った乗った」


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「だーれだ?」


 翌日朝、文化祭の準備のために登校し下駄箱で靴を替えていると、いきなり視界を奪われた。通例、こういうのは手で相手の目をふさぐものであるが、私の視界をふさいだのは毛糸の帽子であった。


「こんなことをする奴はヒロミしかいない」


 声とか、背の高さとか、それ以外の点でもこの上ないくらいにヒロミ的である。


「おお、さすがシゲシゲ。褒美にその帽子を賜ろうぞ」

「まだ暑いってのに、何だって帽子なんだ」

「別の季節なのに手に入るこのプレミア感、、冬扇夏炉原文ママっていうんだよ」


 何が言いたいかさっぱりだが、まあ贈り物をしようっていう気持ちだけはとりあえず伝わってくる。


「シゲシゲ、昨日は助かったよ。תודה, תודה」


 花の咲くような笑顔でそう言うと、ヒロミは走り去っていった。何はともあれ、ヒロミに平和な日常が戻って良かった(と、自らの盛大な勘違いを正当化しておく)。


「おう、帽子ありがとな」


 みるみる離れていくヒロミに向けて叫んでおいた。


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〈註〉

*1 私もこの主張に……: 2016年のベストメガネドレッサーは河野太郎・大西洋・春風亭翔太・広末涼子・及川光博・西内まりや・河北麻友子(部門省略)である。メガネっぽいというのは、これらの人々に似ているという意味で使うのが自然な用法というものであろう。

*2 ドゥシャンベ……: 外務省海外安全情報[1]によると、ドゥシャンベ付近は「十分注意してください」とのことなので、もし訪問される方がおられたら十分注意してください。


〈参考〉

[1]外務省海外安全ホームページ「タジキスタン」

http://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcinfectionspothazardinfo_201.html#ad-image-0

2017年7月22日閲覧

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