凩 / かなりや
あずみ
凩 / かなりや
十一月、芋虫のように丸い枯れ葉がぴゅうぴゅうと宙を舞っていました。
よく考えれば、少女たちが毎日すみずみまで掃き清めているはずの学園の周りにそれほどの落ち葉があるのはふしぎでしかたなく、もしかしたらわたしの記憶に齟齬があるのかもしれません。
(――いいえ確かに葉でした。少女の狭い視野には見つけられなかった病葉の一群でした。)
強い風です。正面からびゅうとなぶられた瞼がふるえるほどの冷たく強い風。わたしはほとんど泣きたい気分で身震いをしながら、校舎から渡り廊下を通り、図書棟の四階へとのぼりました。外国の文学と地域の文献とがおさめられた埃っぽいその階はいつも人がおらず、ほとんどわたしたちふたりの占有であったのです。教師に見咎められたらどうしようか、優等のしるしをつけられていたわたしは仄かにおそれを抱きながら、それを哂うような心地もありました。そのようなしるしが、今更なんの役に立つというのでしょう。
細長い色ガラスの嵌められた階段の踊り場は異世界への通り道、うつくしい建築様式をした天井の高い図書棟をわたしたちはことに愛しておりました。
あか、あお、とうめい、窓ガラスはぼこぼこと不均等な厚みをしており、外界をほとんど見えなく歪ませております。冷え冷えとした凩の暴挙からは、石造りの堅牢な壁が守ってくれますが、この日の図書棟にはストウブが稼働しておらず、じくじくとした寒さは皮膚一枚下のところでわたしを苛み続けました。とうめいガラスのあちらで舞い散る灰色の影はまるで雪のよう。薄汚れて大粒で。ああ、冬が来るのです。
けほん、咳き込むとわたしの胴の中で、檻が軋む音がしました。檻の中では、とある臓器が、からだじゅうに赤い熱を運ぶ大切らしいなにかが、つばさをたたんで蹲っております。痛ましい啼き声。いいえ痛いのです。わたしはひかり満ちる踊り場で息を整えてから、四階へ進みました。
あなたはきっといらっしゃるでしょう。
階段をあがり終えると、背の高い本棚の中にささ、と隠れます。他の御方、おわかりになるでしょうか。見つかるのではなく、見つけ当てたいのです。おてんばに跳ねるいと深き絶望、編み損ねた毛糸のごとく入り組んだ。いとしき、と、お呼びしてもゆるされるでしょうか。
学園長が死んだので、わたしたちは今日学園を出て行かなければならなくなりました。
学び舎は閉じられます。あなたにお会いできるのは、きっと今日が限りとなるでしょう。
――けれど、なにもおそれることはないんだよ。
容易く止まり木に導かれたつばさの生き物を、あたためつつあなたはお説きになります。
同じ制服を纏い、檻に一羽を住まわせたあなたの肉は、善良なる花ばかりをお呑みになって育ったかのように、高潔で清廉で、わたしがごとき雑食の、血の濁った飼養種と交遊を持つには、あまりに良い芳香をお放ちでした。
――約束の時が来ただけだ。飛び立つのをおそれる必要はない。
琥珀色の声は、古書の隅に好ましく沁みた傷みのように、わたしに理性知性の発す揺るぎのなさを見せつけてくださいます。
励まされながら、それでもわたしは籠の鳥、脆弱な意思の持ち主でした。
――わたしここを出て行きたくはありません。
――だいじょうぶ。この学び舎で、きみが得るべきものはすべて、きみの中に仕舞われている。この図書棟の開架だって、きみは在学中でほとんど読んでしまったろう。
――じき忘れてしまいます。
――そのぶんはわたしが代わりに覚えておくから。
なんの保障にもならぬことをおっしゃる、それでもあなたはわたしにゆるされる。ひどい人。さびしい。別れを当然のように受け入れるあなたに焦がれて、いっそいっしょに燃えてしまいたいと願いました。
――いいかい。わたしが忘れてしまうことは、代わりにきみが覚えておいて。その胸に尋ねるから、直ぐに返事をするのだよ。必ずだよ。
――わたしの声など、あなたわかりますでしょうか。
――どんなに荒れ狂った風の中でもわかるだろう。
――きちんと過たず聴こえるでしょうか。二度と会うことがなかったとしても。
――聴こえるとも。わたしの、かなりや。
ああ。檻の中、わたしの鳥が震えます。いとしき止まり木、わたしに指紋をつけた暴挙の人よ。思い出だけであの冷風の中をどれだけ耐えうるものか。
しかしわたしはこの学園であなたに出会い、名をさえずれば声は砥がれて鮮明となった。
うたいましょう、飛翔、おののく弱いものほど高らかに啼くと言います。
あなたと肩を寄せ合って、その日わたしは四階の窓から、校門の外へ去って行く学友たちを見送りました。
同じ制服の誰かとくるくると戯れながら。
あるいは迎えに来た保護者の陰で風を避けながら。
彼女たちは外へ外へと洗い流されてゆきます。(図書棟に響く足音。)
凩 / かなりや あずみ @azumi
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