道士月読修行時代「吐血呪詛於第六龍槍山脈」(下、静山、春)
木こりが山を登っている。
かつては「近づくな」と、山岳信仰上の畏敬で語られた峰を。
先の秋にかけて、非常によどんだ雰囲気があった山であった。
それが……少しずつ、浄化されていっているように彼には思えた。
春があと少しで足踏み入れる頃合いである。
山を登り、奥に分け入り――木こりは見た。
そこにある小動物の躯を、跪き丁寧に弔っている男の存在を。
……おお、おお、これが仙の境にある存在だというのか……!
射す後光は、彼をしてその思いたらしめるのに十分……!
村に帰った木こりは、その仙人伝説を語り始めるのであった……やがてその仙人が、かつて山脈に分け行っていった、当代いちの魔術師、剣崎月読だということが知れて……
……
…………
………………
振り返ってみれば、すべての躯を葬っていた、春。
一端の寒さのあとじんわりとやってくる光の戯れの暖かさ。
冬の孤独が、パラリと剥がれるようにして今はなく。
ただ静かに、自分と山々だけがある。
月読の姿は、もはやボロボロもいいところであるが、顔つきは、なんたる穏やかさであろうか……!
月読……静かに流れる水がごとき、清冽さ。
そこに野望の濁流はなく。
ただ、あるがままを生きる、続ける……続ける。
そしてそれに呼応するように、山も静かだ。
うっすらと、あたりが光に満ちている。それは陽の光だけではない、木々、生命そのものが放つ……光
それが、自然、の意味。自らが、輝いて。
――ときに、
前と同じ、轟々と落ちる滝の前で、また。
相変わらずの黒髪結いに、ハイカラ袴、豪奢な着物を羽織って。
「よお、仙人サマ」
「儂がですか?」
「村じゃ大騒ぎだぜ、おまえがこのあたりの一番の「仙人」だ」
「師匠のほうがよっぽどでしょう」
「ぼくの場合はもう「昔話」やからね。【今を生きる伝説】としてはおめーさんだろう」
「そうですか」
「自慢しねえの?」
「せんだったら儂を殺すといわれたら、自慢しますが。……なにがあったというのです、村で具体的に」
「……わからんか?」
「……少ししか」
「おまえさんの所行……弔い行為だな。それをみていた村人が、勝手に尾ひれはひれをつけて、語ってるわけさ。菩薩だ観音だ、とかってな」
「はぁ……」
「……? 前のおめーさんだったら喜んでいた境地だろうが」
「……なんか、どうでもよくなってしまって」
「ほほう」
ニヤリとする少女師匠。
「そのどうでもよさ、よく聞こうじゃないか」
月読は語る。
「儂は儂の悔恨のためにやったまで。……ああそうか、これが「
「1日1回やらんと、意味なかろ?」
「はい」
「わかるな?」
師匠はいう。
「鍛錬とは、結局究極の自己満足。結果はあとからついてくる……最初から巻き起こそさん【まーけてぃんぐなんちゃら】、みたいなモンはウソっぱちよ。自分がよければよし。ただし……自分がなにをしたか、なにをすべきか、の精査ほどムズいもんはないわな」
今となってはそれがわかる月読だった。
だが、「自分が設定した目標達成」「それを行い続ける修行」「そしてその個人的結果」の前には、それがいかほどだというのか。
輝きとは……他者による意味づけではない…!
だから、月読、云う。
「
「さあ、次はなにをする?」
「――なにをすべきか、儂に考えさせてください」
師匠は、最大級の笑みでもって、それに答えた。
春の滝、巨大瀑布は、白い飛沫をあげながら、轟々と今日も……
(「吐血呪詛於第六龍槍山脈」おしまい)
ほうき星町のひとびと 残響 @modernclothes24
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ほうき星町のひとびとの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます