第8話 未来


 声が、聞こえる。


 それは遠くから自分を呼び掛けているような声。

 その声はつい先程まで聞いていたものだ。

 次第に声は大きくなり、耳に突き刺さるような声量にまで達する。


 だが、不思議と耳障りとは思わなかった。何故かその声を聞くと安心し、癒される。


 途端に声の主が手を握ってきた。


「よく……頑張ったね……」


 そうだ、この声は……。


 不意に目を開けた。


 そこには今にも泣き出しそうなリスアの姿がある。後ろには真っ白い天井が目に入った。


「レ……レイト……君?」


 目覚めた事に気付いたのか、驚きながら声を掛けてくる。

 レイトはまるで応えるように口を開ける。


「……先生……」


 そう聞いた途端、リスアは耐えきれなくなり涙を流した。


「良かった……! 良かったぁああ……!!」


 まるで子供のように泣きじゃくりながら、レイトが横たわっている布団にしがみつく。

 涙がついて染みをつくりだす。


 徐々に意識が明瞭になってきて、自分に何があったのか思い出した。


 リスアはレイトにあの後の事を説明した。


 アライズやクラスメイトは能力で身を守っていたらしく、そこまで怪我は無く、ラピトリの能力で助かった事。


 倒した二人、グロウとプルーフは街に送られ牢屋に収容された事。


 そして、何故あの時リスアがいたかというと、レイトがお見舞いに来て帰った後で

「明日には退院しても大丈夫ですよ」

 と言われたので

「じゃあ、今日退院します!」

 と半ば強引に退院したらしい。


 先生らしいな、と笑っていると

「何笑ってるの〜?」

 とリスアが少し怒ってきた。


 その何気ないやりとりがまた平和な日常がやってきたのだと実感させてくれて、とても嬉しくなった。



 あんなに苦しく辛かったいじめも。


 大事な人達を傷付けられることも。





 ようやく、全てが終わったのだ。















 ──数年後


 才能とは何だろうか。


 ある学校の教室で一人の少年が自分に問いかけていた。


 複数の少年に殴られながら、そう問いかけるがそれは何の意味も成さなかった。


 やがて、複数の少年は飽きたのか去っていく。


 涙が頬を伝う。悔しくて自然と涙が零れ出た。


「泣いているだけじゃ何も始まりませんよ」


 その少年へ厳しい言葉が飛ぶ。

 声のした方に少年が目を向けると、一人の女の先生が立っていた。


「ちょっと先生! 言い方気を付けてくださいよ」


 その先生の後ろから、今度は男の先生が声を発した。


「ここは僕に任せて下さい」


 男の先生はそう言うと、女の先生は踵を返し、教室を後にする。


「あの子……昔の先生に似てますね」


 女の先生は去り際にそんな事を呟く。

 再度少年を見ると、昔の自分と姿が重なり合い、記憶が蘇る。


 男の先生は頷きながら、少年へと歩み寄った。


「あの先生、ちょっと怖いからね、気にしないで、悪い人じゃないんだけど」


 少年へ笑いかける。

 でも、と言葉を切り、続ける。


「泣いているだけでは変わらないのは本当かもしれない……」


 そう呟くように言うと少年は思わず言い返した。


「じゃあ……どうすればいいんですか!」


 思わず怒ってしまい、しまった、と思ったのか項垂れてしまう。


 だが男の先生は、少年の頭へと手を置いて……


「じゃあ、僕と強くなろうよ!」


 男の先生──レイトは過去の自分が言われた言葉を目の前の少年へと送った。


 その様子を一人の先生が見ていた。先程少年に厳しくも正しい言葉を浴びせた女の先生だ。

 その先生は二人の様子を見て、僅かに唇に笑がこぼれた。


「アライズさん? どうしたの?」


 女の先生──アライズは背後から呼び掛けられ振り向くと、そこにはこの学校の校長先生がいた。


「校長先生……」


 校長先生は教室を見て、ふと呟く。


「レイト君も……強くなったのね」


 記憶を探り、懐かしそうに。


「そうですね、まだ甘い所はありますけどね」


 アライズは相変わらずといった感じで発した。


「まぁまぁ……それがレイト君の良い所じゃない?」


「それにしても……あの姿……似てますね、昔の校長先生……いや……リスア先生に」


 校長先生──リスアは思わず照れて、顔が綻びそうになり、慌てて言葉を紡ぐ。


「そ……そういえばテストの準備とかいいの?」

「テストまだ先なので……」


 照れ隠しに言うリスアの言葉を冷静に返すアライズ。


「あ、でも、宿題とかあるでしょ?」

「いえ、宿題出してないですよ、大丈夫ですか?」


 なかなか去ってくれない。このままでは成長したレイトの姿に泣き出してしまいそうなリスアは


「あ〜、もういいから、行こ行こ!」


 とアライズの背中を押す。


 そして、一度立ち止まるとレイトの姿を見た。


 少年がかつてのレイトと重なり、涙が溢れて、零れる寸前。


「どうしました?」


 アライズに声を掛けられて驚く。


「な、何でもない! 何でもない! 行こ!行こ!」


 リスアは慌ててアライズの背中を押し、その場から遠ざかる。


 最後にもう一度だけ振り返り、レイトを見た。


 リスアは両手を胸の前に出し、握り締める。






 その表情はあの時と同じように。





 切にそれだけを願い。





 たった一言。






 言葉を送る。

















「……頑張って」




 終

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臆病者の成長記 そるふ @sorufu

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