6-6. まさかの再登場

👉いままでのあらすじ

広島に来た

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 城の東側で昼食をとった後、アストラムラインで安国寺の家へ向かった。デルタ地帯の北の端で山がすぐそこまで迫っていた。安国寺の父はこの近所の寺の息子だったが、長男ではなかったので継がなかったのだという。それなのに娘はミッション系の学校というのはいかがなものなのかとも思ったが、安国寺曰く「そういうもの」らしい。


 一通りの挨拶を済ませると、安国寺の父親の部屋に通された。二人で会いたいということだ。


「……って、アンタこの前の海の家のオッサンじゃないか」


 和室で出迎えたのは3-5.で登場した海の家の主人である。


 コミックリリーフかと思われたかもしれないが、実はこの後も登場する重要なキャラクターなのである。


 やたら能力に詳しかったが、そういうことなのか。


「川内重信君、今回はまことにすまなかった、この通りだ」


 私のつぶやきが聞こえなかったように、安国寺の父である安国寺蝉丸は対面して早々頭を下げた。どうやら海の家の話は知らぬ存ぜぬで押し通すらしい。とは言え、謝罪それ自体は誠意のあるものと見受けられた。頭を下げて微動だにしない。


「いえ、もう過ぎたことですから。それに埋め合わせもしていただきましたし」

「そう言ってくれると助かるよ」


 相変わらずうち沈んだ声だ。


「そうだ、何か聞きたいことがあれば答えるよ」


 この際だから、素直に聞きたいことを聞いてやろう。


「そうですね……安国寺家には分刻法という秘儀があると聞きました」

「3分を一日の中で自由に分割できる分刻法は安国寺家に伝わる秘儀だ。しかし、資料が散逸してしまってな。方法が分からなくなってしまっている」


 疑問に答えるという行いを通して、蝉丸氏は幾分調子を取り戻したようだ。


「君は自分が使いたいと考えているのだろう?何、別に悪いことではない、能力者として当然の発想だ。だが安国寺家以外の人間に使えるものではない。申し訳ないが、こればっかりはわしにもいかんともしがたい」


 本格的に調子を取り戻し、蝉丸氏はなおも能弁だ。


「ここだけの話だがな、お詫びついでに教えておこう。わしは分刻法の復活で資金を作り出したいと考えている」

「分刻法で資金を?」


 意外な目的に鸚鵡返しに聞き返してしまう。


「2分50秒だ」

「え?」

「わしは錬金術の能力者でな、毎日金を作り出しては、IRAの活動資金を供給しておる。だが、能力を使って金を生み出すのを毎日2分50秒だけにしているんだ」


 力を完全に発揮せず、隠しているということか。分刻法を手に入れることで、毎日10秒先方に気づかれないように金を生み出していくことができるという算段だろう。


「お金を作ってどうなさるんですか?」

「今はやりのローカルコンテンツってやつだな。これを作って儲けるんだ」


 謝罪というお堅い場に合わせて、あるいは一家の主として威厳をもって振舞っているが、なるほど、中の人はあの海の家のオッサンである。あの時、地元では真っ当な商売をしていると言っていたが、それがこれかよ……。


「そうですか、ありがとうございます」


 その後も具体的な計画(*1)についてつらつらと述べ立てたが、私は聞き流したうえで締めくくった。楽し気に話していたのを適当にあしらったのが悪かったのか、それきり沈黙してしまう。


 やめてくれ、なんか俺が悪いことをしたみたいじゃないか。と思ったら、一応まだ能弁モードは継続していたようで、再び「ついで」の話を始めてくれた。


「ついでのついでと言っては何だが、わしの身の上話を聞いてもらっても良いだろうか」


 本文章の注釈欄の様に蛇足に蛇足を重ねる蝉丸氏であったが、身の上話は興味があった。親子の能力がねじれているという問題の答えも分かるかもしれない。


「ええ」

「先ほども話したようにわしの能力は錬金術だが、綾はそうじゃない」


 これは気になっていた点だ。私の表情から感じ取ったのか、安国寺父は続ける。


「ふむ、綾の能力についてもう聞いておったか。君が思うように、綾は実の娘じゃあないんだ」

「なるほど」


 センシティブな問題故、どれくらい突っ込んでよいものかと躊躇っていると、蝉丸氏は続ける。


「わしは子供のころから自分の能力が嫌で嫌でしかたがなかった。それで、能力なんていうのは自分の代で終わらせたいと思っているんだ。だから、結婚したときにも相手に条件を付けたんだ、絶対に子供はつくらない、と」


 蝉丸氏はそこで話を区切り、湯呑に手をやり茶で口を潤した。


「今でこそ、能力に関係なくそういう考え方の夫婦も多いんじゃないかと思うが、わしの時代ではやはりこどもを産んで当然と思われていた。なかなか結婚相手が見つからなかったが、妻だけは違った。腹の中でどう思っていたんだかは知らないが、私の申し出に嫌な顔一つしなかった」


 私たちの親世代にしては随分年を取っているように見える安国寺父だが、そういう事情があったのか。今じゃDINKSなんて珍しくもなんともないが、そりゃ昔は変人のように見られたのだろう。


「だが、わしは一度過ちを犯した。妊娠した妻に対して、わしは当然、堕胎することを要求した。その時にわしは考えなかったんだな、自分の胎の中に生まれた命に対して抱く情愛を。あるいは、妻は最初からわしのこどもを産みたいと思っていたのかもしれん。まあ今となっては知りようのないことじゃが。わしは妻を勘当し、家から追い出した」


 凄絶な内容に私は返答することができなかった。蝉丸氏は自嘲気味に笑った後、続けた。


「人間っちゅうもんは愚かなもんで、失ってからはじめて事の重大さに気づくもんでな。わしはそれから後悔の念にさいなまれた。その時だったんじゃ、身寄りを失った能力者の孤児がいると聞いたのは」

「その孤児というのが……」

「そう、綾じゃ」


 蝉丸氏は静かに頷いた。


「だからのう、綾をひきとったのは罪滅ぼしみたいなもんじゃ。わしには綾に絶対辛い思いをさせんという責任がある。血はつながっておらんでも、その思いは実の親子に負けない自信がある」

「……」

「さて、こんな辛気臭い話は終わりだ。お詫びもかねて食事を用意している、食べていくくらいの時間はあるんだろう」


 そういって安国寺父は一人で部屋を去って行ってしまった。


 取り残された私に、お手伝いの人(*2)――という表現でよいのだろうか――が声をかける。


「気難しい人でごめんなさいね。昔はこんなんじゃなかったんですけどね、一度女に裏切られて。あの不義理な女が悪いんですよ」


 雇われの身である以上、自分の主人をよく言うのは当然であろう。しかし、この発言はどちらかというと、安国寺父の妻を悪く言う点に重きが置かれているように感じられた。


 それからは安国寺も交えて三人で食事となった。

 なんかこう、御上品な御姿の御料理が御台所から順送りに御出ましになっておろおろする。御御御付一つとっても、恐らく御大豆から違うんだろうなあという思いになる。多くは大岡山のお店のような大盛の男飯を食っている私にはお門違いだ。 いや、大変ありがたいのだけど、わしはお好み焼きが食いたいんじゃ。といっても、地域色がないわけでもないのだ。牡蠣(*3)が仰々しい皿に一つだけ盛られて、なんだかすごそうな薬味に彩られている。


 そういう緊張の中での食事ではあったが、安国寺の巧妙なファシリテートによりどうにかこうにか会話をしながら真っ当に食事をすることができた。食事も終盤に差し掛かったころ、安国寺と目配せをして切り出す。


「蝉丸さん、あなたが自分の娘を幸せにしたいという気持ちは分かります。でも、あなたの幸せを押し付けるのはちょっと違うんじゃないでしょうか。綾さんは一人の人間です。綾さんには綾さん自身の幸福があるんじゃないでしょうか」


 港に着いた時話を聞いてから本番までジェットコースターのようであったから、かえって緊張せずになるようになれで進めることができた。それが安国寺にとってプラスになるかはよく分からないが。


「なるほど、君の言うことは分かる。償いのために娘をとったが、自分の考えに縛られて教育方針を決定してしまうのは同じ轍を踏んでいるのかもしれないな」


 蝉丸氏の反応は好意的なものだった。どや、私の手にかかればこんな偏屈オヤジなんてイチコロだ、俺TUEEE!と心の中で快哉を叫ぶ。ところが。


「でも」


 と来やがった。んだよ、デモもストもローキ《労基署》(*4)もねーよ。


「私は能力を持った子供が生まれないようにすることが、幸せへの唯一の道だと確信している。それに綾はまだこどもだ。本人の自由にさせるのはあと数年してからでも遅くはないじゃろ」


 相対的な幸福を認めた舌の根も乾かぬうちに行っていることが矛盾している気もするが、まあこの辺りで妥協点を探るべきなんだろう。私の下心を全く疑わずに話を聞いてくれるだけでも喜ぶべきだ。それに、正直なところ、私はどちらかというとこのオヤジの考え方の方に共感するのだ。


「じゃあさしあたり、綾さんを一回外で暮らさせてみたらどうですか」

「突然何を言い出すかと思えば。そんなこと許せるわけないだろ」

「綾さんを信頼していないんですか」

「ふん、詭弁を弄しおって」

「お父様!」


 安国寺が湯呑(*5)を勢いよく置いた音が和室に響き渡る。


「お父様の言いつけは必ず守りますから。どうかお許しください」

「いまの女子校じゃ何か不満があるのかね」

「いえ、今の環境は満ち足りております。友人たちもよい人ばかりで、毎日が楽しいです。このまま大学に進学して、就職する。特に不自由なく進めるでしょう。時々思うんです、わたくし、このまま安全な道を進むだけでいいんでしょうか。もっと厳しい環境に身を置いて成長を目指すべきではないんでしょうか」


 昼頃とは全く異なる理屈を滔々と語る安国寺。あな恐ろしや。尤も、今述べた理屈もそれはそれで本心から来るものであろう。私などは一人で暮らすことを強いられた身であるが、安国寺の言うような意義もなかったわけじゃあない。


「ふん、そういうことにしておこうか。もとより能力の根絶やしのためにはどっちでもよいことだ、勝手にすればいい」

「ありがとうございます、お父様!」


 安国寺は蝉丸氏に抱きついていた。


「こら、やめんかい」


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 安国寺家を辞すとき、安国寺父からもう一度声をかけられる。


「川内君、お詫びにということで呼んだけれども、こういうことになってしまって申し訳なかった」


 蝉丸氏は最初に対面したときのしおしおモードに戻っていた。


「いえ、うまくいって良かったです」

「そのことなんだが、綾は君の所に行くことになると思う」


 蝉丸氏は苦笑しながら付け加えた。


「はい」


 何となくそうなるんだろうとは思っていたが、やはり。


「何か必要なことがあったら遠慮なくいってくれ。わしにできることなら願い事をかなえてやろう」

「分かりました。考えておきます」


 娘に翼を 与えるべきなんじゃないだろうか、と言いかけたが、しおしおモードの蝉丸氏に強いていう気も起きなかった。


「君が信頼できると見込んだからだ、娘を頼んだぞ」


 まるで嫁にやるかのような物言いに、玄関先でずっこけそうになった。


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〈註〉

*1 具体的な計画: 何かいろいろ語っていたけれども、いずれも未だに実現していないところから、お察しいただきたいが、あるいはFF15みたいに超大作として結実するかもしれない。刮目して待たれよ。

*2 お手伝いの人: 船引三春ふねひきみはる

*3 牡蠣: 私の友人若宮は焼き牡蠣食べ放題(自分で焼く)で、生焼けの状態の牡蠣を食べ当たったので、以来牡蠣を毛嫌いしているが、完全に自業自得である。

*4 ローキ: IRAは裁量労働制を採用している。

*5 湯呑: 当然「研究室」にあるようなオモシロ湯呑ではなく、魯山人だかなんかそんな感じの高そうな湯呑である。

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