第7話 進化


「ごめん……遅れて……!!」


 レイトは肩で息をつきながら、倒れ込み立てないアライズに声を掛ける。


「レイト……君……ありがとう……!!」


 泣きながら感謝され、どれだけアライズが疲労困憊していたのか分かる。


 辺りを見回すと、クラスメイトの皆が倒れていた。

 遅れてきた自分の不甲斐なさに悔しさがこみ上げる。


「やっと来たか! こいつらみたいになりたくなかったら、大人しくしてろよ! アヒャハハハハハハ!!」


 近くにいたクラスメイトを示す。

 レイトは怒りを覚え、拳を強く握りしめた。


「無駄に手こずらせやがってよ! ヒャヒャヒャハハハハ!!!」


 クラスメイトを足で踏みつけながら、狂ったように叫ぶプルーフ。

 その光景を見た時、レイトの中で何かが切れたような音がした。

 レイトは能力を使用し、歩を進める。


 それはまるで疾風のごとく。


 レイトが移動した、と思った次の瞬間、プルーフの腹には拳がめり込んでいた。


「ガハッ……!?」


 プルーフは吹き飛ばされると、それきり動かなくなった。気絶したのだろう。


「貴様……」


 グロウが鋭い眼光で睨み付けてくるが、怯えずにこちらも睨み返す。


「もう……誰も傷付けさせない……!!」


 目には強い意志が宿り、決意の炎が燃え盛る。


「ホゥ……出来るのか? お前に……」

「やってみせる」


 迷うこと無く真っ直ぐに答えるレイト。それに対し、グロウは初めて口元をニヤリと緩ませた。


 すると、思い出したようにプルーフの元へと移動する。


「私の能力はな……能力吸収、という。その名の通り能力を吸収出来る」


 プルーフの体に手を触れると、プルーフが作り出していたあの闇が体から漏れだし、グロウの手を通じて、体へ入っていく。


 何とも不思議な光景に思わず見入ってしまう。


「そして、その能力を使用する事も出来る。こんな風にな」


 そう言いこちらへ手をかざすとそこから闇が射出され、レイトを襲う。


 突然の事に驚きながらも何とか能力を使い、避ける。


「さぁ、お前一人で勝てるか? 私に……」

「一人じゃないですよ」


 グロウの言葉を遮って、凛とした声が聞こえてくる。

 その声の主はレイトの隣へと歩み寄った。


「アライズさん……!? 体、大丈夫なの?」


 先程まで立ち上がれなかったアライズが隣に立っていて、心配する。


「えぇ……回復してもらいましたから」


 アライズが後ろを示すので見ると、回復能力を持ったクラスメイトが衰弱した顔で何とか笑みを浮かべる。


「うん、分かった……じゃあお願い」


 笑みを受け取り、再びグロウを向く。

 皆がこうして傷付きながらも、何とかしようとしているのだ。


 ここで負ける訳にはいかない。


「じゃあ……行くよ」


 レイトは地面を踏みしめ、体制を低くする。

 そこから、地面を蹴り、同時に能力を使用した。


 景色が途端に早く流れ、グロウが目の前に飛び込んでくる。

 そこに合わせながら拳を速度に乗せ、叩きつける。


 が、体に届く事はなく、その手前で停止した。

 何か白い膜のようなものがあり、よく見るとそれはグロウの体全体を覆っていた。


「完全防御……そのあまりの堅硬さにそう名付けられた」


 その完全防御を解くと、グロウは腕を振りかざし闇を発射してくる。


 脳の危険信号が鳴り響く。

 反射的に横っ飛びし、何とか逃れる事に成功した。


 続けてアライズの水の能力がグロウを襲うが、やはり余力はあまり無いのか簡単に避けられてしまう。


 回復といっても少量のものであり、対抗出来る能力はもう残っていないように見えた。


 時間が経てば能力の回復はするが、そんな時間は無いように思える。


 否。時間が無いなら稼げばいい。出来るだけ、相手の攻撃を避け続けて、回復させるだけの時間を取れば……。


 そこに僅かな勝機を見出した気がした。


 自分だけでは勝てないかもしれないが……二人なら。


 そう信じ、レイトはグロウから発射される能力を次々に避け続けた。


 時に、グロウを牽制しながら能力を避けまくる。

 こちらもたまに攻撃には出るが、完全防御に防がれてしまい、意味はあまり無かった。


 それを繰り返し、何とか時間を稼いでいたが、遂に限界が来てしまう。


 レイトの足が不意に少しだけ止まってしまう。

 その瞬間を狙い、アライズへと攻撃の目を向けるグロウ。


 レイトはほぼ反射的にアライズを守ろうとしてグロウへ殴り掛かる。


 その時、自分の失敗に気付いてしまった。


 グロウはこちらへ手を向けていたのだ。


 そうか……これが狙いだったのか……!


 グロウはアライズへ攻撃するフェイントを掛けた。

 つまり狙いは最初からレイトだったのだ。


 気づいてもどうしようもなかった。体は急激に停止してくれない。


 やけに時間が遅く感じる。

 体がゆっくりと動いている。


 グロウを見ると、口元が薄らと不気味な笑みを作り出していた。


 レイトは悔しさに怒りに支配され、だがどうする事も出来ない。


 スローモーションの世界の中、とうとう目の前は闇に埋め尽くされ、次第にレイトを飲み込んでいく。



 刹那。


 レイトは何かの衝撃に突き飛ばされ、地面へと不格好に着地した。


 一体何が起きたのか。


 見ると、アライズが先程まで自分がいた場所にいて、自分の前に水の壁を作り出し、闇に飲み込まれた。


「アライズさん!!」


 恐らくアライズはグロウの行動を予測していたのだ。でなければ、間に合うはずがない。


 ひとまず攻撃を仕掛けると、グロウは距離を取る。


「アライズさん! 大丈夫!?」

「は……はい……なんとか……」


 アライズへと駆け寄り声を掛けると、苦しそうに呼吸をする。


「ここで休んでて……後は僕がやるから」


 そう言い残し、グロウへと走る、その時。

 アライズに腕を掴まれた。


「待って下さい……一つ私に作戦があります……」


 伝えなくては、と必死に言葉を紡ぐアライズの腕を握りしめる。


「うん……分かった……話して」

「はい……ありがとう……ございます」


 その間、グロウが攻撃してくる事は無かった。

 理由は不明だ。もしかしたらこの戦いを楽しんでいるかもしれない。


「作戦会議は終わったか? 何か良い案は出たのか?」


 グロウの言葉を無視し、レイトは再び能力を使い、走り寄る。


「それは効かないと、分かっているはずだぞ?」


 グロウは完全防御を使い、レイトの攻撃に備える。


 その瞬間、レイトは跳躍した。



 アライズが考えた作戦。

 それは完全防御を使っている間に後ろへ回り込めないか? ­­という事だった。


 どうやらアライズは完全防御を使っている間にはグロウからは何も見えないのではないか、と仮説を立てた。


 するとレイトにもその心当たりがあり、戦闘中に完全防御が解けた後、こちらを探している仕草をしていた事を思い出す。


 その仮説を信じ、レイトは全力で跳んだ。

 地面が近付いてくる。


 グロウの完全防御が解けていく。


 解ける寸前にレイトはグロウの背中側に着地した。


 はずだった。


 だが、完全防御が解けた先には、グロウの顔があり腕を振り上げていた。


「残念だったな……音で聞こえてしまっていたぞ……」


 全てを見透かしたようにそう呟く。


 そうか、音は聞こえているのか。


 変に納得してしまい、またもや自分の失敗を悔やんだ。


 グロウは腕を振り下ろす。


 しかし、またもや能力をレイトが襲うことは無かった。


「レイト君、今です!」


 そこには水がグロウの顔面へとかかっていて、アライズのお陰だと理解する。


 それは僅か、微量な水であったが、そこにほんの少しだけ隙が生まれた。


 一撃を放つくらいなら、十分な時間の隙が。


 レイトは速度強化を使い、スピードを、体重を乗せ、拳を振り抜く。

 グロウを阻むものは何も無く、無防備な体へとレイトの拳が突き刺さった。


「グハッ!!」


 グロウは威力のあまり吹き飛ぶが、未だ意識は保っている。

 体制を立て直そうと受け身を取る。


 だがレイトはもうここしかない、と追い討ちをかけるように再びグロウへと駆け寄ろうと、能力を使う。


 グロウはレイトに向け闇を発射させた。巨大な絶望の闇が。レイトの目の前に立ち塞がる。


 しかし、レイトは速度を落とすどころか、更に加速して自ら闇へと突っ込んでいった。


「ああぁあああおおおおおおおぉおぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 叫び、深く、更に奥深くへと進んでいく。


 闇が自分を焦がし、傷を作ると血が吹き出す。


「あぁあああおおおおぉおおおおお!!」


 それでも関係ないと言うように闇へと立ち向かい、深みへと。


「レイト君!!」


 アライズの悲鳴にも似た声が聞こえる。


 もしかしたら、自分はこの後息絶えてしまうかもしれない。

 そうしたら、皆は、アライズは……リスアは自分の事を怒るだろうか。


 あぁ嫌だなぁ。


 でも、そうだとしても。


 もし死ぬのだとしても。


 ここだけは耐えてくれ。せめてグロウを倒すまでは、何とか……持ってくれ。


 やがて、闇の中に光が差し込んでくる。


 もう……少しだ……。


 レイトは最後の力を振り絞り、全力で能力を使い、前へと進む。


「おおおぉぉおおおおおぉおおあああああああああああぁああああああぁああああああああああああああああ!!!」


 闇が晴れ、目の前にグロウの姿が飛び込んでくる。

 勝利を確信していたのか笑みが浮かんでいたが、それが驚愕へと変わり。


 レイトは拳を今までに無いほど握りしめ、全力でがむしゃらに振るう。


「何だと……!! グハァッ!!!」


 確かな手応えと共にグロウの声が聞こえて、ようやくやったのだ、と確信した。

 全身の力が抜け、地面に倒れ込む。

 視界には突き抜けそうな雲一つない青空が広がっていて、思わず見とれる。


「私、ラピトリさんを呼んできます!」


 アライズさんが慌てて走っていく音が聞こえる。


「うん、お願い!! レイト君!!!」


 その時、聞き馴染みのある声が耳に飛び込んできた。


 それはここにいるはずの無い人物で遂に幻聴でも聞こえたのかと疑う。


 その人物はレイトの視界へと入ってきた。


 そこには入院しているはずのリスアが、涙を流している。

 何故ここにいるのかは分からない。

 だが、今はどうでも良かった。


「先……生……? 僕、やりましたよ……」


 消え入りそうな声でリスアにそう呟く。

 やっとやり遂げたのだ。


「う……ん……! 凄いね…!! 凄いね……!!!」


 しかしリスアはとめどなく流れる涙を止める事が出来ずに、ボロボロと零す。


 徐々に意識が遠のいていく。血だらけでボロボロの体はもう一ミリも動かせなくなっていた。


 最後に言わなくては……

 これだけは……言わなくては


「先生……」

「……なぁに?……」


 未だ涙を流し続けるリスアにたった一言。






「ありがとう……ございます……」




 そう告げ、意識を手放した。

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