完全な言語

 その後、『スヴァールバル・フレンズ・プロジェクト』の発起人だという男は、とうとうとその理念と世界観を語っていた。

 あまりにも長く、またレトリックや自己陶酔に過ぎた文体に吐き気・目眩を覚えつつ、女性はその要点を頭の中にまとめあげた。


 まず、人間が生きたのは貨幣が資本の世界だったということ。(いや、信頼が資本だとか、友情こそが資本だとか、尊厳が資本であるとか、そういう論調も無視はしていないが、やはり貨幣を差し置いてそういった形のないものに価値を仮託するような芸当は、人間には果たしてできなかったというのが男の意見で、それそのものについては女性も頷くところだった)


 スヴァールバル・フレンズ・プロジェクトでは、『完全な世界』として『ジャパリパーク』という仮想世界を作り上げた。これは、日本のソーシャルゲームからヒントを得たと、男は述べていた。


『ジャパリパーク』における資本は、『理解すること』。

 男が何度も念を押したのは、『優しい世界』ではないということだった。

『ジャパリパーク』は『完全な世界』だが、『理解し合う世界』であり、決して『優しい世界』ではないというのが男の論だった。

 優しくするのではなく、褒め合うのでもない。ただ『理解し合う』と。それこそが何よりも重要だと。


 そのために必要なものは、

『完全な言語』

『完全な資源』

『完全な食』

『完全な生命体』

 である、と書き付ける男の筆致は熱を帯びていた。世界の真理に迫っていると思い込んだ人間特有の愚かな高揚感だと、女性は冷笑を送ったが、しかし読み進める目は止まらなかった。


 完全な言語とは、シンプルに言えば統一言語のことだ。

 地球の文明が他の星の生命体と比べて大きな遅れを取ったのは、言語環境の稚拙さがその原因のほとんどを占めている。文明が推し進められた星で、統一言語を有さなかったのは地球だけだ。

 もっとも、地球が稚拙な星だと目されたもっとも決定的な要因は、戦争が存在したことだったという。高度な文明には、戦争は存在し得ない。ましてや、自らの種を滅ぼすような戦争など……。

 理解のために、そのコミュニケーション方法にムラを作らず、意思と言語が完全に一致する言語環境が必要だ。

『かみ』と言った時に、『ゴッド』なのか『ヘア』なのか『ペーパー』なのかが分からないというのでは、相互理解には辿り着かない。

 しかしながら、統一言語がない星で、統一言語をつくりましょうと号令をかけても、じゃあ現在もっとも使っている人が多い言語を皆使いましょうということになりやすい。でもそれではダメで、そうした場合、現存するすべての言語からアクセスしやすく覚えやすい『中間言語』を創造すべきで、誰もが等しく「覚える」という労力を負わなければならない。それを「難しい」「不可能だ」と感じる時点で、その星の文明の程度は知れている。


 ——などという辛辣な言葉を書き連ねた。自分のことを棚に上げた発言だと女性は思った。

 さらに読み進める。

 次に男は、『完全な資源』として『サンドスター』という耳馴染みのない単語を用いて語り始めた。

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スヴァールバルの幽霊たち 吉永動機 @447ga

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