えぴろーぐ ぼくのいもーとのバックスタブが留まるところを知らない件

 僕のもとを妹が去って、一年が経とうとしていた。

 結局、僕は騎士にはなれなかった。

 カラメーさんは尽力してくれたみたいだったけれど、どうも僕の至らなさが原因らしい。

 それでも諦めることはできないという僕に、カラメーさんは、では妹さんを預からせて下さいと言った。

 キリノにはひょっとすると素養があるかも知れなくって、それを詳しく調べたいのだと。

 このことは両親にも承諾を得ていると言われては、僕に反論の余地はない。

 キリノ自身も乗り気だったから、なおさらだった。

 カラメーさんに頭を撫でながら、子犬のように振る舞う妹を、僕は複雑な胸中で送り出した。

 そうして今日、首都から、見覚えのある代物が届いた。

 記録水晶だった。

 そこには、小さな文字で、


『キリノ・ネーコ 極秘戦闘記録』


 と、書かれていた。

 僕は荷物を受け取るなり、慌てて部屋の中に戻ると、すぐさま水晶を起動した。

 僕の今後が、それよりも妹の安否が知りたかったからだ。

 でも──


「んほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 映し出されたのは、妹のだらしのない表情だった。

 眼尻は悦楽に融け、涙さえ浮かんでいる。

 真っ赤な口元はしまりがなく、とろとろと唾液が零れ、頬は桃色に紅潮している。

 瞳の中には、ハートマークさえ燈っているように見えた。


「兄さん元気ぃ? 私、あはああああああああ、こんなに元気で、んふ、い、いるわ!」


 彼女は黒い軽装鎧を身に纏い、戦場を走り回っていた。

 そうして、モンスターが目に付くと、素早くその背後に回り込み、心臓を一突きにする。

 まるで視線を感じて死線を躱すように。


「これぇえええ! これサイコーなのおおおおおお!! 心臓がドクドクいうたび、モンスター逝っちゃうのおおおお」


 危ない!

 快楽に身をくねらせる彼女を、他のモンスター──ミノタウロスが襲う!

 しかし、彼女はツバメのような敏捷さで身を翻すと、首筋を一閃! 牛頭のモンスターさえ、一撃で屠ってしまう。

 呆然とする僕に向かって、彼女は言う。


「私ぃ、いまはマスターのしたれぇ、暗殺騎士として頑張っているの! このままなら、歴代いいいいいい、最高で最低の暗殺者になれるってえええええ、マスターのお墨付きいいいいいいいにゃあああああ!!!」


 ……彼女は、変わってしまっていた。

 あんなに生真面目で優しかった彼女はもういない。

 そこにあるのは、血に狂った暗殺者の姿だけだった。

 腰まであった綺麗な髪も、いまは短く切りそろえられている。あんなにも気に入っていた僕の贈ったリボンはどこにも見当たらない。

 毒霧をまき散らす蛾のモンスター、モリフォンを前にした彼女は、すぐさま黒い布で口元を覆うと、皮膚に鱗粉が付かないよう、すっぽりとフードを被る。


「いまはぁ、タマキィーおねえちゃんと一緒に、王国の二枚看板なの!! ドロドロの看板娘なのぉ!! でも魔王が復活して王国には危機が迫っていて……ゼッタイ、絶対兄さんのことは守、まもおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 守るから安心してと、彼女は言った。

 僕の瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


「無病息災を願ってぇ、健康食品を贈るからぁ、兄さんは村の隅で一生を過ごしてへええええええ──もうむりぃ! 我慢できないのぉおおお! スタッブ、しゅるうううううう!!!」


 雄たけびを上げ、次のモンスターに妹が踊りかかるところで、映像は途切れた。

 最後に映し出されたのは、彼女の左手の薬指で鈍く輝く、ひと連なりの鎖だった。

 すべてを見終えて、僕は、同封されていた壺を持ち上げた。

 中身はケフィア。

 僕の地方では、愛する者の健康を思ってこれを贈ることが伝統と化している。

 でも。

 どう考えても、キリノの心は──


「くっ!」


 僕は一息にケフィアを煽った。

 とても苦く、酸っぱく、どろどろとした食感が口のなかを、喉を、胸を充たした。

 飲み終えて、口元の白濁をぬぐった僕は、言った。


「キリノすごい! 暗殺者、暗殺者もカッコイイなぁ!」


 暗殺騎士になるのも、将来ありかも知れない。

 僕はそう思うのだった。



 ないとれーにんぐ

 いもーとられ編

 おわり

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ないとれーにんぐ 信じて送り出した幼馴染のおねーちゃんが勇者のスパルタ教育にドハマリしてオリジナル笑顔ダブルソード戦闘記録を送ってくるなんて…… 雪車町地蔵 @aoi-ringo

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