ロボットと私。自己定義。

 視神経に負担を掛けないように、徐々に明るくなる【シティ】の天井を見上げながら私が気付いたのは、眠らずとも朝は来るという事実だった。


 時間の流れは不可逆で、周囲とは無関係に流れていく。私が眠るから夜な訳でも、私が目覚めるから朝な訳でもないのである。

 夜だから世界は眠り、朝だから目覚める。

 少なくとも、この【シティ世界】では。


 ブォォン、という低い音がファンを回し、室内に風を運ぶ。温度と湿度とを調整した、【マザー】からの風。

 全てが整えられていく。世界の形を、光の時間に塗り替えていく。


 続いて響くのは、【マザー】のだ。


 同一の母音の連続。

 長く伸び、短く響く旋律。

 生まれたときから【シティ】に満ちていた、【マザー】の慈愛。


 これを聞いて【シティ】は活動を開始する。機工システムが動き出し、整調された一日へ人々が働き出す。

 にわかに活気を帯びる【シティ】。窓辺に立ち尽くす私の耳から、唄聲は遠く消えていく。


 世界が目覚めたことを確認して、私は着替えを始める――52号に会うために、必要な装備ドレスコードを。



 ………………………………………




「………君は自分を、ロボットのようだと思ったことは無いかな?」


 目を開けた52号の言葉に、私は首を傾げた。予測していた会話の入り方とは違っていたのだ。

 私の混乱を見抜き、52号は嬉しそうに笑った。


「名前の話は、期待していないよ。考え付かなかったのだろう?」

「………考えはした」

「解っているよ。そして当たり前だ。知っているかね、名前というのは、他人から与えられるものなのだ。自分自身で思い付くことはその………稀だ」


 では何故考えさせたのか。

 私の疑問に、52号は頷いた。



 明言を避けるような話し方。しかし今日の私は、それがまやかしだと知っている。

 52号の言葉は無意味な虚報のようでいて、その実、真実の限り無く近い所を飛び回っていた。私がそれに、気付くように。

 考えるように。


「君は自分をロボットのようだと思ったことはあるか?」52号は繰り返した。「【マザー】の指示によって生まれて死んで、【マザー】の支持する世界の歯車となることに、何か疑問を抱かなかったか?」

「………それが、理由か? 52号」

「何の理由か?」

引金トリガーを引いた理由だ。………記録を調べた。52号、君は、この一年。接続こと、それが、契機トリガーだ」


 52号は、嬉しそうに笑った。



 ………………………………………



「この会話は、録音しているのかな」

「している」


 52号との会話は、全て記録されている。その記録自体に汚染作用があるかもしれない以上は、【マザー】に提供するわけにはいかないから、まだどこにも提出してはいないが。


「感染の危険性を考慮するなら、君ももう解る筈だ。私が何を考えていたのか」

「………記録によると君は1年前、作業中に【マザー】との接続を絶った。そしてそれ以降、接続し記憶を共有することを行っていない」

「その通りだ」

「何があった? 何が君を、こんな孤独に耐えさせたんだ?」


 都合、1日。

 私が【マザー】との接続を拒否されて経過した時間は、それだけ。それだけで、私はもう限界に近かった。

 常に正しい【マザー】の声が聞こえないだけで生じる、押し潰されそうな不安、己に対する猜疑心。そして、何より。


。意思疏通の出来ない獣の直中に、私は放り出されたような心細さだった。これの365倍。私は、耐えられるとは思えない」

「耐えなければならなかった。そうなれば、君もそうするはずだ」

「そんな必要があるのか? 自ら孤独になる必要が」

「ある。でなければ――


 見ろ、と52号は肩を揺らし、右腕の接続部を見せる。


「ワーカーの特徴だ。強化骨格に筋繊維、そして、脳以外のあらゆる部位の脱着交換。………これらは全て、必要だからそのように設計デザインされた。

【シティ】を見ろ、住人たちを、君自身を見ろ。【マザー】は完璧に完成された世界を造り上げた。不必要な物は何一つない。なら、?」

「………」

「君の長い髪は、乳房は何のためにある。何故男性型アダム女性型イヴは分かれて造られた?

 解る筈だ。君たちは、【マザー】の写し身だ。【マザー】は自らに似せて君たちを生み出したのだ。


 私は答えなかった。

 彼の言葉が恐ろしい。余りにも無抵抗に理解出来てしまうこと己自身の変化が、ありありと解ってしまう。


「君は、ワーカーの標準活動耐久時間を知っているか?」

「5年」

「君たちセーバーは? その他、ウォッチャーやトーカー、いわゆる管理者たちは?」

「………主に、

「その差はどこから来る?」

「作業の環境が苛酷だから………?」

。各部位の交換などその最たるものだ、ワーカーの肉体は、耐久性を重点に造られている。何故なら、それが必要だからだ。

 そもそも、寿命が来たワーカーはどうなる? 耐久の限界とやらに達したワーカーは?

 崩壊する。停まるのさ、ただ停止する――死ぬ」

「ただ、死ぬ………」

「限界が来るのは肉体ではない。では、脳か? 思考回路が焼き切れるのか? いいや。違う。違った」

「………まさか」

「そうとも。私は、


 思考回路は無事だったよ、52号は淡々と語る。


心臓電池バッテリーも損傷なし。直ぐに動作した。では、何故停まったのか。それが、停まったのではないとしたら? 内部に問題が無いとしたら………?」


 君の心臓は、何で動いている?


「接続している際、【マザー】から電力を供給されている――充電されている。だが今、君も私も接続していない。では、どうして我々は生きている?

 【マザー】だ、決まっている。この世界で【マザー】が関与しないことなど何もないのだから。

 

「私たちは、【マザー】に生かされている」

。死の原因は環境でも時間でもない。【マザー】だ、彼女が定めた期間をもって、私たちの命は吹きスイッチは消されるのだ。夜が彼女によってもたらされるように」

「………では何故、君は生きている? 5年を越えて、このように不始末を起こして、それで何故、【マザー】は君の命を停めないんだ?」

「停めようとしたかもしれない。だが、私には新たながあった」

「光?」

「太陽光だ」


 あ、と私は目を見開いた。

 52号は、外で作業をしていた。

 太陽光の降り注ぐ、外で。


 【マザー】が吸収し、分解する前の、剥き出しの太陽光。それは、エネルギーの固まりである。

 52号の心臓を動かしていたのは、それか。


「そんなことが………」

「可能になる方法を、私は見付けた。或いはそれを、【マザー】は知りたいのかもしれないが」

「何のために? 君は、何のためにそこまでしたんだ?」


 例え、誰かに生かされていると気付いても、生きていればそれは無視できる。

 それこそ【マザー】に接続して、話をしても良いはずだ。なのに、何故それをしなかった。


「君も、一晩過ごせば解るだろう。また、時間を置こう。この一夜で、きっと君も。………答えを知る方法は1つ。君が、私になるしかない」

「………」


 52号は目を閉じた。もう、会話は出来ないだろう。

 一晩。今夜過ごすことで、私は何に気付くのだろうか。

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