第11話:鬼と死体

 シェイナとアリアが村に到着すると入り乱れた悲鳴が彼女達を迎えた。


 呆然と立ちすくむ人や我先にと子供を足蹴にして逃げる人。


 両手を組んで神に祈りを捧げる人や「なんだてめぇは!」と怒号を上げる人。


 鉄錆のようなざらついた臭い、潰された草の苦い臭い、土の臭さが漂い、その場にいるだけで気持ちが悪くなる。


 人垣を分け入りながら進むと1体の何かが立っていた。


 筋肉らしい筋肉が見られない長身痩躯の長い手足をゆらゆらと揺らしながら、足を引きずるように歩いてくる。


 力なく曲がった猫背に活力を感じることはできない。


 眼窩に収まっているはずの眼球は無く、窪んだ部分に小さな赤い光がそれぞれ宿っている。


 上唇と下唇は癒着し、僅かに隙間が見えるが声を出さずもごもごと動いている。


 人間に酷似しているものの、その身体は漆黒で禍々しい。


 不気味な存在を目にするとシェイナとアリアの脚が止まった。


「何あれ……」と呟くシェイナの目線の先に幾人もの死体が転がっていた。


 彼らの髪は白く皮膚は水分が抜かれひび割れた皺が目立ってる。


 2人が呆然と見ていると鬼から逃げていた子供が脚をもつれさせ倒れた。


 鬼は黒く角ばった手で子供の足首を掴む。


 暴れる子供を物ともせずに持ち上げると、初めて見る玩具へ興味を示すように子供の顔を覗き込んだ。


 子供の顔は涙と鼻水で汚れ、叫びすぎた声は弱々しくかすれている。


 子供の脚は青紫に染まり始め皮膚から血が滲んだ。


 するとたちまち子供の身体が転がる死体と同様に皺だらけの無残なものに変化していく。


 人間性を失った子供を鬼は放り投げる。


 子供は民家のガラスを突き破って消えていった。


 地獄の光景と異形の威圧感と恐怖に彼女の身体は固まっていた。


 子供が殺される様を見ていても、思考は真っ白で現実と認識することを拒もうと働かなかった。


 甲高く鋭いガラスが割れる音が響いて、シェイナははっと我に返る。


 シェイナが隣に立つアリアを見ると、彼女もまた一点を見つめて立ちすくんでいる。


 アリアの肩を揺すると彼女はまだ現実を受け入れきれていない表情でシェイナを見た。


「しっかりして!」とシェイナが喝を入れるとアリアは「あ、うん、ごめん」と依然混乱している様子で答える。


 シェイナが再び鬼を見ると、それは地面に膝立ちで目をつぶり必死に神に祈りを捧げる女に向かっていた。


 アリアは未だ辺りを見回して頭の中を整理しているようだった。


 シェイナはアリアの背中を強く叩き「お姉ちゃん!」と叫ぶ。


 アリアは驚いた表情でシェイナを見る。


「お姉ちゃんはあの人を助けて。私はあいつを食い止めるから」


 シェイナは鬼に両の掌を向ける。


 左手の薬指と右手の人差し指、それぞれの爪に描かれた魔法円が淡く光り始める。


 同時に彼女の眼前に魔法の泡がポツポツと集まっていく。


 瞬く間に拳2つ分程の青白く光る水晶石を彷彿とさせる美しい魔法物質が生成された。


 その先端に小さい魔法円が現れ魔法物質はゆっくりと近づいていく。


 そして魔法円に触れた瞬間、鳥よりも弾丸よりも速く空気を切り裂きながら鬼の右肩を貫いた。


 衝撃で鬼は大きくよろける。


 抉られた肩は舞い上がる落ち葉のように脆く弾け飛んだ。


「早く!」


 シェイナが叫ぶと、アリアはようやく平常に戻り女の許へ駆け出した。


 右足を大きく後ろに引きよろけた鬼はゆっくりと体勢を戻す。


 鬼はシェイナを暗い眼窩の奥にある小さな光で見る。


 敵意を向けるようでも恐怖を感じるようでもない、ただ自分に攻撃してきたシェイナを観察するという風だ。


 攻撃を受けた鬼の肩には骨や筋肉がなく、空っぽの瓶が割れたように無機質だった。


 内部に満たされた光の介入を許さない漆黒が、穿たれた肩に盛り上がりたちまち元通りの姿に戻す。


 アリアが女の腕を掴んで立ち上がらせると、鬼はシェイナから2人に視線を移した。


 アリアも鬼の視線に気づき急いで女を逃がそうと腕を引っ張る。


 だが女は祈りを唱え続け足をもつれさせた。


 鬼が2人に向かって歩き始めると、シェイナは再び青白く輝く魔法弾で鬼を攻撃した。


 攻撃は鬼の左足に命中し、膝から下は後方へ大きく飛ばされる。


 鬼は体重のまま地面に崩れ落ちる。


 鬼は声を上げず、生物としての反応を一切見せない。まるで動く人形だ。


 アリアが必死に女の腕を取りながら歩かせてシェイナの横を通る。


「シェイナ、大丈夫?」


「うん。私はあいつを何とかするからお姉ちゃんは他に逃げ遅れている人がいないか探して避難させて」


「無理しちゃダメだよ」


「心配ご無用!」


 シェイナは口角を上げてアリアにはっきりと答えた。


 彼女の表情は勇気に溢れ優しく頼りになる。


 その目に恐怖の色はなく毅然とした闘志が宿っていた。


 アリアにはシェイナと同等の戦える力がない。


 そのことは悔しく無力であると痛感するものであった。


 だからこそ、この状況で下手に戦闘に加わるべきではないとも感じていた。


 アリアが手を引く女は目を強くつぶり小刻みに手を震わせている。


 祈りの言葉を唱える口は動かず、意味を持って聞き取ることのできない呟きになっていた。


 シェイナを後ろに見ながら、アリアは女の手を握り腰に手を当てて早足で去っていった。

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