ヴァラキア家のお家騒動
さて、視界の片隅に引っかかる女性をおびき出すためにちょいと芝居をすることにした。
「バルドさん、そういえば義父さんに結婚の話が上がっているそうで?」
「そうなのじゃ。お隣のトランシル伯の令嬢での」
バルドさんが若干棒読みなのは仕方ないか。とりあえず物陰の人物はびくっと反応した。
それにそういう話があったのは事実だ。ついでに資金援助とかも申し出てくれているようだ。
ただしこの話には裏がある。ヴァラキア領は騎士団が非常に精強で、領主であるジェイド卿は魔王軍の親衛隊長を務めた経歴がある。
要するに、箔つけと、軍事力の利用であろう。そこに魔王の娘婿が乗り込んで来た。自分の縁戚とすれば間接的にバルドさんに対しての影響力、さらには魔王陛下とのコネも結べると考えていたんだろうね。
まあ、うちの可愛いバルドさんをそういう事情で利用させるわけには行かないのです。俺が守るんです。だから、なんかいろいろとバレバレのお芝居をすることとなっているわけである。
「おお、バルド。あとケイタ殿。来客でな、ちと顔を出してもらうわけには行かぬか?」
ジェイド卿がやってきた。まずい、段取りにない状況にバルドさんの目がぐるぐるし始めた。
「かまいませんが、どちら様ですか?」
「うむ、トランシル伯が来られてな。何やら大事な話があると」
物陰の気配の動揺がすごいことになっているがまだ飛び出してこない。とりあえず様子見を決め込んだようだ。
「わかりました、同席しましょう」
「ああ、助かるよ」
領主館の応接室に通された。なぜかジェイド卿の隣である。バルドさんも俺の隣に座っていた。メイドさんがやってきてお客様をお通ししますと報告していった。
「おお、ヴァラキア伯。お時間をいただきありがとうございます!」
なんかでっぷり太ったおっさんが入ってきた。俺とバルドさんも一応立ち上がりご挨拶そしておく。
「いえいえ、お気になさらず。して、急な御用とは一体?」
「そうですな、前置きはなしにしましょう。どうか当家と婚姻を結んでいただきたい」
「ふむ、以前より打診をいただいていた件ですな?」
「ええ、そろそろ少しでもお話を詰めさせていただければと思い、こうして足を運んだ次第です」
「ふむ……」
バルドさんがちょっと不安そうにこっちを見ている。俺も突然の成り行きに混乱していて有効な手は思いつかなかった。
「どうか前向きにご検討いただきたいのです。我が娘、フローラのためにも」
「うーむ、そう、ですな。わかりまし「ドバーーーーン!」何奴!?」
轟音と共にドアが蹴り飛ばされ、応接室にはすさまじい魔力の嵐が吹き荒れた。その元凶はこう叫んだのである。
「ジェイドの浮気者おおおおおおおおおおおお!!」
突然の闖入者に場の空気は持っていかれた。トランシル伯はあまりのことに硬直している。かわいそうに。
目に涙を浮かべた魔王陛下はジェイド卿の胸倉をつかんで揺さぶっている。
「私と言うものがありながら結婚だと! 貴様、私の事をなんだと思っている!」
「ちょ、ま! がふう!」
ああやって揺さぶられたら返答もできないよなあ。さすがに哀れになって魔王陛下の暴走を止めるために割りこんだ。
「お義母さん、落ち着いて!」
「そうじゃ、母上。浮気者は骨も残さず消滅させるべきじゃが、最後に言い訳くらいはさせてやろうではないか!」
「ちょ、バルドさんんんん!?」
「ケイタ殿か。とりあえずこの不埒ものを討ち取ったら後を追う故に。王の座はバルドに譲るのじゃ!」
「ちょおおおおおおおおおお!」
「母上、早まってはいかん!」
カオスすぎるこの状況はジェイドさんが窒息して気絶するまで続いた。
ジェイドさんが気絶したあたりで魔王陛下が死んだと勘違いして泣き始め、ヴァラキア家の面々が呆然とその光景を見守っていたのだった。
「で、ヒルダ。いったいなぜこのようなことをしたのかな?」
仁王立ちするジェイドさんの前に魔王陛下が正座している。実に珍しい光景だ。
「いや、あの、その」
「王とはいえ、家臣の家庭の事情に口出しはしないものでしょうが?」
「むう、じゃがお主はバルドの父親ではないか」
「それで?」
「娘には母親が必要じゃろう?」
「そうですな。それで?」
うん、親子だ。問い詰め方が実にそっくりだ。
「故にバルドの母親に戻れぬかと思い、しかし今更気恥ずかしくもあり……」
「ふむ、お前は昔からそうだ。思い込んで一人で暴走する。俺がこれまでどれだけ苦労してきたか……」
ジェイドさんの口調が変わった。なんだろう、伯爵ではなくて一介の冒険者のような雰囲気だ。
「むう、すまんと思っておる」
「で、今回の事情を説明してよいか?」
事情のあたりで魔王陛下の肩がびくっとなった。
「……聞こう」
「ヴァラキア領の状況は聞いているな?」
「うむ」
「さすがに単独での立て直しは難しいと思い、隣のトランシル伯に協力を依頼した」
「それは聞いておる」
「条件は、うちとトランシル伯家の婚姻だ。身内なら援助する名分も立つというわけだな」
「うむ、わかる」
「バルドはケイタ殿と婚約したし、カインは……先日婚約破棄されたばかりでな。当家が傾いたことで先方から見限られたようだ。俺の不徳の致すところだな」
婚約破棄された息子をってなると場合によっては戦争になりかねない。かといって廃嫡しているわけではないし、しばらくほとぼりを覚まそうとしていたわけだ。
「それで自分がと?」
「なにを言っている。俺が婚姻を結ぶ相手は一人しかいない!」
その一言で魔王陛下は耳まで真っ赤になった。目が潤んでいる。というあたりで我に返ってくれた。戻らなかったらいろいろとまずいことになるところだった。
「ということは?」
「アベルを結婚させて向こうさんに婿に出そうと思ってたんだが、独立してコンビニハヤシに就職したと手紙をよこしてきてな。それで頭を抱えていたんだ」
二人の目線が俺の方に向く。アベル義兄さん、あとでOHANASHIだな。
「ではどうするつもりじゃ?」
「援助の話自体を白紙に戻すしかないだろう。実はだな……」
ジェイド卿は魔王陛下の耳元に顔を寄せてぼそぼそと話している。
「なんじゃと!?」
「だからなんとかなりそうではあるんだな、これが」
どうやらコンビニの売り上げから上がる税と、経済波及効果でヴァラキア領の財政は回復しつつあるらしい。先日のお祭り騒ぎの時に納められた税もあり、当面の危機は脱しているそうだ。
というあたりで再び応接室のドアがバーンと開いた。
「親父、どういうことだ!?」
「アベル、どうしたんだ?」
「何で……」
その直後に再びドアが開く。今度は普通に信が回り、そっと開かれた。というかこれが普通のドアの開き方だよな。
「アベル様! こちらにいらっしゃったのですね!」
いかにも貴族の令嬢という風情の女性がアベル義兄さんに抱き着いた。
「フローラ! 元気じゃったか!」
バルドさんがその令嬢と親しげに話しだす。
「ああ、バルドさん! お手紙をいただいたときは驚きました。ありがとうございます!」
どうもバルドさんはアベル義兄さんがうちに就職したあたりで、彼女に手紙を送っていたようだ。結婚すること自体を嫌がって逃げ回るアベル義兄さんに年貢を納めさせようとの事らしい。
というか首根っこを押さえられているアベル義兄さんに違和感を覚えたが、よく見るとフローラさんはバルドさんに近いレベルだった。すなわち、尻に敷かれるの確定である。
この有様を見てジェイド卿はため息を吐きつつ、トランシル伯と話しあって、アベル義兄さんとフローラさんの婚約を決めた。
もともとジェイドさん自身の結婚話はあったのだが何年も断り続けており、今更持ち込まれることは無かったのである。
翌日、コンビニハヤシのヴァラキア支店に看板娘が誕生した。だが、彼女が店長の嫁と知ると独身男性は爆発しろと叫んでコンビニを後にするようになったそうである。
とりあえず、結婚お祝い金と休暇(有給)に、家族手当の説明をすると、レナさんがラズ君の首根っこを引っ張って物陰に向かった。リンさんは顔を真っ赤にして手元の電卓を叩いている。
どうも彼らの春も近いようだった。とりあえずカエデちゃんからの意味深な目線は、見なかったことにした。
ファンタジー世界でコンビニを経営したら 響恭也 @k_hibiki
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