微睡みと煙に塗れていく夜

中田祐三

第1話

タイムカードを押して会社を出ると外は濁るように暗くなっていた。


今日は月末に入った25日の夜。


人生と精神をすり潰して代償として僅かばかりの金が入る日。


時刻は17時25分。 冬の真っ只中の屋外はヒンヤリとでも爽やかな風が吹いている。


心地良い。 心も身体も。


それは懐が暖かくなっているからだろうか?


こんな日は少しだけ羽目を外したくなるから、積んでいたDVDを消化するのはやめて街へ繰り出そう。


でもその前に硬くなった心をほぐす為の一手間が必要だ。


だからまず僕は薬局へと向かう。


そこで咳止めシロップを二本購入し、早速箱を乱暴に開けて一気に飲みほす。


準備は出来た。


まったりと楽しい夜がもうすぐ始まる。





投入したそれが胃を通り腸内で吸収しきるまでは会社近くのマンガ喫茶でノンビリとマンガを読んでいた。


読んでいたのは熱くなるような少年漫画でもなく、笑い転げるようなギャグマンガでもない。


気が滅入るような鬱々としてて僅かにセンチメンタルになるような内容の青年雑誌。


ダウナーに沈み込むような不快感と共に椅子に沈み込む。


一通り読み終え、携帯で時刻を見る。


そろそろ頃合いだ。 席を立ちカウンターに向かいコインを差し出してタオルを受け取る。


フロアの端に設置されたシャワー室に入り、お湯を出す。


十分に身体が火照ってきたら冷水に切り替え身体を引き締める。


それを交互に繰り返す。


五回ほど繰り返したらシャワー室を出てまた席に戻り、一度大きく深呼吸をした。


するとそれを待っていたかのように腹の辺りで雷にも似た音が鳴る。


合図は来た。 少しだけそれに耐えながらトイレへと向かう。


次の目的地に着くまでに溜まった心の老廃物とそれを流し切ってしまおう。


本番はこれからなのだから。


心も身体も、そして腸内もスッキリとしたところでマンガ喫茶を出ていく。





その店は繁華街のメインストリートから一本外れたビル内にある。


花瓶にも似た絵をカラフルに施された看板にはShishaと彫り込まれている。


これは店の名前じゃない。


扱っている物のことだ。


ややフラつく足元に踏ん張りながら階段を昇っていく。


微熱にも似た感覚。 身体を流れる血液とそれに含まれた成分によって不自然な安心感に包まれてる。


受付のお兄さんは今日もニコニコと愛想が良い。


注文を済ませ、いつもの定位置へ。


幸先が良い。 ますます気分が良くなる。


革張りのソファーはフンワリと柔らかく、体重を預けるとズブズブと沈んでいく。


「はあ〜…」


幸福を多分に含んだ息を吐くと同時にShishaがやってくる。


フレーバーは2×2、純度100%のミントだ。


全身を弛緩させてマウスピースを取り付けた吸い込み口を咥えこみ、浅く吸い込むと瞬間口内にミントの芳醇な香りが滑りこんでくる。


白く濃い煙は細やかに天井へと上り、薄くなって消えていき、ボンヤリとそれを見上げる。


また一つ吸い込む。 今度は先ほどよりも深く。


少しだけ咳き込みかけるが耐えて、しばし肺の中に留まらせておくと煙に含まれた一酸化炭素による酸欠で頭がクラクラしてきた。


体内に十分に取り込んで吐き出す。


貧血のようにグラリと頭が後ろに倒れる。


目を瞑り、微睡みにも似た酩酊感を楽しむ。


退廃的な快楽と回転しているような錯覚のコラボレーションは普通に生きていれば味わうことはないだろう。


ああ生きてるって素晴らしい。


心から思える。 たとえこれがやや不健全なことだとしても。


心が乾いていく都会の生活には程よいアクセントになるのだ。


店内に流れるロキノン系のサウンドに耳を傾けつつ、微睡みと煙に塗れた僕は一人、この夜に酔いしれていく。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

微睡みと煙に塗れていく夜 中田祐三 @syousetugaki123456

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ