第13話

 国境に張り巡らせた検問に、各港に張り巡らせた検問。この検問を潜り抜けて隣国へ渡ろうなんて土台無理な話であった。


 工作員と思しき容姿の人間はあっさりと捕まった。それは男であった。


「工作員らしき奴が捕まったそうだ」


 アーレルスマイアーからそう報告を受け、俺たちはさっそくそいつと面会をする。


 アーレルスマイアー辺境伯領内にある牢獄塔の一室。そこに例の男は手足を縛られ、身動きの取れない状態で、椅子に座らされていた。部屋には数多の拷問器具が並べられており、そこが拷問部屋であることがわかった。


 男――青年は敵意剥き出しの眼でこちらを睨みつける。相手が王女であろうと関係なく、睨みつけて唾を吐いた。


「お前!」と声を荒らげたのはアーレルスマイアーだった。


「落ち着きなさい。ジークハルト」と王女が宥める。そして続ける。「私に対してそのような態度が取れるということは、この国に対して敵意を向けていると捉えてよろしいのかな?」


「……」


「話すことは何もないということかな」


「……」


 あくまでも無言を貫き通すわけか。というか、隣国と何の関係もない人間ならば全力で自身の潔白を証明しようとするはずだ。それすらせず、抵抗もしないとなれば、何かを隠しているのではと推察できる。


「何かを隠していることは明白だな」と俺は言った。


「だけど、何か喋ってもらわないと会話ができないわ」


「じゃあ、喋らせよう。ここはそのための道具がそろっている」


 そう言って俺は近くにある拷問器具を取る。正直、手に取ってみたけどこれの使い方は知らない。ペンチみたいな形をしているから、爪を剥ぐのか、それとも抜歯をするのか。


 すると、男は口を開いた。


「いいのかよ。そんなことして。国民に拷問をしたなんて、世間にばれたら王族の信頼は地の底だぞ」


「そもそもお前は国民か?」


「俺はそこの王女に勉強を教えていたんだぞ。立派な国民だ」


 そういえば、工作員は俺の前任者だった。


「それなら王女に向かって唾を吐くのはおかしいだろ」


「俺はそいつに知恵を授けた。少なからず恩ってもんがあるはずだろ。それなのに、なんだ。この仕打ちは?」


「それはお前が怪しい行動をするからだ。何も言わずに姿を消して、どうしてこんな辺境の地へやって来た? 俺たちの目からはお前がこの国の情報を隣国へ持ち帰ろうとしているようにしか見えない」


「もし俺が工作員だと言ったらどうなるんだろうな?」


 その問いに王女が答える。


「あなたをこの国から出すわけにはいかない。そして、あなたの入手した情報を外部へ洩らさないためにも……」


「俺を殺すか? そして、王国へ工作員を寄越したという理由で帝国に攻め入るか?」


「そこまでは言っていないわ」


「そもそも」と俺が口を挟む。「帝国へ攻め入る理由が工作員って……いや、工作員は理由としては弱いだろう。お前はバカなのか。元家庭教師のくせに」


「いちいち癪に障る奴だな。今代の家庭教師さんは」


「そりゃどうも」


「褒めてない」


 こうやって、会話をしていても目の前の男からは何の言質も取れやしない。俺たちはただ目の前のこいつが工作員である言質が欲しいのだ。


 やはり、


「……はあ、やっぱり拷問しかないか」


 俺は手に持っているペンチのような物を見遣った。


「こんな意味のない問答をする意味なんてそもそもなかったんだ。最初からこうすればよかった。俺もまだまだ甘いよな」


 俺はペンチのような物を振り上げた。


 すると、


「待て待て。わかった。わかったよ」


 案外あっさりと眼前の男は音を上げる模様。


「喋るよ。本当のこと。確かに俺は工作員だ。隣のソリティア帝国から派遣されてきた」


「お前、それでも工作員か。簡単に口を割り過ぎ」


「お前が脅すから」


「脅されても痛めつけられても口を割らないのが工作員だろ」


 何か考えがあるのか。そうでもないとこんな簡単に自白をするのか。


「さて、どうしますか?」と俺はリーゼロッテの方を見遣って、訊く。


「どうすればいい?」


「どうすればと言われましても……とりあえず、国王陛下に報告して指示を仰ぎますか?」


「まあ、そうね。それがいいでしょうね」


「ということだ。お前、もう少しここで縛られてろ」


「殺さないのか?」


「後々決まることだ。黙って待ってろ」


 俺たちは男を残して拷問室を出た。

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異世界へ行きたくて 硯見詩紀 @suzumi_shiki

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