ジャパリの中心でアイを叫んだけもの

糾縄カフク

A never ending story

         ――失われた 輝き あの頃

    また 会いたい 会える 再現 偽りでも それでも――




 理由、なんてものは誰にも分からない。

 あるのは結果、厳然と眼前に突きつけられる、残酷な事実でしか無い。


 ついさっき飛び込んできたのは、自身が担当したアニメーションの、BD、CD共に完売したとの一報だった。


 僅か一週間前まではお通夜と呼んで差し支えなかったスタジオは、今や救世主メシアが墓所から黄泉帰ったとばかりにドタバタとしている。




 ――いやお通夜というのは、実際にそうなのだ。

 なにせこのアニメの母体であるソーシャルゲームはとっくの昔に終了していて、ならばと打ったコミカライズも、宣伝の為に始めたラジオ番組も、ことごとくが振るわなかった。


 おまけにアニメの一話は散々な評価で、著名な評論家などは、堂々と「Aパートで切った」とTwitterで公言していた。

 

 そりゃあこのご時世、あんなクオリティで30分のアニメなんて博打自体が無謀むぼうだったのだ。――制作陣の努力以前に、そもそも予算自体が馬鹿みたいに少ない。


 もはや刀折れ矢尽き、せめてしめやかに友たち・・・納棺のうかんし、別れの笑顔で送り出そうと思っていた矢先の、これは珍事だった。




 正直。一話の評判を聞いて以降は、ネットを見るのも怖かった。

 どうせ叩かれているのだろう。視聴率も落ちるし、BDだって売れる訳がない。キリキリと痛む胃を押さえ、それでも責任者の挟持きょうじだけは果たそうと、ぎこちない笑顔で振る舞っていた。


「――けものフレンズ、人気みたいですね」

 そんな話を人づてに聞いた時も、せいぜい小馬鹿にされている程度だと、内心で歯噛みをしていた天邪鬼あまのじゃくではあるのだが――、事ここに至っては、噂が事実だと確信せざるを得ない。


 書籍付きの販売としたが為に、分類カテゴリーが本となって登録されたBDは、なんとノーベル賞作家候補者の新作をすら抜いてトップに躍り出た。Amazonの一位がけものフレンズ、次いで二位三位と作家の新作が続く。


 アイドルグループの様に握手券を付けた訳でも無ければ、ソシャゲの様にシリアルコードがある訳でも無い。それどころかろくな宣伝すらなされていない状況で、文學界の重鎮を追い抜いてしまうと言うのは、文字通り赫奕かくやくたる戦果だった。


 深夜帯にあるまじき低クオリティ。母体ソシャゲが終わっているにも関わらず敢行かんこうされた狂気と、一見ほのぼのとしたストーリーに散りばめられたディストピアの残滓ざんし。――無邪気で爛漫らんまんな日常アニメでありながらも漂う不穏な空気が考察と口コミを呼び、一話の低評価がくつがえったのだと聞く。




 ――ああ。まさか。と頭を抱える。

 確かに我が子の様に愛したコンテンツが消えていく様は、ディストピア以外の何者でも無かった。


 もうこの世界は消えるのだ。ならばせめて、終わってしまった世界の悲哀ひあいを、はしゃぎ合う彼女たちの背景に据えようではないか。――全ては消えていったぞ。今こうして笑い合う彼女たちも、やがては思い出の中に消えてしまうのだ。このアニメが終わると同時に。


 ――それはある種の怨嗟えんさでもあった。

 タイアップ、コミカライズ、ラジオはもとより、コラボのカフェまで断行した。

 だが自分の愛した世界を残す為に、可能な限り奔走ほんそうした努力も、すべからくは水泡すいほうに帰した。


 なぜ報われないのか。

 なぜ愛されないのか。

 なぜこの世界は終わらねばならないのか。


 彼女たちには、ハッピーエンドを迎えて欲しい。――だけれども、君たちを取り巻いていた世界は、これ程までに残酷なんだ。


 そして少しでもこの世界を愛してくれたユーザーフレンズに、自らの愛した者たちが、手遅れとなって消える前に声を上げて欲しいと、そう伝えたくて廃墟を挟んだ。


 涙で終わらせるつもりはない。笑顔で終わる。

 ソシャゲという、終了が記録の消失を意味する世界で、こうして思い出を残せただけでも奇跡の様なものなのだ。ならば最後に、言いたい事は全部言ってしまおう。


 しかしまさか。

 そんな遺言混じりの演出が、こんな形で受け入れられようとは。

 そもそも売るつもりがなかっただけに、ただ思うがまま出た直球勝負が吉と出るとは。




 ――世の中は分からない。

 一年前に死んで、その追悼番組だったアニメが世を席巻せっけんし、救世主メシアより長い時を経て復活を果たす。


 目の前に並んだ2つのコンテンツを眼下に、いよいよと腕を組んでため息をつく。片方は無論、自身が育て上げてきた「けものフレンズ」――もう片方は、出資会社が推していた――、恐らくは今期の本命「バンドル!」


 それは綿密めんみつなリサーチの上にメディアミックスを重ねた、ある種の肝いりと言って良い企画だった。だがこの数日で情勢は逆転し、世の需要は「けものフレンズ」に傾いてしまった。


 ――拘泥こうでいは悪だ。それは深く理解している。

 にも関わらずこうしてだらだらと、周囲からは泥舟と揶揄やゆされながらも「けものフレンズ」に注力してきた。


 だから出資会社からの打診には「ああ、ゆえにこの会社は強いのだな」とうなずかざるを得なかった。――それは本命だった筈の「バンドル!」を差し置いて「けものフレンズ」をトップとして売り出そうという方針。


 既にチラシの素案は届いていて、けものフレンズが一面を飾っている。いや、あのNHKですらがニュースで触れると言うのだから、想像以上に反響は凄まじいのだろう。


 年明けは別のソーシャルゲームで賑わっていた絵師界隈も、ここぞとばかりにイラストを描いている。グッズが無いと知るや、動物園に駆け込んだファンたちが、サーバルやハシビロコウの写真をTwitterに上げている。


 ――事ここに至っては、見えざる神の手だとか、或いは夢じゃあないのかと頬をつねりたくもなってくる。




 まったくこれは、どういう事だというのだろう。

 うちの子たちが本当に助けて欲しい時には、誰一人見向きもしてくれなかった癖に、こうして絶滅危惧種が今や死にますとなって初めて盛り上がる。


 ――皮肉だ。嬉しくない訳は無いが、それでも皮肉だ。

 思考がどん詰まり、やがて乾いた笑い声がこみ上げてくる。


 思えば人はいつだってそうだ。

 好きだった喫茶店が、人知れず店を閉める時。

 思い出の遊園地が、ついに力尽き閉鎖する時。

 大切な人が、もう余命幾許いくばくも無いと知った時。


 手遅れになった時、人は初めて思い出した様に愛し直す。

 それじゃあ手遅れなのに。もう何もかもが遅すぎるのに。




 ――それでも。

 愛されずに消えるよりはマシかもしれない。

 忘れ去られて、記憶にすら残らずに終わるよりは幸せかもしれない。


 確か、神様が奇跡を起こすアニメ、今期もあったよな。

 そんな事をふと思う。


 悪戯なのか。気まぐれなのか。悪意なのか。

 そんな事は分からないし、どうでも良い。


 今は。

 せめて今は。

 この物語の終焉しゅうえんを、ハッピーエンドで飾りたいと切に願う。


 失われた輝き、あの頃。

 また会いたい、会える、再現。偽りでも、それでも――。


 自分が書いたシナリオを反芻はんすうし、すうと深く息を吸う。

 

 そうだ、良かったんだ。

 身内だけの寂しい閉園式より、沢山の人に笑顔で見届けてもらえる、そういうジャパリパークが、きっと皆も楽しいに違いない。


「すごーい!」

「たのしー!」


 あの子の声がふと聞こえた気がして、つい溢れた涙を袖で拭う。

 泣かないと決めたのにな。そう思い直して前を向く。


 今はただ、行ける所まで突っ走ろう。

 もしかするとまだ、ジャパリパークを終わらせずに済むのかも知れない。


 ――ああ、廃墟になんてするもんか。

 立ち上がって開くドアに、騒がしい日常がまた戻ってきた。

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