第12話:激闘と魔法円

 シェイナはアリアが去ってくのを見て、鬼に向き直ると鬼は仁王立ちしていた。


 射抜かれた左足は再生しており、飛ばされた脚であったものは風化し崩壊していた。


 下手な人形遣いが人形を起こすように鬼はぎこちなく身体を動かすと、深淵に浮かぶ赤い輝きでシェイナを見て次に自身の右手に視線を移す。


 鬼は何かを確かめるように右手を握ったり開いたり繰り返す。


 そしてその動かしていた右手をシェイナの方に向ける。


 無骨な関節とアンバランスに長い指を持つ手の先に球体の物体が5つ出現する。


 揺らめく暗褐色の膜に覆われた半透明の球体はさながらシャボン玉にも見える。


 5つの球体はふわりと掌の中心に集まり融合していく。全てが融合すると掌以上の球体になった。


 そして微動だにしない鬼の掌から色の濃くなった黒い球がシェイナに向かって放たれた。


 鬼の行動に構えていたシェイナだったが、予備動作がない攻撃と弾丸の速さに魔法防壁を構成するのが遅れる。


 防壁を構成したと同時に鬼の放った球が防壁に衝突し、水風船をぶつけられたように衝撃もなく柔らかく弾ける。


 それは鍛錬されていない魔力の塊であった。


 鬼が再び魔力球を生成し始める。


 しかしシェイナはすぐさま魔法円を作り上げ魔法弾を撃つ。


 魔法弾は鬼の腹部に命中し、反動で鬼の体はくの字に曲がり魔法球に込められた魔力は分散した。


 すかさずシェイナは次の魔法円を作り出す。


 鬼の斜め頭上に魔法円が2つ展開される。次第に魔法円は紅色に輝きを増していく。


 輝きが最高潮に達すると、2つの魔法円から真っ赤に輝く太く尖鋭な岩が鬼を貫いた。


 轟音と砂塵を巻き上げ、鬼は地面に打ち付けられる。


 鬼を捕縛したものの、シェイナはこれからどう対処すべきか決めあぐねていた。


 文献によれば消滅させるか封印させるかの2つに1つであった。


 だがシェイナには消滅させられるほどの技量がなく、封印させる器や依代も道具も持ち合わせていなかった。


 鬼の後方遠くに木々が薙ぎ倒され、隕石でも落ちたようにクレーターになっている被害の激しい場所がある。


 おそらくあそこがこの鬼が封印されていた場所なのだろう。


 それも跡形もなく破壊されてしまえば封印のしようもない。


 シェイナが手をこまねいていると、鬼は体をもぞもぞと動かし始めた。


地面まで深く貫かれた鬼は当然まともに動けないはずだ。


 シェイナの常識には鬼の行動が予測できなかった。


 鬼は自分の身体を強引に横に動かし、痛みを見せず肉体(と言って正しいのか判らないが)に巨大な鉤爪で割かれたような無残な傷口をものともしない。


 鬼の体内に満たされた黒い何かが傷口を覆うように盛り上がる。


 シェイナは咄嗟に鬼の頭上に魔法円を展開させる。


 その魔法円が完成し機能を発揮する前に鬼の傷が修復を終えた。


 鬼は片膝をついて再び右掌をシェイナに伸ばす。


 鬼の掌には先程よりも遥かに早く魔法球が生成され捻れるように小さく色濃く凝縮されていく。


 シェイナに魔法円を2つ同時に展開させることはできないので、鬼が魔法球を放てば防壁を発動せざるをえないために鬼への攻撃ができなくなってしまう。


 一瞬でも早く魔法円を完成させ攻撃できれば、再度鬼の行動を止めることができるはずだ。


 鬼の姿が巻き上がる砂塵に隠れた瞬間、煙を螺旋に引き連れた黒血色の魔法球がシェイナめがけて飛び出した。


 シェイナが展開した魔法防壁に激突した魔法球は半秒ほど回転しながら留まり、回転が弱まると霧散していった。


 放たれた魔法球の勢いで鬼の纏っていた砂煙が晴れる。


 シェイナが作り出した深紅の魔法円からは、岩の如き杭ではなく丸太ほどの太さしかない杭が出現していた。


 その杭は鬼の左肩に命中していたが鬼の攻撃を止めるほどの衝撃にはならなかった。


 焦ったシェイナが未完成な魔法円を強引に発動させたために中途半端な攻撃に終わっていた。


 鬼の傍らに転がる左腕は脆く崩れ、左肩からは凄まじ勢いで新たな左腕が形成されている。


 最初にシェイナが魔法弾で右肩を撃ち抜いた時より格段に再生速度が上がっていた。


 まるで戦闘の中で鬼として、人外な超自然生命体として完成していくようだ。


 黒い塊が鬼の肩を再生していく間、鬼は右手を下ろすこと無く魔法球を生成し始めていた。


 魔法球は小さく凝縮されると細く引き伸ばされる。


 ガラス細工のように滑らかに形を変形させ、両端が鋭く尖る。


 そしてシェイナへ回転しながら放たれる。


 あまりの速さにシェイナは防戦一方にならざるをえない。


 鬼が撃った矢はシェイナの魔法防壁に突き刺さり、僅かに貫通した。


 ライフル弾でも歯が立たない魔法防壁を貫通することは、僅かであってもシェイナにとって脅威に映った。


 立ち上がった鬼は両掌をシェイナに向ける。


 掌周辺に魔法球が十数個現れるとそれぞれ変形していく。


 直前の一撃よりも太く短く鋭く、その形はまさにライフル弾そのものであった。


 シェイナは幾重にも重なる魔法防壁を展開させたが、猛然と迫りくる魔法弾は魔法防壁を容易に破壊した。


 1つの魔法防壁では到底役に立たなかっただろう。


 魔法弾が3発も当たれば、魔法防壁は高い音を立てて砕け散る。


 美しい旋律を奏でながら魔法防壁は消滅していき、最後の一枚が消滅した時シェイナの頬を魔法弾がかすめた。


 皮膚の表面を舐めた魔法弾はシェイナの頬に鮮やかな朱色の線を引き、紅い涙が頬を伝う。


 鬼の攻撃が止むとシェイナは腰を落とし脚に魔法円を展開させる。


 魔法円は回転しながら脚を降りていき地面に着地した。


 シェイナが地面を蹴ると彼女の身体は一陣の風に乗り瞬く間に鬼の目の前へと移動する。


 シェイナは大きく開いた足に体重を乗せ、拳を握った右腕を大きく振りかぶる。


 そして鬼の腹部に渾身の力を込めて拳を叩き込む。


 鬼に当たる直前、小さな魔法円が拳の先に出現しシェイナの力以上の威力が付与されていた。


 鬼は勢いで後ろに2,3歩大きくよろける。


 間を置かずにシェイナは接近し飛び上がり、身体を回転させながら右足を鬼の顔面に炸裂させる。


 鬼は大きく飛ばされ、砂煙を巻き起こしながら転がっていった。


 発動時間の遅い魔法円の攻撃よりも、肉弾戦のほうが消費魔力量も少なく効率が良いと思ったシェイナだったが殴ったその感触に彼女は驚いた。


 鬼の負傷した身体や破壊された四肢を見るに、陶器のように冷たく脆いものだろうと想像していた。


 しかし鬼の身体は体温こそ感じられなかったものの、人間の肉体独特の柔らかさと反発があり感触だけで言えば人間そのものであった。


 立ち上がった鬼の身体は所々黒い盛り上がりができている。


 特に顔は酷く、頭から左頬にかけて斜めに吹き飛んでいた。


 そんな状態でも鬼は一切気にする素振りを見せず、じっとシェイナを見つめる。


 ゆっくりとシェイナの動きを真似して、足を広げ腰を落とす。


 右足が地面を蹴る重低音が響くと鬼の姿が消え、一瞬でシェイナの前に現れた。


 慣性で身体が流れたまま鬼は右拳をシェイナの顔面に振りかざす。


 咄嗟に身を屈めて避けるシェイナだったが頭上の空を切る拳の風圧で髪がなびき体制が少し崩れた。


 そこに鬼の右足が鋭く飛び込んでくる。


 間一髪で魔法防壁を展開させたが、鬼の一撃は強烈でシェイナは後方に大きく飛ばされてしまった。


 シェイナは地面に背中を強打し声にならない呻き声を上げる。


 擦り傷や切り傷から血を滲ませシェイナは片膝をついて鬼を見据える。


 シェイナには鬼を止める手段が思いつかなかった。


 壊しても再生する身体を持ち、魔力の塊を宿すために魔法攻撃の威力も半端なものではなかった。


 このまま消耗戦となれば先にシェイナの体力が底をつくのは目に見えていた。


 するといきなり爆音がシェイナを揺らし鬼が爆風にかき消された。


 何が起きたのかシェイナが目を見張っていると、背後から地面を転がる重低音が響いてきた。


 振り向くと大砲を備えた一台の戦車と重機関銃を搭載した車両、2台に続いて武器のない軍用の大型トラックが迫ってきていた。


 怪物が咆哮をあげるように戦車は空気を震わせ大砲が火を吹く。


 鬼は再び爆風と粉塵の嵐に包まれる。


 シェイナが戸惑っているとトラックから見知った女性が身を乗り出して手を振っていた。


 長髪を後ろで束ねた女性は昨日訪ねてきたトリストラムであり、運転席に座る男性も昨日見たトリストラムの部下であった。


 トリストラム達の乗ったトラックがシェイナの横に止まり、戦車と重機関銃を搭載した車両はより鬼に近づき攻撃を開始していた。


 トリストラムが降りてきてシェイナを立ち上がらせる。


「シェイナ大丈夫?」


 トリストラムの問いかけにシェイナは身体の埃を払いながら答える。


「なんでここにいるの」


「あなたに見張りを一人付けておいたのよ。そしたら大変な自体になってるって連絡が入って駆けつけてきたの」


 シェイナが訝しげな表情を浮かべると、トリストラムは言葉を付け足した。


「私達の基地に勝手に侵入したりしないか見張っておかないと」


 トリストラムは無線で攻撃を止めるように指示を出した。


 硝煙と土の臭いが混じる雲が晴れると鬼が魔法防壁を盾に立っていた。


 弾丸は鬼の周囲を抉るばかりで致命打どころか擦り傷さえも与えられていない。


 鬼が魔法防壁を扱えるとなると、トリストラム達の攻撃はまず効かないだろう。


 しかしそれでも鬼の行動の足止めにはなるようで、利用できるかもしれないとシェイナに案が浮かんだ。


 シェイナは集中砲火をものともしない相手の攻略を考えるしかめっ面のトリストラムに提案する。


「まだ攻撃は続けられる?」


「何か策があるの?」


「あなた達が足止めしている間に私の最大魔法を完成させる。もしかしたらそれで倒せるかも」


「そんな都合良くいくとは思えないけど」


「私だって上手くいくどうかは分からない。だけど今の攻撃じゃあいつを仕留めることは不可能。傷1つでも付けられたら御の字なレベルだと思うよ。それなら少しでも可能性のある方にかけてみない」


 シェイナの真剣な眼差しを受け、トリストラムは僅かに口角を上げる。


「まあ、あんな化物相手にどう手を打てばいいか判らないしね。急ごしらえの戦力よりシェイナのほうがよっぽど頼りになる」


 トリストラムは攻撃再開の指示を下し、シェイナの一歩後ろに下がる。


 シェイナは両手を前に出し集中力を高める。


 彼女の10本の爪に描かれた魔法円が朧気に輝き始め、次第に手全体が包み込まれる。


 白い輝きに手が見えなくなると、眼前にシェイナの背丈程の直径を持つ魔法円が現れる。


 空気中に漂う塵のような魔力が集まり結着していくように完成していく魔法円は曇天の下でも白銀に刃の如く輝いていた。


 砲撃による轟音が響き土煙が舞い上がる中、連続的な火花が雲底を照らす。


 そんな戦況においても白い輝きを放つ魔法円は異様で神々しく悪魔的でさえあった。


 魔法円に照らされたシェイナの影が地面に長く伸びる。


「もういいよ」


 ポツリと呟くシェイナの声をトリストラムは聞き逃さず退避命令を下す。


 弾幕が晴れても黄塵に埋もれて鬼の姿は見えなかった。


 煙はゆっくりと動き、1秒が10秒にも感じられる。


 シェイナの髪が柔らかな風に払われ、その風は鬼を覆う砂塵をも払い上げた。


 漆黒の姿が現れた瞬間、シェイナの魔法円がより強く輝き無数の魔法弾が大蛇のように流線を描いて飛び出す。


 曇天の薄暗がりで輝く魔法弾は流星の星々よりも鮮烈に美しかった。


 魔法弾が弾着する鬼が立つ場所は特に輝きが激しく、実弾で舞い上がる土煙とは違う煌めく閃光の渦が鬼を飲み込む。


 魔法弾の爆裂音と衝撃波が空気を震わせる恐ろしさと対象的なその純白の輝きは終末的でさえあった。


 降り注ぐ魔法弾が止んでも轟音は高い耳鳴りに変わり残っていた。


 シェイナの魔法弾は地面に幾つもの穴を穿ち、鬼の魔法防壁を壊しながら身体を穴だらけに貫いた。


 しかし鬼の再生力の前には歯が立たず、四肢を失った状態で鬼は生きていた。


 その失われた四肢も既に形を見て取れるほど再生しており、魔力を殆ど消費してしまったシェイナにはこれ以上どうすることもできない。


 シェイナが膝に手をついて肩で息をしているとトリストラムが彼女の腕を掴んだ。


「今はもう無理だ。一度撤退して体勢と立て直そう」


 シェイナはトリストラムの後についてトラックへと向かう。


 トラックの前まで来た時、ふとシェイナは鬼を見た。


 すると鬼はシェイナが作り出した魔法円と同じくらいの魔法円を展開していた。


 シェイナとは異なる黒い魔法円の前に巨大な魔法球が形成されている。


 危機を感じたシェイナはトラックに乗り込もうとステップに足をかけた。


 その瞬間猛烈な衝撃が彼女達を襲った。


 シェイナが気付き目を開けたときには鬼から大きく離れ、トラックはシェイナの右側に転がり助手席側のドアが空に向かって開け放たれていた。


 シェイナはトリストラムの姿を探して起き上がると右足と右肩に激痛が走った。


 右足は出血が激しく、右肩は脱臼こそしてないものの青黒く腫れていた。


 トリストラムは倒れたトラックの前方近くに転がっていた。


 トリストラムは左瞼を切ったようで、ズキズキと痛みぼんやりと視界半分が赤い。


 「セルテス!」と彼女が叫ぶと空いたトラックのドアから腕が突き出た。


 拳を握り親指を立てているその腕を見てトリストラムは思わず笑みがこぼれた。


 この状況で笑える精神力を持っている自分に驚く。


 トリストラムが周りを見渡すと、倒れたシェイナと目が会った。


 立ち上がろうとしているようだが、出血した足と庇う右半身で上手く動けていない。


 シェイナとトリストラム達を吹き飛ばした鬼は再び魔法円を生成し始めていた。


 鈍い痛みに顔を歪ませながらシェイナは必死に動こうとする。


 しかし身体が言うことを聞かず、焦りと恐怖が彼女を支配する。


 トリストラムがシェイナの方に駆けて来ようとするが逃げられるほどの時間はなかった。


 シェイナの瞳から涙が溢れた時、何かが彼女の前を横切り、同時に黒い輝きが空間を制圧した。


 全てを圧迫する風圧にシェイナは強く目をつぶった。


 自分には大切なものを守れる力があるなどという傲慢が悔しく情けなかった。


「ごめん」

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魔法遺伝子と科学と破壊 アヲ @kumokiawo

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