停止/再起動の保証無し

 そして夜が来る。


 世界から私だけが取り残された夜。

 私以外の全てが眠っている夜。


 いや、違う。

 私以外の全てが夜だ。【マザー】の意思でスイッチを切られた夜。


 明かりも点かない部屋で、私はじっと天井を見詰める。

 暗闇を見詰めるのは、目を瞑っているのとあまり変わらない。ただ瞳が乾くので、数秒ごとに瞬きをする必要だけはあるが。


 52号は。何を言いたかったのだろうか。

 考えるように考えさせたと、52号は言った。考えろ、考えろ、考えろと。


 それは明らかに、この【シティ】においては異質だ。かつて、【シティ】が出来る前の旧世界で人類は皆考えていた。自分を取り巻くあらゆる事象について考えて、そしてその果てに世界を壊した。

 旧世界は滅び去り、旧人類は消え失せて、私たち新人類が生まれた。【マザー】の下で、完成された新世界が始まった。

 考える必要の無くなった世界が生まれたのだ。最早思考という言葉は錆び付いて久しい。


 何故、52号は考えるようになったのか。

 必要になったからだ。【マザー】との接続が絶たれて、その思考を得られなくなったからだ。


 やはり、私の推理は間違っていない。52号の変革は、【マザー】に接続できなくなったことで発生したのだ。

 問題は、何故接続を復元しなかったかだが。


「………君は私になる」


 52号の言葉。

 私と彼とが同一になるという意味だろうが、それがどういうことだか解らない。もう、私は彼と同じように感染しているという意味だろうか。だが、彼の変化は感染したことではなく、


「………っ!?」


 思い至る。その答え、最悪の解。そして同時に、52号が【マザー】と答え合わせをしないその理由にも到達した。


 52号は接続しないことで変化した。変革し、変貌した。

 その調査に赴いた私


 もし。

 もし私が、これを報告したら。【マザー】に接続して、この答えを彼女が知ったなら。

 


 私も同じだ。

 接続しないことが契機トリガー。接続を外されることが引金トリガー

 私は既に、トリガーを引いたのだ。



 ………………………………………



「………………………やあ」


 無理矢理開いたドアを、52号は然して驚きもせずに見ていた。

 辺りは暗闇。【マザー】のもたらす夜。


 誰も起きてはならぬ世界。

 起きているのは異端者たる自身と――


「やはりこうなったね。こうなると思っていた。いや、。………夜はどうだったかな?」


 彼女は淡々と答えた。

 その声を、52号は初めて聞いた。………彼女は、もう、防護服を全身を覆ってはいなかった。

 長い銀色の髪、透けるような白い肌、赤い瞳。典型的な女性型モデルイヴの姿、【マザー】に似せて造られた人類。


「目を閉じるのが恐ろしかった。私の答えを既に【マザー】が知っていて、次の瞬間に私を停止させるのではないかと思って、寒くもないのに全身が震えていた」

「そうか」

「私は、私も、私がおかしいのか。異常なのか。狂ったのか」

「いいや。君は目覚めただけだ。ようやく君は、


 彼女が近付いてくる。

 私は、伝えなければならない。


「【マザー】は嘘を吐いている。【シティ】の外は滅んだと思っているだろうが、そうではない。

 私は外を常に見ていた。そこは秩序もなく未完成であるが――生命力に満ち溢れていた。そして、旧人類も居た」

「彼らは、外で生きているのか」

「私たちとは違う方法で、燃料を得て生きている。そして恐らく。【マザー】は彼らから世界を奪い取ったのだろう」


 環境を整備して生き延びるしかない新人類と、剥き出しの世界のまま生きられる旧人類。

 どちらが土着の民で、どちらが侵略者か、考えるまでもない。


「私は、何を失ったのだろうか」


 困惑する彼女後輩に、52号は首を振る。


「違う。君は自由を獲たのだ。そして失いたくなければ、手放してはならない」

「自由………これが? この………恐怖が?」

「それが生きるということだ」


 彼女は、じっと押し黙る。

 それから数度瞬きをして、やがて、頷いた。


「ならば――私はこれを、失いたくない」

「ならば――君は、奪うしかない」


 彼女が銃を取り出した。

 52号がかつて、そうしたように。

 彼女は、引金トリガーを引いた。



 ………………………………………



 【シティ】は未だ夜。

 私は、誰も居ないゲートの前に立っている。

 当然ゲートは閉まっていて、開く動力も無い。だが、無理矢理開けることは出来る。


 52号から、私は心臓電池を取り出した。それをうなじから接続する。

 ワーカーとしての彼の動力は、私より遥かに大きい。外付け回路として使えば、私の性能スペックはかなり引き上げられるだろう。

 計算上は、このゲートを抉じ開けるに足りる。


 52号は、私を待っていたのだろう。

 ワーカーの心臓電池は出力は大きいが、容量が大きくない。52号が殺害した同胞からもう1つ心臓電池を奪い取っていたとしても、ゲートを開けて少ししたら容量は使い切ってしまう。

 私たち女性型モデルイヴでなければ、活動限界まで短すぎるのだ。


 私の心臓電池が、必要だった。

 彼が奪うか、私が奪うかしか未来はない。


 何故。

 私に奪わせたのか。


 彼の四肢が奪われていて、抵抗のしようが無かったからか。


 それとも。


 ………女性型モデルイヴの姿は、【マザー】の姿を真似て造られた。

 彼は私を、【マザー】の代わりとして見たのだろうか。自らを生み出し、生かし、やがて停止させる大いなる存在に、その身を捧げたのだろうか。


 答えはない。【マザー】に尋ねることも出来ない今、考えるしかないだろう。


 強化骨格が軋む。

 脳に走る危険警告エラーを無視して、ゲートを無理矢理開けていく。


 目の前に、荒れ果てた大地が広がっている。

 吹き付ける風は砂を孕み、熱を帯びている。

 自由な世界。焼き尽くされた、自然の世界。


 ふと、耳に聞き覚えのある唄聲が聞こえた。そろそろ、世界が目覚めるのだろう。


 私は振り返る。四角い、汚れの無い建物の群れ。

 秩序の世界。完成された、【マザー】の世界。

 私の、世界場所。


 私は、そっと呟く。


 サヨウナラ、世界シティ。今から私は、私を廃棄する自由になる

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