幸福偏差値

伊豆泥男

第1話

 岩井は人生に絶望した。

 会社を首になり妻と子供には逃げられ、起死回生を狙い新たに会社を興すも、借金を残し倒産。

 もう死ぬしかない。岩井はそう決心し、富士の樹海へ赴いた。

 適当な枝に縄をくくりつけ、首を吊る準備。出来栄えは上々。これならしっかり死ねそうだ。

 しかしそこで岩井は、自らの失策に気付く。縄を首に掛ける際に乗る台を、用意し忘れていたのだ。

 しまった迂闊だった。岩井は仕方なく、代わりになりそうなものを探す。しばらくうろうろしていると、不法投棄された、洗濯機くらいの機器を発見した。

 よかった。これで死ねる。岩井は胸をなでおろした。踏み台にしようと、足を掛ける。

 すると突然、ヴーン、ガタンと機械音が鳴り響く。電源スイッチを踏んでしまったようだ。機械は、側面から音声を発した。

「コンニチハ。幸福偏差値ヲ計リマスカ?」

「うわあっ!?」岩井は驚き、機器の上から落ちてしまう。

 お構いなしに、機械は問う。「新規ノ利用者様デスネ。コノ機械ノ仕組ミハゴ存知デスカ?」

 岩井は打った頭をさする。「知らないよ。一体、これは何だ?」

 機械は間髪いれずに、「オ答エシマショウ。私ハ、幸福偏差値測定機デス」と名乗った。言葉は途切れず、「幸福偏差値トハ、読ンデ字ノゴトク、幸福ノ、幸セノ度合イヲ、数値化シタモノデス。私ハ、世界中ノ人間ノ幸福ヲ数値化シ、ソノ中デノアナタノ偏差値ヲ、割リ出スコトガデキルノデス」

 そんなものが、富士の樹海に放置されていたのか。岩井は興味を惹かれた。

「冥土の土産だ。計ってくれ。どうせ低いと思うがな」岩井は機械の指示通り、手をかざした。

機械はごうんごうんと唸りをあげ、熱を発した。計算中なのだろう。

ものの十秒もしない間に、答えは算出された。「チン。出マシタ。アナタノ偏差値ハ、13デス」

 低い。偏差値というものは、いくら低くても30そこらだと思っていた岩井にとって、13という数値は衝撃的だった。

「やっぱりそんなものか……。どうせ、最下位なのだろうな」岩井は嘆息をついた。

「イエ。違イマス。アナタハ世界デ、七十億六千二百一万三千百一番目ニ幸セデス。ツマリ下カラ二番目ニ幸福デス。最下位デハ、アリマセン」

「ああ、そうなのか」一応、こんな俺よりも、不幸せな奴はいるんだな。岩井はシニカルにほくそ笑んだ。

 その時、機械が再び作動した。仰々しい唸りとともに、何かを導き出した。

「チン。偏差値ガ上昇シ、17トナリマシタ。順位ハ、約二十万上ガリマシタ」

「え、どうして?」岩井は小首を傾げた。

「オソラク、自分ヨリモ不幸ナ人ガイルト知ッタコトニヨリ、安心感ヤ優越感デ、幸セナ気分ニナッタカラダト思ワレマス」

 そういう理屈か。納得すると同時に、岩井は順位が高くなったことを喜んだ。テストでもなんでも、ランクアップは嬉しいものだ。

 それは言いようによっては幸福感。機械が見逃すはずもなく。

「チン。偏差値ガ上昇シ、21トナリマシタ」

 そこから先は加速度的。偏差値が上がることで、岩井も上機嫌になる。それを察知して、機械が偏差値の向上を告げる。また岩井の気分が良くなり……、の繰り返し。永久機関のごとく、岩井の偏差値と心だけが、べらぼうに上がっていく。

「チン。偏差値ガ上昇シ、36トナリマシタ」

「チン。偏差値ガ上昇シ、53トナリマシタ」

「チン。偏差値ガ上昇シ、76トナリマシタ」

 インフレーションは連なり、そして遂には。

「チン。偏差値ガ上昇シ、130トナリマシタ。コレデアナタハ数値上、世界一ノ幸セ者デス」

 岩井はそれを聞くと、満面の笑みを浮かべ、首を縄にくぐらせた。

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