第4話 Oナペット契約

「彼を騎士にするなんて、嘘に決まっているじゃあないですか」

「──え?」


 私は、急な言葉に、一瞬手を止めてしまいました。

 頭が真っ白になります。

 いま、いまこの男は、なんて──


「だから、嘘ですよ。あんなボンクラ、いくら頑張っても騎士になんてなれるわけないでしょう?」


 嘲笑を浮かべる魔導士。

 私は。

 私は手に持っていたナイフを──


 激しく、目の前の敵の心臓へと突き立てていました。


 さらに襲い掛かってくる次の敵──ゴブリンの首許に、ナイフを差し込みます。それはチーズに熱したスプーンをいれるような容易さで挿入され、モンスターの命を奪います。


「ち──違うの、こんなこと、したいんじゃなくてぇ!?」


 混乱が私を襲います。

 手を止めて抗議しなければいけないのに、私の意志に反して、身体が勝手に動いてしまうのです。

 私は、私は怒らなくてはいけないのです。

 嘘吐き魔導士を糾弾して、兄さんを騎士にしなくてはいけないのに──


「では、なぜ手を止めないのですか? なぜ敵を屠り続けるのですか?」

「しょ、しょれはぁ……」


 もはやほとんど自動的に、私は目の前のゴブリン、オーク、はてはデュラハンなどを的確に殺していきます。

 カラメーさんが焚いた魔物寄せのお香に集まってきたモンスターたちです。

 罪のないモンスターを、だけれど私は一切の仮借なく殺してしまいます。

 モンスターたちの敵意の視線が私の全身に突き刺さります。


「ひゃううううううううううう!!!」


 また1体、モンスターを殺しました。

 噴き出した体液が、熱いどろりとしたものが、私を穢します。その度に脳裏が灼熱し、訳が分からなくなってしまうのです。

 ……でも、これは必要なこと。

 こうしないと、村にモンスターが……


「お兄さんに倒してもらえばいいではないですか、あの貧相な少年にできるなら、ですが」

「で、できるわけ、なぃぃ……兄さん程度の技で、モンスターの心臓おくまで剣が届くわけぇぇ……」


 こんな強力なモンスターを相手に出来るのは、騎士だけで。

 でも、私の戦い方は、騎士のそれではなくて。


「そう、あなたは騎士ではない。わたくしも違う。王国随一の占術魔導士とは仮の姿です。わたくしは──俺は、暗殺騎士筆頭カラメー・テーデネ・トリーマン! 兄と双璧を為す、国防の要!」

「かなめぇぇぇぇ!!」

「俺の本来の目的は、国家の暗部たる暗殺騎士として、次代の暗殺者を見出すこと! はじめから、おまえが目的だったんだ、キリノ!」


 なまえ、兄さんや家族以外に呼び捨てにされて。

 まえはあんなに嫌だったのに、いまは、そんなに嫌じゃありません。

 むしろ──


「俺と来い! そうすれば、おまえを世界最強の暗殺騎士にしてやる! そうすればモーブくんをおまえが守ることができるんだぞ?」

「──あ」


 守る。

 私が、兄さんを、守る?

 それは、ほとんど麻薬のような言葉でした。その言葉を聞いた瞬間、私の中にあったたがというたがが、すべて外れてしまったのですから……


「いく、イクのぉおおおおお!! 私、暗殺騎士になるのぉおおおお!! 兄さんが騎士になれなくてもいいの、私がなるのんほおおおおおおお!!!?」


 突如全身を包み込む熱量。

 私の首許や手足に絡みつく、それは鎖の形をした魔術でした。


「ならば契約の宣言をしろ、キリノ! 国家のペットになると、オナペ王国の狗──オナペットになると!」

「しょ、しょれはぁ……」

「だったらいいのか? 二度とバックスタブが出来なくても? そうだろう、おまえは後ろからるのが大好きな、どうしようもない女だからな!」

「は、はいぃぃ! そうでしゅ、私、バックスタブが大好きないやらしい女なのおおお! もうたくさん敵を殺さないと満足できない変態なンホォオオオオオオ!!」


 ならば誓え。

 男は──彼は言いました。


「俺を師匠マスターと呼び、ともに暗殺騎士の道を行くのだ!」

「はい! 私は、キリノ・ネーコは、国家の狗に、オナペットにぃぃぃ、カラメーさまをマスターと慕うサイテー畜生暗殺者になりますうううう、誓いますううう!!」

「ならば行くぞ、キリノ。これより、本格的な修行をはじめる!」

「い、イクウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」


 ……そうして。

 私は、最強の暗殺騎士になるために、マスターのもとで修業を積むことになったのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る