道士月読修行時代「吐血呪詛於第六龍槍山脈」(中3、雪中、宴会)

 すべての骸を葬る――その一つとして手抜かりなく。

 ……なんという増長だろう。

 月読は自らの衣がボロボロになるのも厭わず、ただひたすらに己が呪殺してきた獣たちをとむらっていった。

 それは偽善、

 それは傲慢。力ある者の手慰み。

 それは百も承知であった。


 来る日も、来る日も。来る日も、狂う日も。

 来る陽も、来ない陽も。狂う目も、来る日も。

 いつになっても救いはこない。

 来る日も、来る日も。

 狂り狂いて、来る日は来ない、

 やがて陽は狂り、陽の目は閉じ。

 いつになっても救いはこない。

 

 雨が降る。刃のように――――


 ……

 …………

 ………………

 やがて月読の身体は崩れていった。

 病が常になり、手は裂け、足は腐っていった。

 あの眉目秀麗は今いずこ、ほとんど骸骨に肉がついているかのよう。己は……屍体になってしまったのか。

「もう儂はそうなのだろうな」

 久しぶりに紡いだ言葉は、ぽろぽろ落ちていった。


 ……ところで時間軸はちょっと替わる。

 月読がここまでボロくならなんだとき、少女師匠が突然現れたときがあった。

 いきなり酒を月読に振舞った。物凄い美酒である。

 そこから夜まで延々宴会を催した。

「なんでこの師匠レディはこのような宴を……儂はもう許されたのか?」

 と思った月読だった。


 さすがに何か肉を食うというわけにもいかなかったから、そこらの木の実を啄ばんで肴にし、とにかく呑んだ。呑んだ。久々にたのしみというものを得た――

 ――で、日付が変わる23:55分になって、師匠曰く、


「じゃ、今日の修行がんばんな」


 突然消えた。

「…………」

 瞬時沈黙し、

「……!」

 気づく。

5の行……弔いをはじめろと!」


 そんなバカな!とさすがに愕然とした。だが師匠がこのようなときで嘘をいうか?

 恐らくここでやめたら、破門であろう。一気に酔いが冷めて、物凄い勢いで今日の分の弔いをした。もちろん弔いになどなっていない略式である。


 そして気づく。そんな略式埋葬を善しとしてしまった自分に。師匠が来た、宴会をした、というのは、何の理由にもなっていないのだ。

 

 ……時間軸は雨の腐った月読の今に戻る。

 恐らく……恐らく、意志の強さとも関係ないのだ。

 ひとつ決めたことがあるからには、身体崩れてもやるしかないのだ。


 時間は関係ない……あのとき、略式埋葬を後悔した。

 師匠だったら何という?

「悔やむんだったら、次の日さらに精進しな」

 そのくらいだろう。だがそれが真実だろう。師匠はさらに言うだろう。

「決めたことだろが」

 はき捨てるようにして。

 そうだ、自分はその程度の存在なのだ、と今更。


 ……若き東洋魔術師の名声……

 ……紙吹雪……

 ……他者の時計と自分の時計の速さの違い……

 ……書物……

 ……痛めつける我が身……

 ……脳髄に刻み込む魔術の文言……

 ……達成したあとの行楽……

 ……たのしみ……

 彼の頭の中の時計の針が戻っていく。西洋式のその時計の針は、過去のあれこれを刺し、ひとつづつねじっていく。


 すべては無だったのか……

 無だとしたら、今やっているこの埋葬はなんなのか……。

 無……? 

 それを判断できる位置にいるのか自分は……?

 

 やがて時の流れがゆっくりになっていく。

 季節が巡っていく。

 秋は捨てられるように過ぎ去り、

 冬の寒さ、血を流しながら…… 43

 

 雪降りつむ。

 彼が歩む道に、南天の実のようにして紅い鮮血走る。

 腐りし骸掘り返しては、過去の過ちを償わんとする。

 その度にかつて放った「オーン」の呪詛を、我が身に新たに刻むようにして。

 ぽつりぽつりと、雪面に紅い鮮血走る。


 骸は、雪の中でも、血の紅い臭いを放つ。

 そうだ、自分は許されていないのだ、とる。

 ただ音もなく……葬る。

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